「マンガを正当なビジネスにしたい」マンガ家・佐藤秀峰 爆弾発言の裏にある思い(後編)
#マンガ #ネット #出版 #インタビュー #佐藤秀峰
――マンガの新たな表現の場を求めて、立ち上げられた『漫画 on Web』について、改めて説明をお願いします。立ち上げたきっかけを教えてください。
佐藤 紙媒体が斜陽化していて、次のメディアを考えたのがきっかけです。自分でサイトを作るのは、金も労力もかかるのですごく面倒で、誰かに作って欲しかったんですけど、誰も作ってくれないんですよね。出版社が動いてくれたら楽だったのに全然動かないから、結局自分で作りました。
――出版社が作っても莫大なマージンを取りそうですよね。現在アクセス数は1日どの程度でしょう?
佐藤 詳細は言えませんが、アクセスは1日数千。日刊サイゾーで取り上げられて、「Yahoo!トップニュース」になった時で数万ですね。収支は、赤字ではないんですが、平均でランニングコストとサイト用のスタッフ1人の人件費を払って利益が多少出る程度ですね。売り上げも月に数十万円。100万円はいかないですね。昨年9月の有料サービスを開始して、最初は一気にポイント(マンガの閲覧はポイント制で300ポイント315円から)を買ってくれて、初日は10万円売り上げたんですが、そのまま100万円まで行くかと思ったら、落ち着いちゃいましたね。
――サイトには読者の掲示板もありますが、読者の反応はいかがですか?
佐藤 「意外と読める」という人もいれば、「紙の方がいい」という人も。デジタルになって初めて僕のマンガを読んだ方もいて、年配の方から「マンガコーナーに行って自分がマンガを選んでいる姿が恥ずかしい。それがパソコンだと誰にも探すところを見られなくて30年ぶりにマンガ読んだ」という意見もありました。僕自身はネットで読むことに抵抗はなくて、机の前にパソコンモニターがあって、一日中、メールや資料をパソコンで見ながら作品を描いているので、不便じゃない。でも、マンガを読むためだけにパソコン立ち上げると考えると面倒かもしれませんね。
――『漫画 on Web』には、『ダービージョッキー』『日本沈没』のマンガ家・一色登希彦、『森繁ダイナミック』のマンガ家・桃吐マキルさんも参加されています。出展者はDEBUTコースなら月額5,250円のみと低料金ですね。
佐藤 システムは正直にやっています。出展するマンガ家さんからは売り上げの手数料は1円ももらってないし、掲載は審査もしていないので誰でもOK。誰でも自由に登録して使ってくださいという形式で、小説も写真集も出展可能です。1話あたりの値段や、読者が閲覧できる期間は、作家さんが自由に決められて、1回購入で最大366日閲覧可能。僕の作品は366日ですね。『ブラックジャックによろしく』は旧作は1話10円。マンガは1冊10話としたら、1冊100円で妥当な値段かと。新作は1話30円で1冊分に相当する10話買うと300円。紙の本より安くないと意味がないし、BOOK OFFと同じ値段じゃないと競合しない。出展はこちらから営業は一切していないので、興味を持ってくれた方に自由に使ってもらえる魅力的なシステムにしたいですね。
――『漫画 on Web』では、佐藤先生のアシスタントも作品を発表されていますね。テーマを基にネームの出来を競う”ネーム対決”を行っています。
佐藤 アシスタントにはプロになって欲しい。マンガ家は一代限りの才能なので、僕の才能がなくなったら会社も潰れ、みんな雇えなくなってしまう。長く面倒は見られないので、アシスタントには最長3年で辞めてもらうという契約にしています。プロになって辞めてくれるのが一番ですが、3年やって才能の芽が出なければ、若いうちに田舎に帰るのもいいんじゃないかと思うし。
――佐藤先生のアシスタントからプロになった方もいらっしゃるんでしょうか?
佐藤 去年は5人辞めて、4人連載を持っています。吉田貴司は「モーニング・ツー」(講談社)で『フィンランド・サガ(性)』を、梅澤功二朗は「ヤングジャンプ」(集英社)で『ヤナガオート』を連載中。白鳥貴久は「ヤングキング」(少年画報社)で『タイガーズ』連載して、携帯コミックでも活躍。まぁびんこと藤井五成は「月刊スピリッツ」(小学館)で『DRAGON JAM』が始まりました。こんなにアシスタントがマンガ家になっているのは日本でウチだけだと思います。
――それは佐藤先生に若手を育成するメソッドがあるのでは?
佐藤 才能を拘束しないで、ある程度のお金とゆとりを与えることですかね。週5日、1日12時間拘束で働いてもらいますが、年に2~3カ月有給休暇がある。その間も給料払うけど、「しっかり自分の作品描いてね」と言っています。ボーナスも4カ月分出してます。
――そんな好待遇を記事にしたら、アシスタント応募殺到しますよ(笑)。佐藤先生にとってマンガ家のプロになる条件は?
佐藤 描くことだけ。雑誌に載ってる人は、描いてる人ですよ。描かないで載る人は一人もいない。マンガ家になれたのは、いっぱい描いた人だけです。なれなかった人は途中で描くの辞めますからね。プロになるまで描いたからなれた。ちゃんと考えながら1,000枚原稿描けば絶対なれますよ。その前にみんな諦めちゃうだけ。
●改めて問う、佐藤秀峰にとってマンガを描くことの意味とは?
――では、改めてお伺いします。佐藤先生にとってマンガとは何でしょうか?
佐藤 「マンガとは?」ってあんまり聞かれないですよ……(長い沈黙)。マンガはなくてもいいものだと思うんです。マンガのない国もいっぱいあるし、マンガを読まなくても日常過ごしている日本人もいっぱいいる。描くのは好きだけど、ほかのマンガはまったく読まないし、斜に構えてる感じじゃなくて、あってもなくてもいいものだと思う。でも、なんであるか分からない……改めて聞かれるとマンガってなんだろう……(さらに長い沈黙)。実は、仕事してることに罪悪感もあるんですよ。例えば、『ブラックジャックによろしく』でテーマにしている医者だったら、医療がない時代も人は生きて繁殖して、人類は続いてきた。だから「医者ってどこまで必要なのかな?」と考えると分からなくなってしまう。長生きしたいし、病気で苦しんで、治療して楽になったらありがたい存在だけど、自分が医者だったら、結局病気の人からお金を吸い上げて生きている気持ちになる。マンガってなくてもいいものだと思うし、無駄な出費を誰かにさせて暮らしているわけで、無駄なものにお金を使わせている。これを続けてどういう意味があるんだろうと思うこともあります。
――医者の話は極論だとしても、人は無駄なものに対価を払いませんよ。先生の作品に「本当に救われた」「感動した」という読者の声も届くのでは?
佐藤 感動してくれればうれしいですけど、その人のために描いてないですからね。その人に会ったことないし、その人の顔を思い浮かべて描いたわけじゃないから。「この仕事は何なんだろう」と思いますね。
――では、誰のために描いてるんですか?
佐藤 当然自分のためだと思います。生活のため、表現欲を満たすため。そのために誰かに何かを伝える言葉だから相手が必要。
――例えばスティーブン・キングは「すべての小説を夫人に向けて書いている」と聞いたことがあります。また、伊集院光は深夜ラジオで「中2の自分に向かって話している」と語っていました。佐藤先生にとっての想定読者は?
佐藤 自問自答している感じ。でも、自分の作品も基本的には読み返さない。描いていて、整合性取るためには読むけど、それ以外は読まないですね。
●作品発表は『漫画 on Web』へ 『ブラよろ』の結末は……
――今後は、『漫画 on Web』メインで、今後は完全に”脱・出版社”の方向で、大手出版社の仕事は受けないつもりなのですか?
佐藤 印税に頼るのはギャンブルなので、制作費をカバーできる正当な原稿料をもらえれば出版社でも描くし、もらえなければやらない。ビジネスパートナーになってくれるのであれば、仕事をするだけです。今の状況では、『漫画 on Web』が一次使用で、それを「原稿料払うので雑誌に載せたい」という話があれば二次使用としてはいいかなと思う。契約の仕方ですね。発表の形態もiPadには期待を寄せているので、今後、7月中を目途に『漫画 on Web』をiPadに対応させてから、その次に翻訳して、海外版もできればと考えています。
――次回作は、「週刊マンガTIMES」(芳文社)に掲載されて休載中の『特攻の島』ですか?
佐藤 『特攻の島』は途中なので、そこまでは雑誌でやります。『新ブラックジャックによろしく』が終わったら、一カ月程度休んでからやろうと思ってます。掲載期間は、1年から2年ですね。その次の作品もネームはできているので描きたいんですけど。さすがにそれはまだ詳しいことは言えないです。常に描きたいことはいっぱいあるけど、形にするのに苦労します。描きたいことを出し切るには、かなりの時間が必要で、描きたいことがなくなるということは今のところない。
――描いてみたいテーマはありますか?
佐藤 ジャンルで描きたいものはないんですよ。だから編集者が提案してきたものを受け入れちゃうんですよ。どんな食材を持ってきても、おいしく料理できますよって感じ。マグロしか扱えないとかそういう風になりたくない。どうせ僕が描くと泥臭い感じになるんで。でも、泥臭い風にしかならないけど、なんでもできます、となりたいかな。
――一色登希彦さんのマンガ家としての半生をマンガにするという企画がお二人のTwitterでのやりとりから始まって、その基となる一色さんへのインタビューをUSTREAMで配信されました。
佐藤 一色さんとのマンガは、『漫画 on Web』ですぐにやりたいと思ってます。取材があまり必要じゃない自分の知ってる世界を書けたらいいなと思ったけど、話を聞いたら意外と大変で……。おそらく「表現者とは何か?」という話になる予定です。
――では最後に、残り2回となった『新ブラックジャックによろしく』はどのような幕引きとなるのでしょうか?
佐藤 最後回のために取材してきた題材があるので、それを描こうと思っています。医療マンガもまだ描こうと思えば描けます。愛情を持って描いてきたので、寂しい気持ちもありますね……。最終回は”マンガでは誰も描いたことがない終わり方”になると思います。
* * *
佐藤先生の日記での告白に、「激怒」「マジギレ」「暴露」……そんな見出しを付けてきた我々だが、直接生で聞いた先生の声は穏やかで冷静、しかしながらマンガへの強い信念が随所にほとばしっていた。「マンガとは?」という質問に、言葉を選び、熟慮して答えていただいたその様は『ブラックジャックによろしく』の自問自答する主人公・斉藤英二郎そのもの。たゆたう心情をありのままに表現するその姿勢こそが、作品にリアリティを生んでいるように思われた。大手出版社への挑戦状とも言える『漫画 on Web』の未来と、掲載誌を変え、8年にわたって連載されてきた『ブラックジャックによろしく』の”誰も描いたことがない”着地点に期待したい。
(取材・文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)
●佐藤秀峰(さとう・しゅうほう)
1973年12月8日生まれ。大学在学中よりマンガ家を志し、福本伸行、高橋ツトムのアシスタントを経て、1998年「ヤングサンデー」に掲載の『おめでとォ!』でデビュー。同年開始の『海猿』はNHK BSハイビジョンでTOKIO・国分太一でドラマ化され、さらに伊藤英明主演で映画化、フジテレビ系でドラマ化、今年9月18日には3作目の映画公開も控える。また、02年、「モーニング」に『ブラックジャックによろしく』を連載、03年に妻夫木聡主演でTBS系でドラマ化。単行本1~13巻の累計発行部数は1000万部を突破。07年、「ビッグコミックスピリッツ」に移籍し、『新ブラックジャックによろしく』と改題。09年、オンラインコミックサイト『漫画 on Web』(http://mangaonweb.com/)を立ち上げ、マンガの新天地を模索している。
「世界を変えるのはいつでもたった一人の情熱だ」(Amazonより引用)
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