在日国籍の摩訶不思議──「日本には『北朝鮮籍』は存在しない!」
#在日
国民新党の猛反対で、今国会での提出が見送られそうな永住外国人地方参政権付与法案。その骨子は昨年11月に民主党内の推進派議員連盟によりまとめられた。対象はあくまで、一般永住者と特別永住者。特別永住者とは、朝鮮半島など日本の旧植民地の出身者とその子孫にあたる人たちのことで、韓国と北朝鮮がその99%を占めている。
しかし、民主党案では「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者やこれに準ずる地域を出身地とするものに限定する」としたため、特別永住者についても国交のある韓国籍を持つ人か、「準ずる地域」として、国交はないが交流のある台湾に限るとしている。各メディアでも「朝鮮半島出身者やその子孫で、韓国籍でない人は適用外になる可能性が高い」と報じた。
ここまでを聞くと、日本には韓国籍と北朝鮮籍の二通りの国籍のコリアンがいて、北朝鮮籍の人間が参政権付与の対象外となったと思われがちだ。事実、民主党案はその前提で作られていた。しかし、実はそれはとんでもない勘違いなのだ。
結論からいうと、日本に「北朝鮮籍」の人間はいない。日本は北朝鮮と国交を樹立していないため、北朝鮮国籍の人間が住んでいることは理論上ありえないのだ。特に、日本国が国交のない国籍の国民に永住権を与えることもない。では、在日コリアンの国籍はどのように定義づけられているのだろうか。
まず基本的なルールとして、日本に在住するすべての外国人は、居住する市町村に外国人登録をしなければならない。これは日本人でいうところの住民登録に相当する。従って、A市からB市へ引っ越せば、B市で再度、外国人登録をしなおす直すことになる。登録をすると、外国人登録証というカードが発行され、そこには国籍も記載される。仮に「アメリカ」と書かれていれば、その人は100%アメリカ人だ。ところが、在日コリアンだけは「韓国」もしくは「朝鮮」(北朝鮮ではない)の二種類の書き方があり、これが話をややこしくしている。「韓国」と書かれている人は韓国籍で、「朝鮮」の人は北朝鮮籍だと思いがちだ。実際、市町村役場の職員ですら漠然とそう思い込んでいる人も多い。しかし、それは最初に述べたように勘違いである。
外国人登録証に「韓国」「朝鮮」と2種類の書き方がある理由。それは、第二次大戦前までさかのぼる。当時、朝鮮半島は日本帝国を構成する「朝鮮」という一つの地域だった。一方、日本では住民登録制度や外国人登録制度はまだなく、戸籍が唯一の台帳制度。在日コリアンは「朝鮮戸籍」に登録されていた。そして戦後、外国人登録令が施行され、在日コリアンの国籍は全員「朝鮮」として登録された。その後、半島が二国に分断されて「大韓民国」が誕生。日本国内にも民団(在日本大韓民国民団)が創設されると、韓国政府は民団を通して在日コリアンに韓国籍を取得するように働きかけ、その結果、多くの在日コリアンが韓国籍を取得し、登録証の国籍も「韓国」に書き換えられたのだ。
しかし、中には「朝鮮」のままにした人もいた。その理由は、北朝鮮の国家体制を支持していたという人もいれば、「両国の統一を夢見て、あえてそのままにしているのだ」と主張する人もいる。つまり、在日コリアンに限っては、登録証の国籍欄が必ずしも国籍を表すものではなく、ある種の「記号」としての役割しかもたないということになってしまった。それが現状に至る歴史的経過だ。
さて、ここで問題となるのが、韓国籍を取得していない在日コリアンとその子孫の国籍は、はたしてどこになるのかという点だ。韓国籍を取得していないのだから韓国人ではない。しかし、北朝鮮籍ということも理論上ありえない。では無国籍という解釈になるのか? 先ほど「市町村役場の職員ですら漠然と北朝鮮籍だと思い込んでいる人も多い」と述べたが、実はそれどころではない。県や国のどの機関でも即答できる人がほとんどいないという、かなり認知されていない問題だったのである。
以下は各関係機関へ電話で問い合わせた際の会話の様子だ。ちなみに、会話の様子をリアルに再現した理由は、そのほうがこの問題の認知度の低さをよりはっきり理解できると考えたからからであり、「役所の対応が悪かった」などとクレームするものではまったくない。むしろ、どの行政機関も驚くほど親切・丁寧な対応をしてくれた。あらかじめお断りしておきたい。
【1人目 都内某区役所 外国人登録係】
──在日コリアンで韓国籍を取得していない人の国籍はどこになるのですか?
国籍ですか……? えーと、国籍欄に「朝鮮」と書いてあるから「北朝鮮国籍」だというわけではなくてですね。あ、それはご存知ですか。うーんと、そうですね……。
──そもそも「北朝鮮国籍」ということがありえないわけですよね。
あぁ、そうですね……。だからあくまで「朝鮮」としか言いようがないといいますか……。
──ということは無国籍ということになるのですか。
いや、国籍がないということはありませんから。う~ん、朝鮮半島の方、という言い方しかできないんじゃないでしょうか……。
──国籍がどこなのかなと。日本政府の見解があるはずだと思うのですが。
そうですよね……。朝鮮半島の中の方であるわけで、どちらかにはなると思うんですけど……。北朝鮮を指すものではない、としか……。どちらかであることは間違いないけど、全体を指して「朝鮮」と表現しているので。
──国籍は不明ということでしょうか。
いや、不明ということでは……。朝鮮半島としか言えないということになるのかな……。
──ちなみに登録カードの国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」に変えたい場合はどうすれば?
はい、まずは韓国大使館や領事館へ行き、国籍取得の手続きをする必要があります。(注:後日、韓国大使館に確認したところ、国籍取得には平均半年くらいかかるとのことだった)
──すでに韓国籍を取得している方は?
はい。もしその方がすでに韓国籍を取得しているなら、韓国大使館で日本の戸籍にあたる基本証明書というものをもらい、それをこちら(区役所)までお持ちいただき、引換え交付申請という、外国人登録カードの切り替えを申請してもらう形になります。
──韓国籍でない方はパスポートがないわけですが、海外へは行けないのですか。
いや、行けるはずですよ。え~とたしか……。
──知人の在日の方から、再入国許可の申請をどうとか聞いた覚えがあるんですが。
ああ、聞いたことありますね……。ただ、こちらは外国人登録という、日本人でいえば住民票の係になりますので、出入国の件については入管へ聞いていただけると確実だと思います。
──分かりました。
【2人目 入国管理局】
──韓国籍でない在日コリアンはパスポートがないわけですが、海外へは行けないのですか。
そういう方には「再入国許可証」を発行します。ただ、それは日本へ再入国するための許可証であり、相手国がその方(韓国籍を取得していない在日コリアン)を受け入れるかどうかは別問題ですが。
──わかりました。それで、その人の国籍についてなんですか(先ほどと同じ質問)
国籍ですか……。韓国籍でないことは間違いないと思うんですが……。(沈黙の後)ちょっとお待ち下さいね。(数分間の後)。あ、お待たせしました。え~、「朝鮮」と記載されていることが即ち北朝鮮、とみなすということではない。そうとしか言えないようですね……。
──韓国でないとしたら、その人の国籍は何になるのですか。
国籍はどう解釈したら……。すいません、国籍のことなので外務省か、もしくは法務局にお聞きになったほうがいいかもしれませんね。
──わかりました。
【3人目 外務省】
──(先ほどの質問)
はぁ、なるほど……。そういうことだとちょっと即答できないかな。簡単なことなら代わってお答えしようと思ったんですが、直接の担当者が不在でして。もう1時間くらいしたら戻ります。
──あ、でも5時過ぎてしまいますけど(このとき午後5時02分)
あぁ、全然大丈夫ですよ(笑)。まだ当分はいると思いますので。
【4人目 法務局】
──(同じ質問)
うーん……。そうですね……。
──韓国籍を取得していない方は無国籍になるのですか?
無国籍ということはないはずなんですよね。う~ん……。あの、ちなみになんでそういうことをお聞きになるのですか?
──いや、関心を持ったのですが分からなくて。お忙しいところ申し訳ないのですが。
いや、それはいいんですが。少々お待ちくださいね。(数分後)すいませんが、確認して折り返し連絡します。
<数時間後>
先ほどの件ですが、国籍は韓国ですね。
──あ、韓国になるのですか。
はい。その方が韓国籍を取得しているかどうかに関わらず、日本国としては在日コリアンの方はすべて韓国籍と判断することになるようです。ただし、外国人登録証の国籍欄にどちらを記載するかは「韓国」でも「朝鮮」でもどちらでもいいというのが日本政府のスタンスです。だからこれはもう、国籍ではなくて記号の一種ですね。ただ、あくまで国籍に関して判断すれば、日本国としてはその人は韓国人として扱うということになります。
──なるほど。その人たちがどういうイデオロギーであるかは別にして、日本国としては在日コリアンの国籍はすべて韓国とみなしているわけですね。
そうです、そうです。
──その人が民団であろうと総連であろうと、そこは関係ないと。
う~ん、そこらへんはこちらでどうこう言えないですが。
──あ、そうですね。分かりました。ありがとうございました。
ということで、韓国籍を取得していない在日コリアンも、日本政府からみれば韓国人であるようだ。つまり、厳密にいえば「在日韓国・朝鮮人」という言葉も、国籍を表す言葉としては正しくない。国籍上は日本には「在日韓国人」しかいないわけだ。従って表現するうえでは「在日韓国人」もしくは、朝鮮半島人である総称としての「在日朝鮮人」という表現が正しいということになる。
そもそも、在日コリアンを”韓国系”と”北朝鮮系”に厳密に区分けするルールはない。一般には民団に属すれば”韓国系”とみられ、朝鮮総連に出入りしていれば”北朝鮮系”と判断され、生活圏も分かれてはいるが、それについても韓国籍でありながら朝鮮総連に所属していたり、その逆の人も稀にはいる。さらにいえば、先に述べたように韓国籍を取得したが外国人登録証の国籍欄だけは「朝鮮」のままに残したという人もいる。中には両方の団体に”二股”でお世話になっている人もいるという。
日韓関係に詳しいある専門家によれば、「登録証の表記が朝鮮のままで総連に所属していれば、在日コリアンの中でも『彼は北につながっているぞ』と誤解される。それを理解したうえでそうしているのでしょうから、そういう人たちの多くは実質的には北朝鮮体制の立場に同調的だと判断していいでしょう」とのこと。いずれにせよ、二つの団体の間には法的根拠のない緩やかなボーダーが存在しているにすぎないのである。
ということは、もし外国人参政権が法制化されていた場合、「北」と思われている人たちも、一般永住者か特別永住者であれば全員が対象となったわけだ。「北朝鮮系だから選挙権は与えない」という理屈は前提から崩れることになる。
民主党をはじめとする推進派が、国論を二分するほどの大問題をどの程度の認識で語っていたか。朝鮮総連は民団と違い、日本の民主主義や資本主義社会に同調しない立場から、選挙権付与を断固拒否する姿勢をとっている。にも関わらず、法制化されれば欲しくもない選挙権が日本政府からプレゼントされることになってしまう。いったい誰のための、何のための法制化だったのか。法案提出が断念された今、再度原点に立ち返りながら問題の本質を考え直してみるべきなのかもしれない。
(文=浮島さとし)
“無国籍”の悲劇
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