「まだやることが腐るほどある」本谷有希子が語るこれまでとこれから
#インタビュー #サブカルチャー #演劇
2000年の旗揚げ以来、人間の嫌な部分を徹底的に見せつけるかのようなストーリーが話題を呼び、客席数わずか100人にも満たない小劇場から、PARCO劇場や本多劇場を満員にするまでの人気劇団に駆け上った劇団、本谷有希子。その主宰である本谷は、演劇のみならず小説やエッセイも評価され、『あの子の考えることは変』(講談社)では芥川賞候補にも名を連ねた。故郷である石川県から上京し、劇団を旗揚げしてからのこの10年とは、彼女にとって一体どんな時間だったんだろうか?
“まだ子どもの遊び”本谷有希子と劇団
――2000年の9月に劇団を旗揚げをした時、ここまで大きくなると思っていましたか?
本谷有希子氏(以下、本谷) 思ってないですね。6回目くらいまでは本当に何百人という規模のお客さん相手にしていたんで。こっちはビジネスとしてやる気満々だったけど、ぜんぜんビジネスじゃないじゃないか、という感じでした。そのうち賞をもらったり小説を書き出したり、タイミングよくいろんなことが徐々に上手く行き始めた感じですね。
――今や動員数としても立派な大劇団になりましたが。
本谷 よく頑張ったなと思いますけど、野田(秀樹)さんが昔、9万人動員したっていう話を聞いて、絶望したんですよ(笑)。まだ私何も成してないじゃないかって荒れました。(劇団☆)新感線も10万人くらい動員しているし。うちのはまあ、ぜんぜんまだ子どもの遊びみたいなもんです。
――けれども、10年前を考えるとやっぱりすごい動員数ですね。
本谷 だから「芸能人を使っているからお客さんが入るんでしょ」と言われてるのが嫌で、キャスティングには気を使っていますね。ちゃんと本谷の芝居を見たいから来ていると思ってもらえるようなキャスト。だから、そんなに嫌らしいキャスティングはしてないはずです。商売にしたいか作品を作りたいかというと……劇作家としてはやっぱり「作品」を作りたいので。あっ、でも劇団主宰としては「商品」だな(笑)。
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