オタク王が見出した”夢と現実”の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』
#映画 #洋画 #パンドラ映画館 #ジョニー・デップ
豪州出身の新人女優ミア・ワシコウスカ。ディズニー映画『プリティ・プリンセス』(01)の
アン・ハサウェイが”白の女王”、ジェニー・デップが”マッドハッター”として登場。
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ティム・バートン監督の映画を観て、久々に泣いた。彼の新作映画を観て、泣いたのはいつ以来だろう。他人とうまくコミュニケーションできないティム・バートン自身の少年~青年期を投影した『シザーハンズ』(90)、『バットマン・リターンズ』(92)、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)、『エド・ウッド』(94)は何度観ても泣ける。才能があり過ぎて周囲だけでなく、自分さえも傷つけてしまうハサミ男、みんなに愛されたいという願いが歪んで爆発するペンギンにジャック、おかしな仲間たちと映画製作にのめり込む史上最低の映画監督……。どれもティム・バートンの切実なる分身だ。オタク道を極めることで自分の世界を確立したティム・バートンはオタク界のスーパースター、マイノリティーの代弁者だった。今やすっかり大監督となられたティム・バートンが、映画人としてのキャリアをスタートさせた古巣・ディズニー映画に帰還して手掛けたのが3D映画『アリス・イン・ワンダーランド』だ。
ロサンゼルス生まれのティム・バートンはエドガー・アラン・ポーの怪奇小説に読み耽り、ゴジラをはじめとするモンスター映画に夢中な少年だった。ミニチュアの街に迷い込んだゴジラに、コドクな自分を重ねていたのだろう。カルフォルニア芸術大学在学時にウォルト・ディズニー・スタジオにアニメーターとして採用されるが、ディズニーアニメらしい可愛い絵柄が描けなくて、短編映画『ヴィンセント』(82)と『フランケンウィニー』(84)を監督して3年ほどで退社している。頭の中で広がるイマジネーションが膨大すぎて、他人に合わせるのが苦手。今回の『アリス・イン・ワンダーランド』もルイス・キャロル原作のファンタジー小説はあくまでもベースにしただけ。不思議の国を舞台に”想像の世界は、退屈な現実世界を凌駕する”というティム・バートン作品ならではのメッセージが前面に押し出された作品となっている。
アリスだが、16mの巨大女から妖精サイズ
の15cmまで身長が変わりっぱなし。アリス
は自分に相応しいサイズをなかなか見つけること
ができない。
かつて不思議の国を冒険した6歳の少女アリスは、貴族階級のおぼっちゃんとの婚約を控えた19歳の女性に成長している。金持ちと結婚し、家庭に収まるのがいちばんの幸福だと信じられていた19世紀。想像力豊かなアリスは、結婚して死ぬまでの自分の一生が手に取るようにイメージできてしまい、どうも気が進まない。そんなマリッジブルー状態のアリスの前に、どこか見覚えのある白ウサギが現れる。他の人たちには見えない奇妙なウサギを追い掛けるうちに穴底に落ち込んだアリスは、再び不思議の国を冒険することに。しかし、アリスには不思議の国に来た記憶はなく、さらにアリスがいない間に赤の女王(ヘレナ・ボナム=カーター)の独裁政治によって、不思議の国はすさんだ空気に覆われてしまった。不思議の国は独立した夢の国ではなく、アリスが大人へと成長するに従って歪みが生じてしまう現実と地続きの世界らしい。
物語の序盤、6歳のアリスに父親が語り掛ける言葉が優しい。変な夢ばかり見る自分はおかしくなったんじゃないかと泣きじゃくるアリスに、亡くなった父親はこう語る。「アリス、お前はまともじゃない。でもね、偉大な人はみんな、まともじゃないんだよ」。そうなのだ、図書館の伝記コーナーに並ぶ偉人たちはみんな奇人変人だ。ガリレオ、コロンブス、アインシュタイン、チャップリン、それにイチローもみんな変人だ。世間の常識に囚われない奇人変人のみが、新しい価値を生み出し、新しい世界を切り開けるのだ。
ヘンテコなキャラクターたちが続々と登場する不思議な国の描写は、ティム・バートンの独壇場。わがままな独裁者・赤の女王に対し、いかれ帽子屋マッドハッター(ジョニー・デップ)、ザ・たっちによく似たデブな双子、にやにや笑いのチェシャ猫、青色のイモ虫らがアリスのもとに集まり反旗を翻す。こんな顔ぶれで反乱なんて起こせるのか? 『エド・ウッド』で”史上最低の監督”のもとに、色盲のカメラマン、演技経験ゼロのプロレスラー、世間から忘れられた往年の怪奇俳優といったおかしな連中が集まって映画製作を始めるエピソードを彷彿させるくだりだ。現実の世界では父親が亡くなってからうまく笑うことができなくなっていたアリスだが、不思議な国でおかしな連中たちと再会し、忘れていた自分を取り戻していく。
『ビッグ・フィッシュ』(03)で描かれているようにティム・バートンは親との折り合いが悪く、12歳のときに家を出ておばあちゃんの家で居候生活を送った。ディズニーを辞めたティム・バートンに初めての長編映画『ピーウィーの大冒険』(85)を撮らせた”恩人”ポール・ルーベンスは、映画館での露出癖が災いして表舞台から消えてしまった。『バットマン』(89)シリーズが想像以上の大ヒットとなったため、ニコラス・ケイジ主演による『スーパーマン』という、およそティム・バートンに似合わないヒーロー映画の企画をワーナーから押し付けられたときは、さんざん悩んだ挙げ句に、結局は企画中止に。落ち込んでいたティム・バートンに、「君の得意なヤツをやろう」と手を差し伸べて『スリーピー・ホロウ』(99)を撮らせたのは『シザーハンズ』以来の盟友ジョニー・デップだ。『エド・ウッド』『マーズ・アタック!』(96)の”ミューズ”リサ・マリーとは別れてしまったが、今はケネス・ブラナー監督の『フランケンシュタイン』(94)でフランケンシュタインの花嫁を演じた英国女優ヘレナ・ボナム=カーターと共にロンドンで暮らし、2人の子どもに恵まれた。故郷のロサンゼルスの青い空よりも、ロンドンのどんよりした曇り空のほうが落ち着くらしい。子どもの頃からずっと居心地の悪さを感じ続けていたティム・バートンだが、映画の世界で傷つきながらも冒険を続け、良き友人と新しい家族に出会い、ようやく自分の居場所をつかみ獲った。
アリスはマッドハッターらに励まされ、頭でっかちな独裁者・赤の女王に立ち向かう。赤の女王は多分、ティム・バートンに無理難題を押し付ける威張りんぼうの映画会社の重役たちのメタファーだろう。6歳の頃と違って、19歳に成長したアリスは赤の女王やモンスターとの戦いを迫られるが、これはティム・バートンによる”夢の世界はただの逃避場所でなくて、体を張って守り抜かなくてはならない神聖なる空間である”という意志表示。『アリス・イン・ワンダーランド』はティム・バートンが2人の子どもに夜伽話として伝える自分自身の体験談なのだ。
現実世界に戻ったアリスの行動が泣かせる。想像することをやめて退屈な大人社会の一員になるという道でも、自分の殻に篭って空想の世界で生きるという道でもない、第三の道をアリスは選択する。「大人の世界にこそ、想像力が不可欠なんだよ」というティム・バートンからの力強いメッセージが感じられるエンディングだ。ティム・バートンは空想世界と現実世界との折り合いの付け方を見出した。彼こそ、偉大なる変人である。
(文=長野辰次)
●『アリス・イン・ワンダーランド』
19歳のアリスは、”うさぎ穴”からワンダーランドに迷いこんでしまう。残忍な”赤の女王”が支配するその世界で、アリスは 伝説の”救世主”であると預言されており、運命を賭けた戦いに巻き込まれていく……。
原作/ルイス・キャロル 監督/ティム・バートン 出演/ジョニー・デップ、アン・ハサウェィ、ヘレナ・ボナム=カーター、クスピン・グローヴァー、マット・ルーカス、ミア・ワシコウスカ 配給/ウォルト・ディズニー 4月17日より全国ロードショー中 ディズニーデジタル3D&IMAX3D同時公開
名タッグここに生まれる。
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