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『鉄男 THE BULLET MAN』公開記念インタビュー

デビュー作『鉄男』の衝撃から20年! 塚本晋也監督の変わらない製作スタイル

tetsu02.jpg個性派俳優としても活躍する塚本晋也監督。
新作『鉄男 THE BULLET MAN』ではおなじみの”ヤツ”を演じている。

 インディペンデントなる道を切り開いて20年。塚本晋也監督が製作・脚本・監督・出演・美術・特撮・編集……と全てセルフメイドで作り上げた『鉄男』(89)は、インディペンデント映画の金字塔、いやクロガネの要塞だ。都市生活者の肉体が突然、鉄に侵食されていくという不条理なこの作品は、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞。続く『鉄男II BODY HAMMER』(92)も各国の映画祭で上映され、”塚本晋也”の名前は日本よりも世界で広く知られるようになった。また、サイバーパンクな『鉄男』シリーズだけでなく、官能映画『六月の蛇』(02)はベネチア映画祭コントロ・コレンテ部門審査員特別大賞を受賞するなど、身体性にこだわる独自の作風はより進化を続けている。世界の映画シーンに衝撃を与えた『鉄男』誕生から20周年となった2009年、全編英語による『鉄男 THE BULLET MAN』が完成し、ベネチア映画祭コンペ部門でプレミア上映。5月22日(土)より、ようやく日本でも公開されることになった。温和な性格で知られる塚本監督だが、映画製作に関しては鋼鉄のような堅い意志を貫く。塚本監督のブレない生き方を体感するべし。

──以前からハリウッド版『鉄男』の噂は耳にしていたのですが、全編英語劇となる『鉄男 THE BULLET MAN』はその流れのものでしょうか?

塚本晋也監督(以下、塚本) 舞台は東京ですが、ボクとしては完全にハリウッド版の流れで作ったものです。ハリウッド側とは何度か話し合ったんですが、どうしてもボクが考えているような『鉄男』にはなりそうになかった。それでボクの会社「海獣シアター」での自主製作という形になったんです。日本でもボクの映画はなかなか話がまとまらないのに、ハリウッドでやろうとしたら尚更ですよね。よく考えれば分かること、いやパッと考えても分かることなのに(苦笑)。こう見えても、意外と自分は流れに乗って映画を作ることもできると思っていたんですよ。でも、やっぱり『鉄男』となると、別ですね。

──”鉄男”というキャラクターだけをハリウッドに売り渡すことはできなかった?

塚本 そうですね。『悪夢探偵』シリーズ(06、08)は、元々はメジャー的に展開する”売る”ための企画として考え出したものだったんですが、松田龍平さん主演作として完成した今となっては、そう軽く考えることができない。やっぱり、作り出しちゃうと、どうしてもこだわっちゃうんです。ダメですねぇ……(苦笑)。ハリウッド側からも、「そんなにこだわらないで、もっと胸を開いて、こちらのことを信頼してください」とか言われるんですが、そんな風に言われても、譲れないものは譲れませんからね。向こうの言い分は、人気俳優を起用しましょう。そのためには撮影期間はこれだけで……と。でも、『鉄男』は撮影や編集に時間を徹底的にかけて、手を尽くすことで面白くなる作品。今回の『鉄男 THE BULLET MAN』は普通なら3週間程度の撮影で済ませる規模の作品ですが、撮影だけで8カ月かけています。『鉄男』の面白さを出すためには、決まった製作期間で済ませることができないんです。

──ハリウッドの人気俳優の名前も挙っていたんじゃないですか。

塚本 まだ具体的な名前が出る前の段階でした。でも、『鉄男II』直後の段階では、こちらがジョニー・デップや、ティム・ロスといった俳優の名前を挙げると、向こう側は興味を示していましたね。『シザーハンズ』(90)で注目を集め始めたジョニー・デップは病的な雰囲気を持つ米国人が当時はまだ珍しかったし、鉄男とハサミ男で繋がる部分もあるかなと。ティム・ロスは平凡な会社員役がハマりそうだった。当時は、ハリウッド版『鉄男』、行けるなと思っていましたね(笑)。

──『鉄男』ファンを公言するクエンティン・タランティーノが製作に名乗りを挙げたことも。

tetsu03.jpgクエンティン・タランティーノ、ダーレン・アロ
ノフスキー、ギャスパー・ノエら、塚本晋也ファン
を公言する映画人は世界に多い。

塚本 93年ごろでしたね。いい感じで盛り上がっていた。あれは、乗っても良かったかもしれない(苦笑)。タランティーノは他の人と違って、「ちゃんと監督を守る」と言ってくれていましたから。「チームを組んで共同プロデューサーという形にすれば、映画会社の言いなりにならなくて済む」と言ってくれた。でも、そのときのボクはまだ具体的なハリウッド版のイメージがなく、脚本が用意できていなかったんです。ボクの中で、熱く盛り上がっているものがないとダメ。ボクは器用な職人ではないんです。不器用だけど一生懸命に、作品に愛情を込めることで、ようやく面白いものになるんです。

──映画界で20年間サバイバルを続けてきても、それは変わらない?

塚本 そうですねぇ、心のどこかでは、きっちりした映画監督になって、お金持ちになって……というビジョンを持っていたんですが、どうもそうはなれない(苦笑)。性格なんでしょうね。最近ようやく気づいたんですが、ボクはエラそーに人に指示を出すのが得意じゃない。むしろ、自分で粘土をこねて、じわじわと作っていくタイプ。ディレクターズチェアにも一度も座ったことがありませんしね。松尾スズキさんの映画に役者として現場に行くと、松尾さん用の立派なディレクターズチェアが置いてあるんです。松尾さんは立派な監督だなぁと思いますよ(笑)。

──今回はシニア・プロデューサーとしても名前がクレジットされています。プロデュースから裏方仕事まで、全て自分でやらないと気が済まないんですね。

塚本 現場のことはプロデューサーに任せていますけど、製作費は自分で集めています。『鉄男』以外の作品もほとんど、自分でお金は用意しているんです。8ミリ映画を撮っていた10代のときから、そうですね。映画ってお金を出している人のものなんです。最終判断は、お金を出している人がするもの。それは、はっきりしています。そのスタイルは学生時代から、現在まで変わりませんね。変わったのはカメラぐらい(笑)。それと、ボクの作品は製作期間が長いこともあって、スタッフはボランティアみたいな形で参加してもらっています。『悪夢探偵』シリーズを通して、スタッフが育ち、いい感じで『鉄男 THE BULLET MAN』に挑めると思っていたんですけど、予想外の不況でしょ。スタッフにも生活があるし、ボクにも家族がある。みんなにギャラを払うと予算オーバーしちゃう。昔からのスタッフは『鉄男 THE BULLET MAN』に参加したがっていたので、本当に申し訳なかった。でも、また今度の現場を経験した若いスタッフが、映画界に貢献していくような一流のプロに育っていくんじゃないかな。

──サンディエゴのコミコン2009で行なわれた製作発表では『アバター』の製作費200分の1、とコメントされていました。

塚本 自虐的に200分の1と話したんですが、『アバター』(09)の製作費は200億円と言われていますから、『鉄男 THE BULLET MAN』もそれなりに掛かっていますよね。でも、撮影に8カ月、編集に4カ月要したことで、製作費が膨れ上がったんです。ギャラのことは、いつも考えていますね。スタッフにはこれだけしか払えないなぁ、食事はひとり250円だなぁとか(苦笑)。

──生半可な気持ちでは『鉄男』は出来ないんですね……。国際色豊かなキャスティングについて聞かせてください。

tetsu01.jpg東京の外資系企業に勤めるアンソニー(エリック
・ボシック)の息子が、謎の男・ヤツ(塚本晋也)
の運転する車に轢かれた。怒りの感情を抑えられ
なくなったアンソニーの顔が次第に鉄に覆われ始める。

塚本 みなさん、オーディションに参加してくれた人たちです。主演のエリック・ボシックの本職はフォトグラファー兼モデルですが、演技の基礎ができていて、暗黒舞踏を経験しておりアングラ的世界を理解している。しかも日本語がうまい。父親役のステファン・サラザンさんは、フランスの映画誌「カイエ・デュ・シネマ」でボクの作品を紹介してくれた評論家。桃生亜希子さんは主演女優らしいオーラがあり、母親役の中村優子さんはオーディションで素晴らしい集中力を見せてくれた。スタッフもそうですが、キャストも拘束時間が長いので、「こんな条件の映画ですが……」と参加希望者をオーディションという形で募るしかなかった。エリックはエキストラのつもりでオーディションを受けたのに、後で自分が鉄男役だと知って大喜びしていました(笑)。1日だけですが、田口トモロヲさんにも出演してもらいました。前2作に主演された田口さんにちょっとでも参加してもらうことで、『鉄男』シリーズとしての刻印を押して欲しかったんです。

──スタッフもキャストも狂おしいまでの愛情を注ぐことで、『鉄男』ワールドが成立するんですね。『鉄男』の第1作はバブル時代の都市の熱気とその崩壊を予感したかのような内容でしたが、今回は青い目の鉄男が自分のアイデンティティーを見つめ直す物語と言えますね。

塚本 アイデンティティーというか、自分という意識はどこにあって、どこから来たものなのかというテーマは、『ヴィタール』(04)ぐらいから始まったものですね。それまでは”都市と肉体”という2つの対比、対決が主題だったんですが、次第に肉体そのものに意識が移り、『六月の蛇』から『ヴィタール』を撮るうちに肉体の内側へと意識が向かい出したんです。肉体の中の意識はどこにあるんだろうと、さまよいながら撮ったのが『ヘイズ』(05)、そして”夢”という深層心理を描いた『悪夢探偵』シリーズでした。今回の『鉄男 THE BULLET MAN』もその延長線上にあるもの。従来の『鉄男』の世界と”意識とはどこにあるものか?”というイメージとが合致したものと言えるでしょうね。『鉄男』は元々、都市生活者の意識の不確かさ、夢か現実か分からない曖昧な『マトリックス』(99)的なものを描いたものですが、20年経て、よりそういう社会になっているように感じるんです。

tetsu04.jpg人間兵器へと変貌するアンソニー(エリック・
ボシック)。10段階の変身工程を、まず塚本晋也
監督が粘土造型として作り、特殊造型班が試行錯誤
を重ねて新しい鉄男を生み出した。クライマックス
では全長20mまで巨大化する。

──クライマックスは、かつての『鉄男』とはひと味違うものとなっています。撮影スタイルは20年前と変わらないとのことですが、塚本監督の内面は当然ながら変化しているかと思います。

塚本 『ヴィタール』の頃に自分に子どもが生まれ、家族ができたことでやはり意識は変わってきたと思います。テレビで戦争のニュースとか流れると「大丈夫か?」と不安になりますね。『鉄男』もノリだけで作っていいのか? ブッ壊すだけでいいのか? 救いを見せなくちゃいけないんじゃないかとか考えますよ。結局、今回も東京を舞台にしているわけですが、太平洋戦争が終わって60年以上が過ぎて、戦争について話せる人が日本にいなくなってしまった。語り部がいなくなってしまった東京という都市はどうなってしまうのかという怖さですね。平和ボケしてしまって、大切なことを忘れているんじゃないかと。今回のクライマックスは、『鉄男』を見続けてくれている人は「パンクの精神に反する」と感じるかもしれない。以前に比べると、物腰が弱くなっているように映るかもしれない。でも、逆に強い力がないと、暴力的なものから大事なものを守ることができないと思うんです。壊さずに守ることのほうが、もっと大変なんだよってことですよね。

──今後、塚本作品はどこに向かっていくんでしょうか?

塚本 ここ5年くらいはハイペースで作ってきました。決して、手を抜いて量産化したわけではありませんが、これからはより丹念に作っていくつもりです。仕事のオファーがあれば、その企画の中にどう自分のテーマを盛り込めるか考えるのも楽しいですし、仕事が来るのを待っているだけじゃダメなので、自分でも作っていくつもりです。これまで以上に、じっくりじわじわと作っていくしかないですね。

 ミッキー・ロークを蘇らせた『レスラー』(08)のダーレン・アロノフスキー監督は『鉄男』に衝撃を受け、デビュー作『π』(97)を撮り、また『バレット・バレエ』(99)から『悪夢探偵』(06)まで照明スタッフとして参加していた吉田恵輔監督は『純喫茶磯辺』(08)、『さんかく』(6月26日公開)などで注目される若手監督となっている。塚本作品は映画界に有名無形の影響を与えていると言っていいだろう。そのことに触れると、「いやいや、とんでもない」と謙遜してみせる塚本監督だった。普段は物腰が低いが、作品の中では過激なまでに跳躍してみせる。塚本監督は鋼でできたスプリングのようなクリエイターなのだ。
(取材・文=長野辰次)

●『鉄男 THE BULLET MAN』
監督・脚本・原作・撮影・美術・特殊造型・編集/塚本晋也 音楽/石川忠 出演/エリック・ボシック、桃生亜希子、中村優子、ステファン・サラザン、塚本晋也ほか 配給/アスミック・エース 5月22日(土)渋谷シネマライズほか全国ロードショー <http://tetsuo-project.jp/>

※5月8日(土)~21日(金)シアターN渋谷にて連日夜9時より『塚本大図鑑 SHINYA TSUKAMOTO FILM FESTIVAL2010』を上映。5月15日(土)~21日(金)池袋シネマ・ロサにて夜9時より『バレット・バレエ プレミアバージョン』上映。6月12日(土)~18日(金)吉祥寺バウスシアターにて夜9時より『鉄男』『鉄男II』爆音&大音響上映

●つかもと・しんや
1960年1月1日、東京都生まれ。14歳で8ミリカメラを持ち、映画づくりを始める。日本芸術大学美術学科卒業後はCF制作会社に勤めるが4年で退社し、85年に「海獣シアター」を結成。3本の芝居を上演後、8ミリ作品『普通サイズの怪人』(86)で映画製作を再開。同じく8ミリ作品『電柱小僧の冒険』(87)でPFFグランプリ受賞。16ミリ作品『鉄男』(89)はローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリ受賞。続く沢田研二主演のメジャー作『ヒルコ/妖怪ハンター』(90)は諸星大二郎の原作コミックを大胆にアレンジし、切ない青春ホラーに仕立て上げた。『鉄男II BODY HAMMER』(92)は27の映画祭で上映され、世界15か国で公開。その他の代表作に『東京フィスト』(95)、『バレット・バレエ』(98)、『六月の蛇』(02)、『ヴィタール』(04)など。『悪夢探偵2』(08)のラストの長回しでの松田龍平の表情も見逃せない。また、ベネチア映画祭には2度審査員として参加している。

鉄男

いま、再び!

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最終更新:2010/05/17 19:02
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