「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点
#マンガ #アジア・ポップカルチャーNOW!
『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』……子どもの頃、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火を付けていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。
第4回
アーティスト・マイケル・パンチマン
マイケル・パンチマン。本名マイケル・チョン。香港を活動拠点とするアーティストであり、売れっ子アート・ディレクターでもある。本人いわく、「パンチマン」とは、世の中の理不尽や、社会を漫然と襲う絶望感に対する怒りを、その拳(パンチ)に込めながら、「どろどろ」と渦巻く思いを抱えるマイケルの分身として生まれたキャラクターなのである!……だが、その見た目はちょっと「ゆるゆる」。よく聞けば、「香港では道を歩けばマイケルやチョンにあたるから(そのぐらいポピュラーな名であり姓であるということ)、他のマイケルと区別したいと思って」つけた、というのが本音らしい。
「Punchman blue」 /「 Punchman red」
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アーティストとしての活動を始めたのは2000年。02年にFRP(ファイバーグラス)彫刻作品として発表し、今も素材や形を変えて進化している「BOOM」シリーズは、昨年末に、シルバーアクセサリー/オブジェとして、高級セレクトショップ、ハーベイ・ニコラスで展示販売され、話題を呼んだ。「パンチマン」は、06年のシンガポール・アート・ビエンナーレのパブリック・アート・プログラムの参加作品に選ばれ、日本の伊東豊雄氏が設計した巨大商業施設VIVO CITYに設置されて、今でも施設のマスコット・キャラクターとして子どもたちに親しまれている。もっと継続的に作品を発表したいが、人気ディレクターゆえ、特に一昨年の北京オリンピックの時期には、あちこちから声がかかり、膨大なクライアント・ワークに忙殺されて、新作に取り組む時間がなかった、と苦笑いする。
造形のインパクトもさることながら、マイケルの作品を特徴づけるのは、その鮮やかな色使いと、自分の作品の良さを最大限”魅せる”、卓越したプレゼンテーション・スキルだろう。マイケルによれば、こうした感覚や技を身につけたのは、『ガンダム』のおかげだという。
「中学生のころ、『機動戦士ガンダム』(広東語で『機動戰士高達』)に夢中になって、学校でも家でも、紙と鉛筆さえあれば、いつまでもガンダムを描き続けた。教科書が全部ガンダムだらけになっちゃって、先生がすごく怒ったなあ。母親は『子どもに勉強を忘れさせるアニメを作るなんて、日本はなんて悪い国なんだ!』って、逆ギレするし(笑)」
叱られても、絵の具を取り上げられても、マイケルはガンダムを描くことを諦めなかった。唯一、美術の先生だけは、「お前の色使いはユニークだ」と、背中を押してくれたという。そしてある日、「全香港青少年ガンダム絵画競技会」なる大会で、マイケルは優勝する。
「絵だけじゃなく、ガンダムのプラモデルもたくさん作ったんだけど、自分で工夫して着色したことで、色の組み合せの基礎や、絵の具に関する知識も蓄えられたんだ」
数年前のこと。マイケルがいつもFRP作品を共同制作している中国の工場が、納期をずらしてくれと言ってきたことがある。理由を聞くと、日本のメーカーからの緊急の注文で、なんと大型のFRP製ガンダムを制作することになり、ラインに割り込ませなければならなくなったという。
「他ならぬガンダムなら仕方ないよね。というか、むしろ光栄だったよ。やっぱり”縁”があるのかな、と」
最近はボクシングにハマっており、見事減量も果たした。繰り出す拳に込められているのは、今は怒りではなく、「みんなの夢」だという。相変わらず忙しいクライアント・ワークの合間をぬって、自身のアートワークの一環として、ひそかに進めているプロジェクト、「Union Cult(ユニオン・カルト)」は、アジアを中心とした、世界中の才能あるアーティストたちの一大ネットワーク化計画だ。プロジェクト・ベースでチームを作り、ひとつのクライアント・ワークを企画/制作していくことで、個々のクリエイティビティを十分に発露させつつ、クライアントが満足する結果を提供し、同時にクリエイターへの収入も確保する。コマーシャルとアートがウィン-ウィンで結合する、理想の形。両方の分野での多くの経験とネットワークを持つ、マイケルならではの発想だ。クリエイティブ界を大いに刺激する、ユニークな「パンチ」に育ってほしい。
(取材・文=中西多香[ASHU])
●Michael Punchman (マイケル・パンチマン)
1967年香港生まれ。クリエイティブ・ディレクターとして多くの広告制作を手がける。00年よりコンテンポラリー・アートにも活動の場を拡げる。02に発表したFRP作品「Boomシリーズ」展は世界各国を巡回。06年「シンガポール・アート・ビエンナーレ」参加。
<http://www.michaelpunchman.com/>
●なかにし・たか
アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com >
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