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高橋伴明監督インタビュー

担当判事が冤罪を訴える”袴田事件” 映画『BOX』は司法判決を覆せるか?

banmei01.jpg常に時代に向き合った作品を撮り続ける高橋伴明監督。
最新作『BOX』は現在も係争中の”袴田事件”、
そして裁判員制度の是非を問い掛ける問題作だ。
「裁判員は一審しか参加しないから責任が軽いという考えは大きな間違い。
事件から間のない一審がいちばん重要なんです」と真摯に語る。

 朴訥なひとりの男が、元プロボクサーという理由で殺人事件の容疑者となった。警察と検察による長時間に及ぶ取り調べの結果、男は容疑を認めるが、裁判に入ると一転して無罪を主張。自白以外に決め手がなく、裁判が長引く中、一度捜査している場所から1年後に有力な手掛かりが忽然と現われた。あまりにも怪しい新証拠。しかし、裁判の判決は、有罪そして死刑宣告。男は高等裁判所、最高裁判所へと控訴するも、ことごとく却下され、死刑が確定した。これが1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で起きた一家4人刺殺放火事件「袴田事件」のあらましだ。これはフィクションではなく、現実の事件である。

 さらに、07年に衝撃的なニュースが報じられた。静岡地裁での一審を担当し、判決文を書いた元判事が「袴田巌さんは無罪だと思う。私は無罪を主張したが、合議の結果1対2で死刑判決が決まった」と裁判の内幕を告白。獄中の袴田死刑囚と家族への謝罪を表明したのだ。

 現在も未決のこの冤罪事件を題材にした劇映画が、『BOX 袴田事件 命とは』。『TATOO〈刺青〉あり』(82)、『光の雨』(01)など骨太な作品で知られる高橋伴明監督が、自分が無罪と信じる男に死刑判決を下すことになったエリート判事、そして今なお留置所で死刑執行の恐怖と闘い続けている袴田死刑囚のそれぞれの苦闘を描いた問題作だ。なぜ高橋監督は、この作品を撮ることになったのか。また、この映画は社会に対し、どのような波紋を投げ掛けるのだろうか?

──伴明監督のようなベテラン監督にとっても、この映画は特別な作品ではないでしょうか?

高橋伴明監督(以下、伴明) どういう意味で、特別だと思う?

──映画というフィクションによって、司法判決というリアルな現実を覆そうという大変な野心作だと思います。

伴明 うん、そういう意味では、確かに特別な作品かもしれない。最近はいろんなものにチャレンジしようと、『丘を越えて』(08)『禅 ZEN』(09)とさまざまなタイプの作品を撮っていたんだけど、その中でも今回の『BOX』はよりハードルの高い挑戦だったかもしれない。まぁ、損得勘定で考えたら、引き受けない仕事だよね(苦笑)。今回の企画は『獅子王たちの最后』(93)の脚本家・夏井辰徳くんから声を掛けられたわけだけど、ちょうど裁判員制度が始まるということで、強く思うことがあったわけです。人が人を裁くということは、どういうことなのかと。そう考えると、これは”作るべき作品”だと感じたんです。

banmei02.jpg

──劇中でも描かれていますが、警察・検察側が用意した証拠は明らかに怪しいものばかり。小刀で一家4人を短時間で惨殺できるのか、また事件から1年後に犯行現場に隣接する工場から、血の付いた衣服が都合よく発見されるのも奇妙ですよね。

伴明 そう、袴田事件に関する裁判資料やノンフィクション本をいろいろ読んだんだけれども、あの事件はおかしなことだらけ。でも、当時の裁判構造の中で、警察側、検察側、裁判官側がそれぞれ使命感、正義感に基づいて動いた結果、あの判決を招いてしまった。当時のニュースを見たボクは、「一家4人を刺し殺した上に、放火するとは、なんて酷いヤツだ」と思ったわけです。当時の一般大衆の抱いた感情の落としどころでもあった。もし、あの裁判が無罪ということになっていたら、世論は大変な騒ぎになっていたでしょう。

──犯人がいないことには収まらなかった?

伴明 そういうことです。冤罪を生み出す、整合性のある道筋があったということです。冤罪の多くは、そういう構造から生まれているんです。「死刑になることが分かっていて、無実の人間が自白するなんてありえない」と思う人もいるでしょうけど、人間ってもうどうでもいいから早くその場を済ませて楽になりたいと思うものなんです。ボクもね、学生運動やっていた頃は、よく警察にパクられたけど、目の前の面倒なことを早く終わらせたいと考えるものなんです。袴田事件は生まれるべくして生まれた”冤罪”ですよ。

──殺人事件の再現シーン、取り調べシーンが生々しい迫力。かなり気を遣った撮影だったのでは?

伴明 今回、主任判事だった熊本典道さんには撮影前に挨拶だけはしましたが、事件の関係者にはなるべく会わないように努めました。やっぱりね、関係者に会うと情に引き込まれる危険がありますし、「こういうことは言ってない」とか言われる可能性もあるわけです。映画としての自由度は守りたかった。殺人事件の再現シーンは、あえて新井浩文演じる主人公が最初は犯人に見えるような演出です。当時はみんな、彼が犯人だと信じ込んでいたわけです。その後の取り調べシーンは、さじ加減が難しかった。静岡県警は拷問で有名なところで、昔は容疑者に焼きごてを当てたなんて言われているくらいで、袴田事件の実際の取り調べは映画で描いたよりもっと厳しかったと言われています。でも、警察側も凶悪犯を挙げるという正義感があってのこと。取り調べシーンは、これじゃあ自白しても仕方ないなぁと思わせる程度にとどめました。自分は袴田さんは無罪だと思っています。でも、この映画は観た人によって、「やっぱり、犯人はあいつだ」と意見が分かれてもいい。映画を観た人に考えてほしいのは、裁判の在り方そのものなんです。

banmei03.jpg熱血刑事(石橋凌)によって追い詰められて
いく元ボクサーの袴田(新井浩文)。身に
覚えのない証拠が裁判に提出されていく。
(c)BOX製作プロジェクト2010

──無罪と信じる男に死刑の判決文を書いた熊本判事を『光の雨』の萩原聖人、独房の中で死の恐怖と闘い続ける袴田死刑囚を新井浩文がそれぞれ熱演。

伴明 萩原聖人は悩むキャラが似合うんだよね。それにアイツは、ああ見えてプレッシャーにすごく強い。かなりの長台詞を「1カットで撮りたい」と言うと、現場で集中力を発揮してくれる。あと、アイツももう女の子にキャーキャー言われる年齢じゃなくなったでしょ。派手さがなくなったのがいいよね。今回の映画のキャスティングは、人気とか知名度で決めたくなかった。そりゃ、配給や宣伝スタッフは、宣伝しやすい人気俳優を使ってほしいのかもしれないけど(苦笑)。新井浩文は前から使ってみたかった俳優。彼の持っている空気感が好きだね。いかにも犯人に見えそうだし(笑)。

──ちなみに今回の撮影日数は?

伴明 3週間です。ボクもスケジュールを聞いたときは「えっ」と驚きました。長ければいいもんじゃないけど、勢いだけで撮れる作品ではないので最低でも1カ月は欲しかった。裁判所のシーンなどはセットの組み替えに時間がかかるしね。当然、順撮りなんかやってられない。萩原聖人も新井浩文も、そんな非常に限られた時間の中で、大変な集中力を発揮してくれた。

──事件だけを描くのではなく、袴田死刑囚(36年生まれ)と熊本元判事(38年生まれ)が生まれた当時の世界大戦に突入していく日本の世情から、一転して教科書を黒塗りさせられた終戦直後の教育といった社会背景から追っている点が、伴明監督らしいなと感じます。

banmei04.jpg“袴田事件”を主任判事として担当した熊本(萩原聖人)
。無実の人間に死刑を宣告したことに苦しみ、
裁判官を辞職。その後も悩み続け、家庭は崩壊していく。

伴明 そこはボクがこだわったところです。この事件は昭和という時代が生み出した犯罪だと思うし、昭和という時代の判決だったんじゃないかと思うんです。結局、日本は意識構造も社会構造も戦前から、そして戦後も変わっていないわけですよ。そこでね、構造に問題があるということを感じてもらえればいい。「じゃあどうする?」という答えは出ませんよ。すべては人間がやっていることですから。人間の抱く感情や正義感、使命感といったものをひとつに無理にまとめようとするほうが、いびつなことですよ。人は神ではないので、○か×かを見極めるのは非常に難しい。ただ、あの事件が現代に起きていたら、違った判決になっていたはず。逆に平成時代だから起きる、違う形の冤罪もあるでしょう。

──ずばり、この映画が公開されることで、司法決定に影響を与えることはできますか?

伴明 正直に言って、それはなかなか難しい。でも、今も再審請求している人たちを、映画監督という自分の立場から応援することができるということです。ボクは袴田事件は冤罪だと思っています。しかし、司法判決を覆すのは容易なことではない。はたして映画にそこまでの力があるのか……。でもね、この映画を観た人は、新しく始まった裁判員制度も含めて、司法制度について意識が高まるはず。そこから変わっていくしかないんですよ。

 30歳で逮捕された袴田死刑囚は約44年にわたって拘束され、今も東京留置所に収監中だ。長い拘束生活と死の恐怖から精神に異常をきたし、09年からは姉が保佐人となっている。袴田死刑囚は現在74歳。再審請求が認められ、冤罪が晴れる機会は来るだろうか。いつゴングが鳴るのか分からない、果てしない闘いを袴田死刑囚は強いられている。
(文=長野辰次)

●『BOX 袴田事件 命とは』
監督・脚本/高橋伴明 脚本/夏井辰徳 出演/萩原聖人、新井浩文、葉月里緒菜、村野武範、保阪尚希、ダンカン、須賀貴匡、中村優子、雛形あきこ、大杉蓮、國村隼、志村東吾、吉村実子、岸部一徳、塩見三省、石橋凌ほか 配給/スローラーナー 5月29日(土)より渋谷ユーロスペース、銀座シネパトスほか全国順次ロードショー

■袴田事件
1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件。同市の味噌製造工場の専務宅から出火し、焼け跡から一家4人の死体が発見された。その裁判で死刑が確定したのが袴田巌(36~)死刑囚。袴田死刑囚は冤罪を訴え、再審を請求しているが、09年5月現在、最高裁判所に出した再審請求は棄却されている。

●たかはし・ばんめい
1949年奈良県出身。早稲田大学第二文学部中退後、ピンク映画で活躍。『TATOO〈刺青〉あり』(82)で一般映画に進出。主な監督作に『DOOR』(88)、『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』(90)、『獅子王たちの夏』(91)、『獅子王たちの最后』(93)、『愛の新世界』(94)、『光の雨』(01)、『火火』(05)、『丘を越えて』(08)、『禅 ZEN』(09)など。

はけないズボンで死刑判決―検証・袴田事件

STOP! 冤罪!

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最終更新:2010/05/27 11:47
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