日本各地で取り残された小屋たちが語りだす『こやたちのひとりごと』
#本
小屋。それは、小さくて簡単な造りをした建物のことを指す。
外壁は、廃材やサビだらけのトタンを使ったつぎはぎだらけ。風が吹けば、隙間風がビュービューと入り込み、建物全体がガタガタと揺れる。
その多くは、まだ日本が豊かではなかった頃に、何もない田舎で建てられたもの。年月が経つにつれ、いつしか人間に見放され、使われるわけでも壊されるわけでもなく、少しずつ少しずつ朽ちていく。けれど、小屋たちは、ただひたすらその場に存在している。耳を澄ますと、そんな小屋たちの声がほんの一言だけ聞こえてくる。そんな声を一冊の本にまとめたのが『こやたちのひとりごと』だ。
「むかしから ずぅっと ここにたっている どこかにいきたいと おもったことはない」(本文より)
丸いトンネルの向こう側に建つ、赤茶色にサビきった小屋。そこから物語は始まる。ページをめくるたびに、のどかな風景と、ボロボロだけど、どこか懐かしくて味わい深い小屋が目に飛び込む。
田園にぽつんと建つ小屋。
見晴らしの良い山の中に建つ小屋。
緑に覆いつくされてしまった小屋。
ロープや重りをいっぱいくっつけた小屋。
そのひとつひとつの小屋が、胸に秘めていたことを、ほんの一言だけささやく。
鳥の鳴き声が聞こえてきそうなほどのどかで穏やかな写真に添えられた、詩人・谷川俊太郎氏の温かみのある言葉。シンプルだけどじんわりと胸に沁み込み、何度でも読み返したくなる。
写真を担当した中里和人氏は、かつて4年間という歳月をかけて、北海道から沖縄まで日本全国を歩き、小屋を撮りためたという。
2000年に発表した写真集『小屋の肖像』(メディアファクトリー)の紹介文の中で、中里氏はこう語っている。「日本の中に残る手触り感ある景色を求めていて出会ったのが一戸の小屋だった」、と。
日本には、現代の文明から置いてきぼりにされてしまった場所が、いくつも存在する。わたしたちが、ちょっとよそ見をしているうちに、ずいぶんと増えてしまったのかもしれない。
「わたしぐらいの としになると くちはてるのも わるくないっておもう」(本文より)
目にもとまらぬ早さで変わりゆく現代。ほんの数十年前の日本では、あんまりえらくないおじちゃんたちが、「エイヤッ」とあちこちで小屋を建て、そのまわりには元気な子どもたちの声があふれていた。けれど、小屋たちはいま、ただ忘れ去られようとしている。それでも、そんなことは気にせず、ここで一生過ごすという、覚悟があるように見える。
そして、駆け足で進みすぎている日本人の帰りを、ひょっとしたら待ってくれているのかもしれない。
(文=上浦未来)
●谷川俊太郎(たにがわ・しゅんたろう)
1931年、東京生まれ。21歳のときに詩集『二十億光年の孤独』を刊行し、鮮烈なデビューを飾る。以来、詩はもとより、さまざまなジャンルにおいて活躍。絵本の分野においても、創作および翻訳者として数々の傑作を生み出している。1956年に、自作の写真と詩の『絵本』を刊行。その後71年刊の『こっぷ』を本格的な皮切りに、写真絵本の可能性を切り開いてきた。
●中里和人(なかざと・かつひと)
1956年、三重生まれ。84年よりフリーカメラマンとして活動。おもな写真集に『小屋の肖像』、『キリコの街』、『路地』、『東京』などがある。00年に小屋の写真展「小屋」をINAXギャラリーにて開催。現在、ワークショップなどで、移動する組立式の小屋作りも展開している。
お疲れ気味のあなたに。
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