ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』
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すっぽりと顔を覆うマスクを被ってステージへ駆け上がると、「わぁ!」と子どもたちの歓声が沸く。悪役に向かってパンチを突き出すと、悪役はいとも簡単に吹き飛んでいく。子どもたちの歓声はさらに高まる。テレビ番組のキャラクターに扮した自分の一挙手一投足に、子どもたちはすっかり夢中だ。心地よいアドレナリンと汗が全身に流れる。しかし、ショーが終わり、ステージ裏でマスクを脱ぐと、そこは現実の世界。食費や家賃の心配をしなくてはならない。誰しも子どもの頃は、正義の味方、ヒーローになることに憧れた。でも、世の中は”善と悪”の二元論で語られるようなシンプルなものではないことは、さすがにもう分かっている。サンタクロースがクリスマスケーキの販促係であるように、ヒーローは正義の味方ではなく、おもちゃ会社の味方なのだ。やり場のない苛立ちを抱えた若者たちが刹那的な刺激を求めて暴力にのめり込む。井筒和幸監督の最新作『ヒーローショー』は、特撮ヒーローのアトラクションに出演するアルバイトスタッフの間で起きたトラブルが取り返しのつかない殺人事件へと発展していく異色問題作だ。
『パッチギ!』(04)、『パッチギ! LOVE&PEACE』(07)でキャリアのピークを極めた感のある井筒監督。『ガキ帝国』(81)で島田紳助・松本竜助、『岸和田少年愚連隊』(96)でナインティナインを主役に起用し、『パッチギ!』の沢尻エリカ、高岡蒼甫も売れっ子になった。まだ色の付いていない新人俳優を徹底的にシゴくことでリアルな青春映画を撮り上げることに定評がある。今回、製作を請け負った吉本興業の中から井筒監督が主役に抜擢したのは、『爆笑レッドシアター』(フジテレビ系)などに出演し、次世代芸人として期待されているジャルジャルの後藤淳平と福徳秀介。2カ月間にわたる合宿でリハーサルを重ね、初主演作に挑んでいる。
お笑い養成学校に通うユウキ(福徳秀介)を中心に物語は進む。ユウキはフジヤマボーイというお笑いコンビを組んでいたが、相方は早々にお笑いの世界を諦めてしまった。新しい相方と組んでネタ発表のステージに上がるが、今度は自分が台詞を飛ばしてしまうなど、どうも冴えない。そんなとき、元相方の剛志から新しいアルバイトに誘われる。ヒーローショーの悪役、ヒーローの引き立て役だ。ところがステージ上でヒーロー役のノボルと怪人役の剛志がガチンコでケンカを始めた。ノボルが剛志の彼女を寝取ってしまったことが原因だ。気の収まらない剛志は刺青を入れた悪友に頼んでノボルたちを締めてもらうことに。ノボルたちも勝浦在住の元自衛官の勇気(後藤淳平)に応援を依頼。夜の勝浦を舞台に、両者間の暴力の応酬は次第にエスカレートし、ついに犠牲者が……。
元自衛官の勇気(後藤淳平:写真左)と
気弱な芸人志望のユウキ(福徳秀介)。
『ガキ帝国』『岸和田少年愚連隊』『パッチギ!』でもド派手なケンカシーンが登場するが、閉鎖的状況を打破しようともがく若者たちのエネルギーが外側に向かってバクハツする様として肯定的に描かれていた。それに対し、今回の夜の勝浦で繰り広げられる暴力ショーはあまりに短絡的で陰惨。集団で暴行を重ねるうちに引っ込みがつかなくなり、誰も「やめよう」と言い出せないままに最後の一線を越えてしまう。救急車を呼んで警察沙汰になることを恐れ、暴力ショーの犠牲者を山に埋めてしまう。元相方の剛志に言われるままに付いてきたユウキは、その惨劇をただ呆然と見つめる。観客もその場に居合わせて傍観しているかのような、イヤ~な気分に陥る。暴力や殺人をドラマを盛り上げるためのカタルシスとして描くことを嫌う井筒監督らしい、徹底した演出だ。
人間の死や暴力を美化した戦争映画、バイオレンス映画を井筒監督は忌み嫌う。それも当然だろう。1991年、製作費10億円を投じた大作時代劇『東方見聞録』の撮影中、若手俳優がオープンセットの滝壺で溺死するという事故が起き、井筒監督は業務上過失致死罪で書類送検されている。『東方見聞録』は劇場公開されることなく、ひっそりとビデオリリースされるにとどまった。製作会社のディレクターズカンパニーは翌年倒産。そのため遺族への補償金8,000万円を井筒監督は個人で払い続けている。少しでもお金を稼ぐために1曲5万円のカラオケビデオの仕事も引き受けていた。テレビ番組で毒舌を吐いている姿を「映画も撮らずに、タレント業に精を出している」と中傷されたが、世間からどう思われるかよりも遺族へ補償金を支払い続けることのほうが大事だった。崔洋一監督に声を掛けられ、『マークスの山』(95)の死体役も引き受けている。このときの井筒監督の死体ぶりは秀逸だ。人間の命の重さを背負って生きている監督なのだ。
それにしても井筒監督は、さすらいの人生を送っている。自主製作でピンク映画を撮ることでキャリアを積み、角川春樹プロデューサーが君臨していた角川映画で『二代目はクリスチャン』(85)を撮り、ディレクターズカンパニー時代には『犬死にせしもの』(86)を残すが、”映画監督の理想郷”ディレカンはバブルの崩壊と共に倒産。ようやくシネカノンで『のど自慢』(98)、『パッチギ!』といったキャリアにふさわしい作品をものにするも、シネカノンも安住の地とはならなかった。
「マンスリーよしもと」(ヨシモトブックス)10年6月号に掲載された井筒監督のコメントが興味深い。
「若い者というのは時代が変われど何も変わってないと思います。ただ、どんどん動いていく時代の流れに対応できず、ハジかれ、歪められていく子たちがいるだけで、そして今の社会や政治は、そんな風にして仮想の世界にしか拠り所を持てない連中を、ちゃんと見つめていない。(中略)ユウキの芸人志望という設定も、別に福徳を意識したもんじゃなくて最初からです。お笑いの養成所がさっき言った”拠り所のない奴ら”のための受け皿のひとつと僕は見えた」
さすらいの映画監督が寄るべなき若者たちに向けて撮った『ヒーローショー』。残酷な殺人ショーの後も、物語は起承転結の枠組を踏み外し、ぬかるみを歩くように続いていく。後半は勇気とユウキとの奇妙なロードムービーへと転調する。気弱なユウキは、自衛隊仕込みの勇気の暴力に怯え、逃げ出したくても足が動かない従属関係に陥る。村上龍のサイコサスペンス『イン ザ・ミソスープ』を連想させる展開だ。今までだらしなく生きてきたから、自分は殺されてしまうに違いないという恐怖にユウキは支配されてしまう。ユウキの叫び声がスクリーンに響き渡る。「オレには敗者復活戦、ねぇのかよ? もう一度、生き直させてくれよ!」
ユウキの発するSOSを聞きつけて現れる正義の味方はどこにもいない。ヒーローもいなければ、神さまもいない。じゃあどうすればいいのか。どんなに過酷な状況でも、目の前の現実に向き合って自分で対処するしか方法ない。自分で道を選び、とにかく一歩一歩前に進むという気が遠くなる作業だ。その上、自分の選んだ道に出口があるのかどうかも分からない。しかし、ユウキの前には、張りぼてのヒーローショーのステージとは違ったリアルな世界が広がっていた。これまで他人任せにして生きてきたユウキにとって、それはとても新鮮な光景だった。
(文=長野辰次)
●『ヒーローショー』
監督/井筒和幸 脚本/吉田康弘、羽原大介、井筒和幸 出演/後藤淳平、福徳秀介、ちすん、米原幸佑、桜木涼介、林剛史、阿部亮平、石井あみ、永田彬、結城しのぶ、大森博史、筒井真理子、木下ほうか、升毅、光石研 配給/角川映画 5月29日(土)よりロードショー R15+
<http://hero-show.jp/>
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