萩本欽一 テレビを作り、テレビに呑み込まれた「巨人の功罪」
#お笑い #この芸人を見よ! #ラリー遠田 #萩本欽一
3月27日、特別番組『悪いのはみんな萩本欽一である』(フジテレビ系)が放送された。これは、BPO(放送倫理・番組向上機構)が発表した「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」を受けて、フジテレビが「バラエティーとは何か」という問題に正面から向き合った異色の企画。演出を手がけたのは、『誰も知らない』『空気人形』などの映画作品で知られる是枝裕和監督。テレビドキュメンタリー出身の是枝監督は、バラエティーの世界とは無縁の人物。放送局の外部の視点から、バラエティーはなぜ、時に人々から嫌われるのか、ひんしゅくを買うのか、その理由を探っていくという内容だった。
番組は、芸人・萩本欽一を被告人とする法廷劇の形で進行していった。萩本は、バラエティー史に残る数々の業績を残した偉大なコメディアンではあるが、「いじめ」「素人いじり」「低俗」など、バラエティーが忌み嫌われる要素をテレビの世界に持ち込んだ主犯格とも言える人物である。そんな萩本の歩んだ道のりを振り返りながら、本人や関係者の証言を交えて、バラエティーとは何かということを浮き彫りにしていた。
萩本は、バラエティーの歴史の中で初めて、「テレビ芸」というものを発見した人物だった。テレビで笑いを取るには、プロの芸は必要ない。本職の芸人が磨き抜かれた芸を見せるよりも、歌手やアイドルといった別ジャンルの人間にコントをやらせたり、素人に質問を投げかけたりした方が、新鮮なリアクションがあって大きな笑いが生まれる。
演芸の街・浅草で自らの芸を磨き、「コント55号」の一員としてテレビの世界に殴り込みをかけた萩本は、皮肉にもある時期からそのことに気付いてしまった。プロの芸人が、舞台で生身の観客を相手にするときに必要とされる「場の空気を支配する技術」は、テレビのカメラ越しでは悲しいほどに伝わらない。伝わるのは、素人の自然な反応と、それが引き起こすハプニングだけだった。そして、それこそが、笑いを取るには最も手堅くて有効な手段だということが分かってきたのだ。
その後、萩本は、少しずつテレビという魔物に呑み込まれていく。1976年、ファミリー向けドラマの枠だった午後9時台に新番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(NETテレビ=現・テレビ朝日系)がスタートした。女性や子どもの視聴者を意識した結果、柔らかい物腰でしゃべる癖がついて、「ダメだよー」といった女々しい調子のオネエ言葉が身についてしまった。萩本は、テレビが求める「みんなの欽ちゃん」のイメージに徐々に縛られ始めたのだ。
そして、その決定打となったのが、78年に始まった『24時間テレビ「愛は地球を救う」』(日本テレビ系)だった。お笑いの仕事を専門にしていた萩本は、「お世話になったテレビに恩返しをする」という意味で、このチャリティー番組の司会をあえて引き受けたのだ。
だが、そこで萩本が目にしたのは、純粋な善意から人々が笑顔を振りまく姿だった。それが、萩本の心を揺さぶった。面白いことをやって笑いを取るのとは違う、別の笑いがここにはある。それに気付いた萩本は、3年連続で同番組の司会を引き受けた。そんな彼には、次第に「いい人」というイメージがつきまとい、離れなくなっていく。いつの間にか、若手の頃の暴力的な芸風は影を潜め、萩本はただの善良なお人好しに成り下がってしまったのだ。
番組の後半、当時のことを振り返って、萩本は苦笑しながらつぶやいた。
「いい人になると、お笑いってやりづらいよね……」
萩本は、テレビを支配する原理を自らの手で発見して、それを武器にしてバラエティーの世界を席巻した。「テレビ芸」こそがテレビの本質だと信じて、そこに情熱のすべてを注ぎ込んだのだ。だが、いつしか、彼はテレビという魔物に呑み込まれ、退路を絶たれ、お笑い芸人としてのアイデンティティを失っていった。是枝監督は、この番組全体を通じて、そんな萩本の足跡を丁寧にたどっていた。
萩本が第一線を退いた後にも、彼が作り上げた「テレビ芸」の方法論そのものは、バラエティーの世界に脈々と受け継がれてきた。その意味では、現存するバラエティー番組のほぼすべては、彼の影響下にあると言っても過言ではない。テレビバラエティーに対する功と罪を一身に背負って、「お笑い界の巨人」は静かに証言台を下りていった。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)
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