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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.73

“三億円事件”の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』

lostcrime01.jpg1968年府中市で起きた”昭和最大のミステリー”三億円事件。
映画『ロストクライム 閃光』は犯人像、三億円の行方について具体的に迫る。
(c)2010「ロストクライム-閃光-」製作委員会

 伊藤俊也監督の『ロストクライム 閃光』は、1968年12月10日に起きた未解決事件”3億円事件”を題材にした迫真のサスペンスだ。3億円事件は白バイ警官に変装した犯人が現金輸送車にダイナマイトに見せかけた発煙筒を仕掛け、現金輸送車ごと持ち去るという大胆かつ鮮やかな手口で日本中を沸き返らせた。東京芝浦電機(現・東芝)の府中工場の従業員たちに手渡されるはずだった3億円は、現在の貨幣価値にすると30億円になるとも言われている。奪われた3億円は保険で補填されたため、従業員たちへのボーナスは翌日には届けられた。給料の銀行振込は3億円事件がきっかけで進んだとされている。また、現金を奪った際に誰も傷つけず、正確な被害額が2億9430万円だったことから”憎しみのない犯罪”と形容されてきた。だが、”憎しみのない犯罪”など存在するのだろうか。『女囚701号 さそり』(72)シリーズをはじめ、『犬神の悪霊』(77)、『誘拐報道』(82)、『プライド 運命の瞬間』(98)と体制側からの見解や社会の常識に対して常に反対の立場から映画を撮り続けてきた伊藤監督は、この”憎しみのない犯罪”に対して疑問を投げ掛けている。

 3億円事件には被害者がいないと言われてきたが、これは大きな間違い。事件発生から1年後の69年12月に毎日新聞が「3億円事件に重要参考人」の勇み足スクープを報じ、この報道に釣られる形で警察は府中市在住の元運転手Kさんに対し、任意同行を求めた。このことから各マスコミは競って、Kさんを顔写真付きの実名で報道。事件の4日前に銀行に送られてきた脅迫状の切手に付着していた唾液の血液型とKさんの血液型が同じB型だったこと、運転に手慣れていたこと、タイプライターが使えたことなどの理由から疑われたが、翌日には事件当日のアリバイが証明され釈放された。しかし、その後もマスコミは3億円事件の特集を組む度にKさんをカメラで追い、コメントを求め続けた。このことからKさん一家は離散。Kさんは精神不安定となり、流浪の生活を送った。そして08年9月に放浪先の沖縄で自殺を遂げている。

 「死は美しい」という言葉を残したのは、立川の不良少年グループのリーダー格だった19歳の少年Sだ。彼も3億円事件を語る上で欠かせない。父親が白バイ警官であり、事件現場から近い立川市周辺での車の窃盗歴があることから、事件直後から重要参考人として捜査線に浮かんでいた。しかし、事件から5日後に「死は美しい」という書き置きを残し、国立市の自宅で青酸カリにより服毒死している。自宅には少年Sの両親しかおらず、本当に自殺だったのかは闇に閉ざされたままだ。少年Sが死んだことで、警察側の士気は一気に下がったという。

lostcrime02.jpgベテランの片桐刑事(奥田瑛二)と新人の片桐
刑事(渡辺大)は、”三億円事件”に取り憑
かれたように真相を追っていく。

 警察側の捜査にも謎が多い。事件発生から4カ月後になって、手詰まり状態を打破するために”捜査の神様”と称された平塚八兵衛刑事を捜査に参加させる。平塚刑事は「吉展ちゃん誘拐事件」の真犯人を自白させた鬼刑事として知られ、警察側はメンツを守るために遅ればせながら切り札を投入した形だった。だが、平塚刑事は3億円事件=単独犯説に固執し、グループ犯行説の可能性を切り捨て、捜査の幅を狭めている。結局、捜査は迷走を続け、平塚刑事は75年3月に定年退職、同年12月に3億円事件は時効を迎えた。7年間に及ぶ捜査で容疑者リストは11万人に上り、捜査費用は被害金額の3倍となる9億円を要した。

 原作小説『閃光』(角川書店)の中で、ジャーナリストでもある原作者・永瀬隼介氏は、3億円事件=グループ犯行説と仮定し、警察側には事件の真相を明かすことのできない特殊な事情があったのではないかと推定している。事件が起きた68年は10月に新宿騒乱事件が起きるなど、学生運動がもっとも熱く激しかった時代。運動に加わっていた当時の学生たちは、チェ・ゲバラがキューバ革命を成功させたように日本でも革命が起きると信じていた。対する警察は国家の治安を守ることが最大の任務。警察の威信を揺るがしかねない”3億円事件”の真相は、警察タブー(桜タブー)として秘密裡に封印されたのではないかというのが永瀬氏の推理だ。

 映画『ロストクライム』では定年退職を間近に控えたベテラン刑事・滝口(奥田瑛二)は野心家の新人刑事・片桐(渡辺大)と組んで、すでに時効となっている3億円事件の真相に迫る。ある意味、伊藤監督による超シリアス版『時効警察』である。時効はとっくに過ぎたものの、3億円事件は否応なく事件に関わってしまった人たちの人生を大きく変えてしまったのだ。2人の刑事は3億円事件の真犯人を挙げることで己の虚栄心を満たそうという考えから、やがて3億円事件によって人生を台無しにされてしまった人々の無念、怨念を晴らすことに全力を注ぐことになる。だが、正義感に突き動かされた2人の行動は、身内であるはずの警察側の”組織防衛”という名の分厚い壁によってさえぎられてしまう。

 当然だが、『ロストクライム』にはコメディドラマ『時効警察』のような明るいエンディングは待っていない。人々が抱き続けた無念、怨念、後悔の念は40年以上の歳月を経て、より深まり、ドロドロの底なし沼と化している。2人の刑事はミイラ取りがミイラになる覚悟で、底なし沼にズブズブと足を踏み入れる。この底なし沼は想像以上に深い。後戻りができなくなってしまった2人は、果たして底なし沼から無事に生還できるのだろうか。
(文=長野辰次)

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『ロストクライム 閃光』
原作/永瀬隼介 監督/伊藤俊也 出演/渡辺大、奥田瑛二、川村ゆきえ 武田真治、かたせ梨乃、宅麻伸、原田芳雄、夏八木勲 配給/角川映画 7月3日(土)より角川シネマ新宿、有楽町スバル座ほか全国ロードショー <http://www.lostcrime.jp/>

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最終更新:2013/10/18 15:51
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