映画監督・松江哲明イチオシの異色作──良質ドキュメンタリー(?)の『チ・ン・ピ・ラ』とタブー破りのドラマ『ブレイキング・バッド』
──『アイアンマン2』や『踊る大捜査線 THE MOVIE3』など、今夏も劇場ではメジャー作品が多数公開され、注目を集めている。しかし、それらとは一線を画し、異彩を放つ邦画と海外ドラマのDVD作品が映像メーカーのデイライトから登場した──。
の松江哲明氏。(写真/田附愛美)
これまで、武田鉄矢主演の『刑事物語』やSFドラマ『ギャラクティカ』など、マニア受けする作品を数多くDVD化してきたデイライト。某雑誌で”DVD化されていない映画作品”を紹介するという連載を持つ松江氏が、同社については「ボクが紹介するより先に、デイライトがDVD化してしまう」と嘆くほどだ。そんなデイライトから先頃、海外ドラマ『ブレイキング・バッド Season1』がリリースされ、7月23日には『チ・ン・ピ・ラ』が発売予定だという。それらの作品の見どころや魅力を、松江氏聞いた。
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まず、『チ・ン・ピ・ラ』(84年)は、柴田恭兵が演じる藤川洋一とジョニー大倉が演じる梅沢道夫が、ヤクザにケツ持ちしてもらいながらも組織に属することもなく、”チンピラ”として自由気ままに生きていくという物語。金子正次が企画・脚本を担当していますが、彼は自らが主演した自主映画『竜二』(83年)で高い評価を得た人物です。『竜二』では、家庭を持つことでヤクザ稼業から足を洗った男が再び裏の世界に戻ってくる展開を引いて、人間の内面を鋭く描くことで”普遍性”を持たせた名作に仕上がっています。一方『チ・ン・ピ・ラ』は、それとまったく対照的です。以前見たときには”軽い”感じがして、『竜二』ファンとしては正直なところ、「なんじゃこりゃ?」という印象でした(笑)。
しかし、今回、あらためて見直してみると、作中に出てくる80年代の描き方がとても前衛的。作中に登場するサングラスのスタイルやビールの銘柄など、流行のディテールがリアルに描き出されている。この当時に青春を送った人が見るとノスタルジックに感じるでしょうが、若い世代が見ても、過去としてリアリティを感じたり、未知の世界に驚いたりというSF的な面白さがあります。つまり、一種のドキュメンタリーとしても完成されていて、高いレベルで映画に時代を取り入れようとすると、こうした作品が生まれるんだと気づかされました。『竜二』のような普遍性はありませんが、しっかりとした時代性を持っていると思います。
かといって、金子的な世界観がないわけでもない。特にチンピラ生活に満足している洋一と道夫が、本物のヤクザたちに殴られ、道端に転がった時、道夫が「やくざがプロで、俺たちチンピラはアマチュアなのかねぇ。チンピラのプロってぇのは無理なのかねぇ」と吐き捨てるセリフは秀逸。こうしたシーンはほかにも多く散見できるので、『竜二』のファンも楽しめるはずです。
それともうひとつ、作中で洋一の彼女役を演じている高樹沙耶(現・益戸育江)が、ヌードを披露しているのには驚かされました(笑)。おそらく、当時は「脱ぐなら映画」という、映画の権威が生きていた時代だったんでしょうね。当然現在の邦画にもあるけれど、この作品を見ると「映画における”セックス”の描写がまだスタッフや役者たちに、大切にされていた」という印象を受けます。また、『スティング』(73年)や『明日に向って撃て!』(69年)など、アメリカ映画のオマージュとなっているシーンを見ると、「当時の日本映画界は、アメリカ映画に対する憧れを内包していた」という、映画史的なものも再認識できる。当時の流行だけではなく、80年代の映画界まで感じさせてくれ、また、「なんじゃこりゃ?」と思っていた作品も、あらためて見返してみると、新しい発見に出会えるということを教えてくれた一作でしたね。
■タランティーノ的な”魅力”とタブー性をはらむ傑作ドラマ
イキング・バッド』(上)と自由に生きる若者
を描いた『チ・ン・ピ・ラ』。
さて、もう一作はアメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』。褒める言葉がスラスラ出てこないくらい大好きな作品なんですよ。「がんを宣告されたマジメな学校教師が麻薬を作る」という、ストーリーの骨子は単純すぎるほど単純なんです。でも、平凡すぎる登場人物たちをうまく絡ませることで、キャラクターに感情移入させる。正直、主人公の化学教師ウォルター・ホワイトは、ただのマイナーな役者で、普通のオッサンにしか見えません。でも、見ていくうちに味が出てきて、好きになってしまう。
作品紹介に「地上波でのオンエアは不可能!?」というのがありましたけど、確かに無理ですよ。硫酸で死体を溶かすシーンがあったり、主人公の息子が脳性まひによる障害を持っていたり……。障害者を扱うのは、ヒューマンドラマとしては問題ないのでしょうが、犯罪をコミカライズする作品では、やはり地上波での放送は難しいでしょう。実は息子役の彼、実際に障害を持ち、あるインタビューでは「健常者が障害者を演じると、大げさすぎて嘘くさい」と答えていたことが印象的でした。
こうしたコメディを追求して描いていくと、どうしても拒否反応を示す聴衆も出てきます。グロテスクな存在そのものを拒否する人はいますからね。ただ、同作はギリギリを保っていて、そのバランス感覚は絶妙。結局、主人公は麻薬を作ったり、人を殺したり、かなり悪いことをしているわけですが、そんな時の彼の格好がブリーフ一丁で、腹が出ているというシーンはやはりコミカルで、愛嬌すら感じさせます。またシリアスなシーンでカメラをわざと引くと間抜けに見えるというような、意図的なカメラワークで、コメディにするセンスが抜群なんです。
そんな同作の魅力を言い表すのは難しいのですが、クエンティン・タランティーノの映画に近い気がします。それも、『キル・ビル』とか、『デス・プルーフ in グラインドハウス』という、趣味に走りすぎてしまう彼ではありません。『トゥルー・ロマンス』とか、『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』とか、シリアスとコメディをうまく融合させた、オタク趣味丸出しではない時代の彼。いわゆる、悪ノリしないタランティーノ(笑)風な作品ということです。キャラクターの個性を生かしてストーリーを展開させ、残酷なシーンにもリアリティを持たせるという、かっこいいクライム映画の魅力を、この『ブレイキング〜』も間違いなく持っています。
『チ・ン・ピ・ラ』も『ブレイキング〜』も、よい意味で笑わせてくれたり、考えさせてくれたりする良作。おそらくテレビでは見ることができない、知る人ぞ知るという作品を、ぜひとも、楽しんでほしいですね。
(構成/丸山大次郎)
松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。ドキュメンタリー監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。最新作の『ライブテープ』はニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルで上映!
『チ・ン・ピ・ラ』
出演/柴田恭兵、ジョニー大倉、高樹沙耶 監督/川島透 脚本/金子正次、川島透 価格/3990円(税込) 発売日/2010年7月23日 発売元/キネマ旬報社、デイライト 販売元/アミューズソフト
洋一(柴田恭兵)と道夫(ジョニー大倉)は、ヤクザ組織に属さないいわゆる”チンピラ”として自由気ままに生きていた。そんなある日、2人は兄貴分のヤクザからシャブを預かるように命じられる。そして、洋一は兄貴分に気に入られて、組織の世界へと足を踏み入れていくことになる──。徐々にすれ違っていく2人の運命は?
『ブレイキング・バッド Season1』
出演/ブライアン・クランストン、アンナ・ガン、アーロン・ポール 製作総指揮/ヴィンス・ギリガン、マーク・ジョンソン 価格/9450円(税込) 発売日/好評発売中 発売元/デイライト 販売元/ポニーキャニオン ※DVD公式サイトでEpisode1無料配信中 http://www.breakingbad.co.jp/
しがない化学教師のウォルター・ホワイト(ブライアン・クランストン)は、脳性まひの息子に加えて、第2子誕生のために、慎ましい生活を送っていた。そんなとき、医者からがんを宣告されてしまう。愛する家族に財産を残すため、自らの化学知識を生かして高純度のメタンフェタミンを作り、売りさばこうとするが……。
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