アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼!
#映画 #邦画 #井口昇 #パンドラ映画館
すまし顔の美女のポスターを見かけると、とりあえず周囲に誰もいないことを確かめた上で、美女の鼻の下にハミ毛を描き足したくなる。ついでにホクロ毛も加えたくなる。美しすぎるものを、この手で汚したい。完璧なるものを壊してやりたい。誰しもが経験する衝動ではないだろうか。普通の大人は頭の中のイメージだけにとどめているこの欲望を、映像作品へと昇華しているのが井口昇監督だ。井口監督の場合は鼻毛どころの騒ぎではない。八代みなせ主演『片腕マシンガール』(08)や木口亜矢主演『ロボゲイシャ』(09)ではヒロインたちを血まみれ地獄へと追い込み、阿修羅と化したヒロインが放つ美しさ、タフさをクローズアップしてみせた。成海璃子初主演映画『まだらの少女』(05)では蛇娘に変身する直前の成海璃子がゾクゾクするほど美しかった。アイドル映画において特殊な才能を発揮する井口監督が、西村喜廣監督(特殊造型家として大活躍!)、坂口拓監督(アクション俳優として超人気!)という同志たちと強力スクラムを組んだのが『戦闘少女』なのだ。
『戦闘少女』で3人の特殊クリエイターに選ばれたのは、雑誌モデル出身の新進女優・杉本有美、自衛隊全面協力映画『空へ 救いの翼』(08)に主演した高山侑子、アイドリング11号こと森田涼花の3人。『X-MEN』よろしく、3人の美女たちがミュータント戦士として己の運命、そして巨大な敵と戦う。お尻から飛び出した武器で戦うなど『ロボゲイシャ』の井口監督らしいお茶目なギャグあり、『東京残酷警察』(08)の西村監督らしい戦慄の血しぶきシーンあり、実写版『魁!!男塾』(08)の坂口監督らしい生身のアクションシーンあり。アイドル映画の枠を遥かに飛び出した、オーバーフロー気味のエンタテイメント快作となっている。
ストーリーは、『バビル2世』『幻魔大戦』といった往年の名作コミックを彷彿させるもの。女子高生の凛(杉本有美)はクラスメイトからの陰湿なイジメに耐え忍ぶ日々を過ごしていた。しかし、16歳の誕生日に凛に異変が起きる。右腕が疼いて仕方ないのだ。学校から帰ってきた凛を両親は優しく迎え、バースデイケーキで娘の誕生日を祝う。「凛、誕生日おめでとう」。そして父親は自分がミュータントであることを告白する。ガガーン! じゃあ、私にもその血が流れているの? そこへ武装集団が襲いかかり、両親を血祭りに。せっかくのバースデイケーキがクランベリーソースでなく、血のソースでデコレーションされる。ミュータントとしての潜在能力を発揮し、その場は逃れた凛だが、もはや人間として見られることはなかった。やがて凛はミュータント仲間である玲(高山侑子)、佳恵(森田涼花)らと出会い、人間vs.ミュータント族の果てしない抗争に巻き込まれていく。
有美)。東映ビデオ製作ということで、『スケ
バン刑事 少女鉄仮面伝説』(フジテレビ系)や
『女番長』シリーズへのオマージュあり。
本作の注目点は、やはり『トリプルファイター』のごとく奇跡の合体を果たした井口&西村&坂口の3監督によるコラボだろう。ライバル心むき出しの監督たちがバラバラに撮ったオムニバス映画と違って、気の合う3監督がそれぞれの特性を活かした演出を施している。家から逃げ出した凛が商店街で”15人斬り”に挑む第1章はアクションを得意とする坂口監督、ミュータント一族に合流した凛が女同士の友情を育みつつ、人間たちを復讐することに苦悶するドラマ部分の第2章は総監督である井口監督、凛&玲&佳恵が強化スーツを装着して活躍するクライマックスの第3章は特殊効果のスペシャリスト・西村監督、と一応の担当パートを決めてから撮影を進めたとのこと。だが、現場が大好きな3監督は、他の監督が撮影中も現場に待機してアシストに努めた。坂口監督がアクション演出で熱くなっているときは、西村監督がカメラを手にクレーンに上がり、西村監督が手いっぱいのときは、井口監督がキャスト陣に優しく毛布を掛けてあげるなど、きめ細かいフォローが行なわれたそうだ。お山の大将タイプの映画監督には普通こうはできないもの。予算規模に関係なく、「とにかく面白い映画をつくりたい」と願う3監督だからこその連携プレーだったに違いない。
現在、劇場版『電人ザボーガー』の製作で忙しい井口監督だが、日刊サイゾー向けに特別にコメントを寄せてくれた。共同監督というシステムの利点について、こう語っている。
「自分の得意分野に専念できて、いい意味で肩の力を抜いて作品に挑むことができたと思います。坂口監督の第1章、西村監督の第3章もそれぞれ監督の色が出ている。この作品はまとまらなくてもいい、バラバラでもいいんだと思いながらやっていたので、ふだんの監督作より気持ち的に楽でした。自由な力が働いて、本能のおもむくままに監督したという感じ。でも、3人で打ち合わせもしていないのに、出来上がった作品はキチンとひとつの作品として成立していますよね。自分の監督ではないパートでは、コーヒー飲んだりお菓子食べたりしていられたのも良かった(笑)」
かつての日本映画界では、それぞれピンを張る実力派の脚本家である菊島隆三、小国英雄、橋本忍の3人が旅館に篭って、黒澤明監督の娯楽大作『隠し砦の三悪人』(58)の脚本を練り上げた。鈴木清順監督の傑作カルト映画として知られる『殺しの烙印』(67)に脚本家としてクレジットされている”具流八郎”は美術監督の木村威夫、アニメ『ルパン三世』の脚本家・大和屋竺らによる創作集団だ。個性豊かなメンバー間のブレーンストーミングによって、日本映画史に残る奇妙奇天烈な作品が生まれた。70年代の全盛期には視聴率30~40%を稼いでいたテレビ時代劇『水戸黄門』(TBS系)の脚本家”葉村彰子”は、プロデューサーの逸見稔をはじめ、任侠映画の大御所・加藤泰監督、『仮面の忍者 赤影』の山内鉄也監督、ホームコメディの名手である脚本家・松本ひろし、紅一点・向田邦子ら創作チームの名称だった。それだけの才能が集まって、アイデアを出し合えば面白い作品にならないはずがない。面白い映画、ドラマにはちゃんとした理由があるのだ。
話題を『戦闘少女』に戻そう。井口監督が特殊な才能に目覚めた過程を赤裸々に綴った名著『恋の腹痛、見ちゃイヤ!イヤ!』(太田出版)の中で、中学2年のときに本屋で団鬼六の官能小説『花と蛇』を立ち読みし、SMの世界に感電してしまったと告白している。美しい女性がイジの悪い女中にイビられて身悶えする姿を想像するのが、三度の飯よりも大好き。井口監督のそんなマニアック嗜好を、また別の特殊才能を持つ同志たちがサポートし、ポップでキュートなトラウマ絵巻が繰り広げられる。
井口監督にとって自分の頭の中の妄想を具象化できる”映画監督”という職業は天職だろう。しかし、キャスティングされた女優陣の全員が井口ワールドを完全に理解した上で参加しているわけではない。そこには見えない火花が散り、現場には緊張感が漂う。ただの妄想ワールドではなく、監督vs.女優、フィクションvs.リアルの攻防があり、それゆえに作品に奥行きが与えられる。『プラトニック・セックス』という飯島愛のベストセラー小説があった。読んではいないが、多分それっぽく言えば、井口監督は”プラトニック・サディスト”なのだ。井口監督はアイドル女優が演じる健気なヒロインを徹底的に追い込んでみせる。耐えて耐えて耐え忍んだアイドル女優の内面で何かが弾け、輝き始める。
井口監督にアイドル映画を撮らせると天才的才能を発揮する。しかし、正確にいうと、それはもうアイドル映画ではない。”純愛系SM映画”と呼んだほうが正しいだろう。アイドルマニアよ、身震いしながら『戦闘少女』を観るがいい。
(文=長野辰次)
●『戦闘少女 血の鉄仮面伝説』
監督/井口昇、西村喜廣、坂口拓 出演/杉本有美、高山侑子、森田涼花、坂口拓、島津健太郎、亜紗美、川合千春、いとうまい子、津田寛治、竹中直人 配給/東映ビデオ 5月22日(土)よりシアターN渋谷、池袋シネマ・ロサ(レイトショー)、名古屋シネマスコーレ(レイトショー)ほか全国順次公開 +R15
<http://www.sentoshojo.jp>
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