ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト
#マンガ #アジア・ポップカルチャーNOW!
『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』……子どもの頃、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火を付けていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。
第5回
コミックアーティスト&グラフィック・ノベリスト
Tak(楊学徳/タック)
基本、香港人はお笑い好きだ。生きるってことは結構ハード。辛いこともいろいろあるけど、現実は現実。だったらいっそ笑ってしまおうや! 的な精神が貫かれている。だから彼らは、どんなに悲惨な話になっても、最後は絶対に笑いでオチをつけようとふんばるのだ。Tak(楊学徳/タック)がみんなから愛されているのは、そこらへんのツボをよく分かっているからだと思う。彼は、誰もが知っている香港のコミック・アーティストであり、グラフィック・ノベリストだ。
バンダイビジュアル
Takが生んだ香港で最大のヒーロー、それが「Suffer Hero(苦悩のヒーロー)」。主人公のUltra Low(ウルトラ・ロー)は、その名の通り、いつも今ひとつアガれない奴。今日もパートナーのWonder Po(ワンダー・ポー)に説教されつつ、強敵 Porky Mon (ポーキー・モン)との勝いに臨む!……よりも、公園で黄昏れていることの方が多い。愛すべきダメダメヒーロではあるのだが……。やっぱりモデルはあの? と聞くと、「もちろん。だって彼は、僕たちにとって、すごく身近なキャラクターだからね。特に今30代の香港人は、『ウルトラマン』シリーズを見て大きくなったと言っても過言ではないから」とTak。
Takが子ども時代を過ごした70年代、テレビをつけると、アメリカやイギリスの番組に混じって、『ドラえもん』や『仮面ライダー』など、毎日たくさんの日本のアニメやドラマが放映されていた。「『俺たちの旅』と『燃えろアタック』は、毎回欠かさず観ていたよ」
80年代になると、日本のカルチャーがどんどん香港に紹介され始める。
「香港におけるジャパニーズ・ポップ・カルチャーの最盛期だったと思う。当時の僕のヒーローは、日本のアイドルたち。中森明菜、マッチ、チェカーズ、安全地帯に小泉今日子! 特にマッチは、すごい人気だった。男子は全員彼の髪型にして、ファッションを真似て競っていた。でも僕の髪は硬くて、どうしてもマッチ・カットにならなくて……。青春の”苦悩”を味わったというわけ(笑)」
アイドルへの憧れや自己への苛立ちと共に過ごした80年代。貧しかったけど、毎日がカラフルだった時代を、Takは今でもとても愛しく思っている。彼のそんな思いが最大に表現されているのが、28歳で初めて発表した作品集『錦繍藍田(How blue was my valley)』だ。香港の庶民のほとんどが住んでいた低家賃の公共住宅を舞台として、彼らの日常生活が鮮やかな色彩で再現されている。コミック作品とは全く異なる画法で描かれたこの作品集は、遅咲きのTakの才能を広く知らしめ、彼が「グラフィック・ノベリスト」と称されるきっかけともなった。言葉がなくても、彼の絵は、雄弁に物語を語っている。
「この本を自費出版したとき、それまでやっていたデザイナーに、自分は向いてないって分かって仕事を辞めていたから、本当に貧乏だった。でも、それで自分を無理矢理創作活動に追い込めたから、逆に良かったのかも」
ここ数年、コミックの連載や単行本の出版、キャラクターがグッズ化されたり、各地で展覧会を開いたりと、大忙しのTak。最近、あるアニメ映画のキャラクター・デザイナーの依頼を受けて、忙しさに拍車がかかった。「自分の作品作りの時間がなかなかとれなくなっちゃって」と、温和なTakがめずらしく愚痴るほどだ。
彼が密かに暖めているライフワーク。それは、1841年に始まり、1997年の中国返還で終焉を迎えた、香港のイギリス植民地時代のグラフィック小説だ。「植民地じゃなくなって、香港人は中国国民としてのプライドを取り戻した、とか言われるけど、みんなどこか居心地の悪さを感じているんです。心の中では、香港が一番香港らしかった”黄金時代”を懐かしんでる。その時代の物語を描けたらなと」。それは、きっと、香港人だけではなく、毎日にちょっと疲れている人たちに、深く受け入れられる作品となるだろう。「いろいろあるけど、現実は現実。だったら笑ってしまおう」と。
(文=中西多香[ASHU])
●Tak (楊学徳/ヨン・ホク・タック)
1970年、香港生まれ。デザイン事務所、広告代理店、出版社勤務を経て、1999年に季刊『コックローチ(Cockroach)』誌上でコミック作品の発表を開始。以降、コミックとアートの領域を越えた「グラフィック・ノベル」スタイルを確立。多くの作品を発表している。<http://www.kicklamb.com/>
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●なかにし・たか
アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com >
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