バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか?
#映画 #洋画 #パンドラ映画館
国内の雇用対策だけでも大変なのに、難民エイリアンたちの処遇はどーする?
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ベントレー、ベントレー、宇宙人さん来てください。そんな願いが通じたのか、巨大な宇宙船がやって来た。浦賀沖に現われた黒船が徳川幕府を揺るがしたように、ちんまりした日本映画界なんか吹き飛んでしまうほどのド迫力なのだ。目の前のスクリーンには、今まで観たことのない新しい光景が広がる。映画が本来持っていたゾクゾク感を感じさせてくれるのが、ニール・ブロムカンプ監督の長編デビュー作『第9地区』だ。CF界で鳴らしたニール監督は、南アフリカ生まれの30歳。才能と情熱を動力源とした空飛ぶ円盤『第9地区』は、硬直状態に陥っているハリウッドを席巻し、ついに日本に現われた!
舞台は南アフリカ。首都ヨハネスブルグの上空に巨大宇宙船が飛来し、すでに28年経っていた。しかし、ようやく姿を見せたのは『地球が静止する日』(08)のキアヌ・リーヴスのようなイケメン宇宙人でも、『E.T.』(82)のような友好的な宇宙人でもない。円盤を操縦していた知的エイリアンたちは死滅しており、円盤の中に残されていたのは奴隷エイリアンたち。エビみたいな触覚と触手が顔に付いていて、シュルシュルと不気味に動く。しかも、このエビゾーども、うじゃうじゃいる。エビゾー、きもいよ!
シー・シェパードみたいな動物愛護団体が騒いだらしく、とりあえず大量のエビゾーたちは、”第9地区”と名付けられた難民収容エリアに送り込まれる。しかし、柄の悪いエビゾーどもによって第9地区はたちまちスラム化し、近隣の市民から苦情が殺到。ここで政府が手を出せないヤバい仕事を何でも請け負う民間企業MNU社に勤める主人公ヴィカス(シャルト・コプリー)が登場。ノー天気なヴィカスは言葉もロクに通じないエビゾーたちを騙して、さらに劣悪環境の”第10地区”へ強制移住させる。その様子を、MNU社の記録カメラがドキュメンタリータッチで追う。
エイリアンは、驚異的身体能力を持っている。
将来、オリンピックに出場することになれば、
メダルを独占することだろう。
第9地区で暮らすエビゾーたちの生態を描いたシーンは、バッドテイスト感たっぷりだ。エビゾーたちはキャットフードが大好物で、キャットフードを見せると猫にマタタビ状態。エビゾー、まっしぐら。カルカンを奪い合って、大乱闘が起きる。ここらへんは人種差別を宇宙人に置き換えたブラックなコメディなのだ。できればお近づきになりたくないエビゾーどもの中にもかろうじてまともなヤツがいて、地球ネーム”クリストファー”は、地球で生まれた息子に母星を見せてあげたいという想いから、密かに母船を再起動させる準備を進めていた。一方、ヴィカスは第9地区での地上げ中に謎のウィルスに感染してしまい、MNU社の指示であわや生体解剖される寸前に。ここにて母星への帰還を目指すクリストファーとウィルス治療をしたいヴィカスの利害が一致し、一気にエイリアンと地球人との熱血バディムービーへと転調していく。
南アフリカのスラム街を舞台にした映画に『ツォツィ』(05)がある。どん底生活を送る不良少年が赤ちゃんの世話をきっかけに更正していくストーリーで、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した感動作だ。宇宙難民がやって来て、人間社会に新たなる差別問題をもたらすという設定は、『エイリアン・ネイション』(88)からのいただきだろう。疑似ドキュメンタリーという手法も、すでに『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)、『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(08)などで使われているものだ。しかし、CFディレクター出身のニール監督は、シーンごとに演出方法を切り替えていくことで、『第9地区』を今までになかった魅力的な新商品としてエンドユーザーに伝えることに成功している。ニュース映像で始まる疑似ドキュメンタリーとしてまず世界観を説明し、社会風刺の効いたブラックコメディとして観客をくすぐり、物語が佳境に入るとアクション映画の王道であるバディムービーへと展開、クライマックスはパワードスーツも登場する近未来戦争映画へと突入し、そして感動のラストへ。ホップ・ステップ・ジャ~ンプと加速していく演出スタイルが心地よい。
すべての女性は白馬の王子さまが迎えにくるのを待っていると言われるが、同じように文化系男子の多くは空飛ぶ円盤が飛来してくることを心密かに願っている。代わり映えしない退屈な世界をひっくり返すようなショーゲキをもたらしてくれることを期待しているのだ。そんな文化系男子の妄想上のUFOと宇宙人を、ニール監督は映像作品として形にし、閉塞状態に陥っている映画界に大きな一撃を加えてみせた。
本作のプロデューサーを務めたのは、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(01~03)の監督、ピーター・ジャクソン。今でこそハリウッドのヒットメーカーの座に君臨しているが、元々は超低予算エイリアン映画『バッド・テイスト』(87)を自主製作して、羊の国ニュージーランドから映画界に殴り込んだオタク系。ピーター・ジャクソンにとっても、宇宙船とエイリアンは退屈な日常をブチ壊すための大切な起爆剤だったのだ。そんな彼だから、若いニール監督のデビューの後押しを買って出たのだろう。南アフリカ生まれのニールにとっても、ニュージーランド出身のピーターにとっても、そしてユダヤ系移民であるスピルバーグにとっても、空飛ぶ円盤は決して想像上のものではなく、自分の世界を切り開いていくための切実なるツールなのだ。
文化系男子の夢が詰まった巨大宇宙船、それが『第9地区』だ。空飛ぶ円盤よ、ちんまりとしてしまった日本映画界なんて、ブチ壊してしまえ!
(文=長野辰次)
●『第9地区』
製作/ピーター・ジャクソン 監督/ニール・ブロムカンプ 出演/シャルト・コプリー、デヴィッド・ジェームズ、ジェイソン・コープ、ヴァネッサ・ハイウッド 配給/ワーナー・ブラザース映画×ギャガ 4月10日より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー中 <http://d-9.gaga.ne.jp/>
ふむふむ。
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