【TAF2010】「小規模劇場公開」ムーブメントは2010年も続く!
#アニメ
◆一次発信がテレビから劇場へとシフトした
最後にお送りする東京国際アニメフェア(TAF)2010シンポジウムのレポートは、3月26日に開催された「劇場アニメビジネス 2010年の新たな潮流」(主催:株式会社アニメアニメジャパン)について。
昨年は『サマーウォーズ』『ONE PIECE』という大規模劇場公開作品がヒットする一方で、各回50分で全7章の小規模公開作品『空の境界』が人気を博し、おおいに話題となった。
1話60分以内のシリーズものであれば、最初に発信する媒体はテレビやOVA・OADというのが、これまでの常識だった。しかし『空の境界』はそれを打ち破った。まず映画館から発信し、これが大当たり。コアなファンが劇場に通いつめ、その後発売されたDVDもしっかりと購入するという結果があらわれた。
この傾向は2010年も続いている。『機動戦士ガンダムUC 1』は2月20日から5スクリーンで2週間、2月27日から3スクリーンで2週間、計8スクリーンでプレミアレビューを行い、先着1万名に用意された劇場内販売用BDが完売。この小規模劇場公開とネット配信によって「すごい!」と大絶賛の嵐が吹き荒れ、3月12日から発売された一般販売分は、第一週で5万6,000枚を売り上げた。これは『サマーウォーズ』を抜くアニメBD初動記録歴代1位であり、他ジャンルを含めた総合記録でも『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』に次ぐ歴代2位である。
3月6日公開開始の『イヴの時間』も、池袋テアトルダイヤを中心とした小規模劇場公開。テアトル新宿ではアーリー上映とレイト上映がなされ、イベント気分も相まって初日の動員は好調だったようだ。4月3日からはテアトル梅田、ディノスシネマズ札幌劇場でも上映が始まり、上映館が順次拡大中である。
劇場公開がイベント化しているという意味では、上映時間が長くおいそれとは観られない『涼宮ハルヒの消失』(2月6日公開開始)も同じ。やはりレイトショー、ミッドナイト上映を実施、話題が話題を呼んで上映館を増やしていっている。
1月23日公開開始の『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』、『Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS』もやはり小規模公開路線。
年度が改まった4月以降も、4月24日の『TRIGUN Badlands Rumble』、5月1日の『いばらの王-King of Thorn-』『劇場版”文学少女”』、5月22日の『プランゼット』、5月29日の『劇場版 ブレイクブレイド 第一章「覚醒ノ刻」』と目白押し。6月以降にも多数の新作アニメの劇場公開が予定されている。
また劇場用作品ではないが、西尾維新原作の『刀語』が、テレビシリーズでありながら1話50分、月1回1時間枠でのオンエアを行い、1年がかりで完結させようとしていることも、類似の現象と見てよいのかもしれない。視聴者からすれば、オンエアに居合わせようという集中力が高まり、制作側にとってみれば作品のクオリティ追究に傾注できるタームであると言える。
小規模劇場公開作品の”小屋”は活気に溢れている。限られた時期に、限られた場所でしか観られないというお祭りへの参加意識。あるいは従来のテレビシリーズフォーマットの縛りを受けない映像がもたらす愉悦や感動が、観客を幸せにしているのだろう。
◆劇場版『東のエデン』を題材に語った!
こうした、テレビの1話30分枠×1~4クールというフォーマットを外れた「小規模劇場公開」ムーブメントがなぜ起きているのか。そこにどのような効果があるのか。株式会社アニメアニメジャパンの数土直志氏を司会に、株式会社プロダクション・アイジーのプロデューサー石井朋彦氏、興行面に詳しい映画ジャーナリストの斉藤守彦氏、小規模劇場公開という新たな潮流に早くから着目していたアニメ評論家の氷川竜介氏が登壇。劇場版『東のエデン』がどのように制作されていったのかを問う構成でシンポジウムは進行した。
冒頭の挨拶で氷川氏はこう語った。
「2011年にテレビそのものが変わろうという(=デジタル化、アナログ停波)この時期に、期せずしてなのか、あるいは同期してなのか、お客さんに接するタイプの小規模上映、テレビアニメ以前に戻っていくことについては、必ず意味がある」
テレビ、新聞、出版が大きな変革にさらされているなか、アニメ業界は顧客ニーズをビビッドに察知。すばやく反応し、マスではない伝播手法を開発しつつある。そうした現状を示唆する発言なのではないだろうか?
映画業界誌のジャーナリストとして取材を重ねた斉藤氏からは、その実績に裏打ちされた証言がなされた。
「『東のエデン』のパート2は15スクリーンです。しかし小規模で公開しても1スクリーンあたりの売上は『ドラえもん』に負けていない」
では、なぜ『東のエデン』の劇場は活気に充ちているのか。その一端を石井氏の口から聞くことができた。
「単館の劇場作品が成功している。喜ばしい話で、ますます(この傾向が)進んでほしい。アニメーションは200人、300人の人件費がかかります。少数の劇場興行だけで制作費を回収することは非常に難しい。これがアニメーション業界の現実です。ビデオグラムが売れなくなって、しかもいろんな媒体が出てきている。一方で、音楽の業界などはLIVEが盛り上がっている。世界がデジタル化したからこそお客さんの嗜好が非常にアナログ化している。その形に答えようとしたのが『東のエデン』です」
3月27日深夜(28日未明)にはテアトル新宿で「『東のエデン』TVシリーズ一挙上AR【拡張現実】オールナイト」を開催。劇中では登場人物の平澤が、現実にはAR三兄弟が開発した東のエデンシステムを用い、携帯でツイート(ハッシュダグ#eotetheater)、観客が感想をスクリーンに映しだした。
このAR上映は1話と11話のみだったが、そうした参加性が、オールナイトイベントをただの再放送ではない、れっきとしたイベントにしたことは間違いない(ちなみに2話から10話はHD画質での上映で、それだけでも観る価値はあった)。
石井氏はこう続けた。
「神山監督がよく言う野村克也氏の言葉に『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』があります。どんなに勝利条件が揃っていても勝てるかどうかは時の運に左右されるが、敗北には必ず原因がある。企画・制作・宣伝すべての段階において、いかにしてお客さんに届けるかという追究をさぼってしまうと敗北してしまう。やれることは全部やること。やりきったうえで、お客さんに来ていただけるか・来ていただけないかのスタートラインにようやく立てるんです」
◆論客・斉藤氏と氷川氏の質疑応答
ひとしきり語り終えた石井氏に、ふたりの論客からの質問が飛ぶ。
氷川氏が「『東のエデン』がテレビシリーズのスタート時点で、このあとに映画を2本作ります、と表明したのは、すごく新鮮でした」と言うと、石井氏はこう答えた。
「実は2クールで制作をするという前提で話が進んでいたのですが、その過程である選択を迫られました。2クールで深夜の深い時間にやるか、1クールでやるか。シナリオは第5話の決定稿まで上がっていた。この作品は多くの方に見ていただくために始めたものなので、やはりノイタミナという枠でやりたい。監督もそれに同意してくれました。幸いなことに、今回の製作委員会には映画の配給を手がけているアスミック・エースさんが入っていた。山本(幸治フジテレビプロデューサー)さんもいつかノイタミナ作品をいつか映画でやりたいと仰っていたこともあり、最後まで作りたかった我々は、後半を劇場で公開しましょうという決定をしました」
神山健治監督はよく「こんなに監督に優しくない作品は初めてだ」と、口にするらしい。テレビシリーズと2部構成の劇場版で、3回最終回を作ったようなものだからだ。
斉藤氏は「成功か失敗かが視聴率で問われると思うのですが、それにかかわらず劇場版をやろうということだったんですか」と質問。石井氏の回答は次のようなものだった。
「それは決まっていました。フジテレビさんとアスミック・エースさんの英断ですよね。ぼくらもその期待に応えないといけない。もしテレビシリーズの視聴率が厳しかったらどうしよう、という思いはありました」
『東のエデン』の劇場公開は、『空の境界』と『時をかける少女』の成功のうえに乗った企画だと、石井氏は言う。
テレビシリーズを観、ファンとなった人々を対象とした映画だけに、なるべく小規模に。ただしその小規模の劇場が満員になるよう、お客さんがたくさん入ったという証を残せるよう、公開規模が決められた。
上映館数がパート1の7スクリーンから、パート2で15スクリーンに増えたのには、具体的な理由があった。テアトル梅田ほかで連日満員、立ち見の状況がつづき、溢れてしまった観客が見られるようにスクリーン数を増やしたのだという。
◆劇場用アニメ、今後の動向
今後、デジタルのプロジェクターが入った、アニメの小規模公開に適した映画館はまちがいなく増えると、斉藤氏は言う。
商店街のミニシアターにデジタルのプロジェクターを入れる場合、費用の3/4を経済産業省が条件つきで負担するというのだ。その条件とは、商店街活性化のために尽力するというもの(映画祭などのイベントを開催する)だが、もしデジタルのプロジェクター導入が進めば、アニメ制作者と観客がより密接な関係を築けるだろう。
石井氏も、『東のエデン』の劇場展開にあたっては、ほぼファンとの関係づくりに注力したという。「東のエデンcafe」を設置したユナイテッド・シネマ豊洲は、いまやファンに取って聖地的な場所となっている。
監督が言うことはマスメディアを通さなくてはならないという空気、あるいは大量宣伝の手法が古びつつあるいま、神山監督はなるべくファンと直接コミュニケーションをとろうとしている。
こうしたファン気質、あるいは情報環境の変質について、石井氏はこう語った。
「近頃は情報過多で、情報をシャットアウトする傾向がある。そのかわり生で実感できる情報は貪欲にとる。これにどう対応するか」
『東のエデン』は若いファンが多い。そのせいで可処分所得が少ないからか、安価な小説版がDVDよりも多く売れている。
「いただいたファンレターに『YouTubで観ました』と書いてあっても最近は笑って済ませるようにしています。そういう時代」と石井氏は言うが、一方で2万9,800円もする、主人公・滝沢の着用のブルゾン「M-65」が瞬く間600着以上も売れ、ファンはそれを着て劇場へ足を運んだ。
このご時世で懐は厳しいが、その分、何に集中してにお金を使うか、動機探しをしているのではないかと、石井氏は分析する。
伝えるべき相手は誰なのかを考え抜いた結果が、『東のエデン』における小規模劇場公開・展開だった。テレビ放映、劇場公開、イベント開催、カフェの設置、DVD・小説・グッズの販売。ファンと濃い関係を築くためのチャンネルは多岐にわたった。
次の神山監督作品は、いちからオリジナルで制作。宣伝・営業手法も、『東のエデン』とまったく同じにはしないという。
どうすれば届けたい人に届けられるのか。新作アニメの小規模劇場公開という潮流は、人とメディアの関係を問い直すきっかけとなりそうだ。
──登壇者──
司会:
株式会社アニメアニメジャパン
数土直志
株式会社プロダクション・アイジー
プロデューサー
石井朋彦
映画ジャーナリスト
斉藤守彦
アニメ評論家
氷川竜介
(取材・文・写真=後藤勝)
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