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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.60

宮崎あおいの”映画代表作”が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』

soranin01.jpg現代を生きる若者たちの不安と希望を描く、
人気漫画家・浅野いにおの同名コミックを映画化した『ソラニン』。
国民的女優・宮崎あおいの恋人役を『蛇にピアス』(08)の高良健吾が演じている。
(C)2010 浅野いにお・小学館/「ソラニン」製作委員会
(写真=太田好治)

 自分らしく生きていくことと、食べていくことはどちらが大切か? みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督作『アイデン&ティティ』(03)が投げ掛けた切実なテーマは、現代の若者たちの心を捉え、同作はロングランヒットを記録した。誰にもおもねらずに自由に歌いたい、でも社会に迎合しなくては曲は売れない。インディーズバンドのボーカル・中島(峯田和伸)が理想と現実の狭間で引き裂かれそうになりながら発した叫び声が珠玉のバラード「アイデン&ティティ」を生み出した。浅野いにお原作、三木孝浩監督作『ソラニン』も同じテーマを扱った音楽ドラマだ。芽衣子(宮崎あおい)と種田(高良健吾)という寄り添い合う2つの魂が引き裂かれたとき、青春との惜別ソング「ソラニン」が完成する。

 芽衣子と種田は大学時代に音楽サークルで知り合い、大学卒業後は多摩川沿いのアパートでママゴトのような同棲生活を送っている。芽衣子はOL2年目だが、音楽の世界が諦められない種田はバイトをしながら、大学からのバンド仲間である加藤(近藤洋一)とビリー(桐谷健太)と練習を続けている。そんなモラトリアムな時間をいつまで過ごせるのか? 芽衣子が衝動的に会社を退職し、種田のモラトリアム時代のカウントダウンが始まる。芽衣子との生活を続けていくには、とにもかくにも収入が必要だ。芽衣子の突発的行動によって尻に火を点けられた種田は、バンドとしてメジャーシーンを目指すことを決意する。

 才能はあるがプロとして生きていくには繊細すぎる種田を、芽衣子はときに励まし、ときに傷つけ、種田は「ソラニン」という曲を書き上げる。ソラニンとはジャガイモの芽の部分などに含まれ、人間が摂取すると中毒症状を引き起こす毒素だが、その植物が成長するには欠かせない成分のこと。種田は毒を呑む覚悟で、また社会への突破口として、「ソラニン」をメジャーレーベル各社に送りつける。やがて種田たちに興味を示した音楽ディレクターから声が掛かるが、それは「グラビアアイドルのバックバンドに徹してほしい」というものだった。社会は才能を求めているのでなく、需要と供給の関係で動いているということを種田は思い知らされる。種田の落胆は、芽衣子たちが想像していた以上だった。このエピソードを機に、種田は物語の表舞台から降りてしまう。

 今さらだが、物語前半の宮崎あおいがメッチャかわいい。部屋着、OL服、浴衣姿と、どれも超ラブリーだ。後半がシリアスモードになるため、前半の芽衣子と種田の生活はとことん甘く美しく描かれている。そんなフワフワした綿菓子のような生活が、種田が消えてしまったことで一転して、芽衣子を苦しめる。ジグゾーパズルの一片が欠けてしまい、もう2度とパズルは完成しない。それでも芽衣子は生きていかなくてはならない。NHK大河ドラマ『篤姫』(08)で時代に翻弄される女性の生涯を演じ切った宮崎あおいが、本作でも傷つきながらも前のめりで行きていく女の力強さを見せる。国民的女優・宮崎あおいが映画女優としても『ユリイカ』(01)、『害虫』(02)に続く、新しい代表作を残すことができたと言っていいだろう。

soranin02.jpgロックバンド・ロッチの新メンバーとして、
芽衣子(宮崎あおい)が加入。サンボマスター
の近藤洋一は演技初経験、『クローズZERO』
『ROOKIES』の桐谷健太は学生時代に
ドラム経験あり。ライブシーンでの宮崎の弾け
っぷりに大注目だ。

 「歌が苦手」という意識を持っていた宮崎は、『NANA』(05)、『少年メリケンサック』(09)とロックを題材にした映画に出演しながら歌唱シーンに絡むことがなかった。03年、05年に上演された主演ミュージカル『星の王子さま』でも1曲披露するだけにとどまっていた。そんな彼女だが、『篤姫』がクランクアップした08年12月から、『ソラニン』がクランクインした09年4月までボイストレーニング&ギター練習に取り組み、クライマックスのライブシーンで「ソラニン」を熱唱する。CMで話題の「1001のバイオリン」を聴いても分かるように、うまいとか下手とかという形容詞に当てはまらない独自の歌唱スタイルだ。自分の中に溜め込んだモヤモヤを吐き出すように、「ソラニン」を歌い上げる。彼女のパワーに引っ張られるように、近藤洋一(サンボマスター)のベースとバンド経験のある桐谷健太のドラムがビートを刻み、スクリーンと客席にグルーブ感を呼び起こす。宮崎は苦手意識で避けていた歌唱&楽器演奏を克服してみせた。ギター演奏と熱唱のために全身汗まみれになった宮崎は、これまで見せたことのない輝きを発している。

 芽衣子と種田の関係について、もう少し触れておきたい。原作者・浅野いにおにとって、芽衣子と種田という存在が虚構世界に投影した表現者自身のアバターならば、種田はいつまでもイノセントであり続けようとする”永遠の少年性”であり、芽衣子は毒すらも呑み込んで成長しようとする”現実的な大人”のキャラクターと言えるだろう。種田ひとりでは現実社会では生きていけない。しかし、芽衣子ひとりではどっちに向かって進んでいけばいいのか分からない。『アイデン&ティティ』の世界で例えるなら、種田と芽衣子はアイデンとティティの関係、2人でひとりの存在なのだ。

 芽衣子は種田の書いた「ソラニン」を自分自身の曲として歌い上げることで、種田の精神性を自分の中に取り込んでいく。種田というキャラクターは消滅したのではなく、芽衣子というよりタフで現実的なキャラクターの中に吸収されることで生き続けるのだ。惹かれ合い、弾け合った2つの魂の叫びは重なり合い、「ソラニン」を唯一無二の楽曲へと突き上げていく。社会で生きていく葛藤と矛盾をギターに叩き付けて、芽衣子と芽衣子の中に生きる種田は歌い続ける。種田と芽衣子はせめぎあう理想と現実。2人でひとりの、甘くて苦いラブソングが奏でられる。
(文=長野辰次)

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『ソラニン』
原作/浅野いにお 監督/三木孝浩 脚本/高橋泉 出演/宮崎あおい、高良健吾、桐谷健太、近藤洋一(サンボマスター)、伊藤歩、ARATA、永山絢斗、岩田さゆり、美保純、財津和夫 配給/アスミックエース 4月3日(土)より新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほか全国ロードショー公開 <http://www.solanin-movie.jp>

ソラニン 1

いにおワールド。

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最終更新:2012/04/08 23:01
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