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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.59

“おっぱいアート”は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』

momoiro01.jpg母乳アートで知られる新進画家・増山麗奈の破天荒なパフォーマンスと言動を記録したドキュメンタリー映画『桃色のジャンヌ・ダルク』。増山は「戦争よりエロスを!」と訴える。

 母乳アートとは何か? 母乳パフォーマンスを見てみたい。そんな好奇心からドキュメンタリー映画『桃色のジャンヌ・ダルク』を観た。新進画家・増山麗奈が観衆の見守る中、たわわな乳房をむき出しにする。つんと立った乳首を指でつまむと、ピュッーピュピュピューと勢いよく白い母乳が飛び出し、緩やかな放物線を描く。あぁ、生まれてすぐの自分はこの液体を飲んで大きくなったんだなぁ、と甘美なノスタルジーが脳裏を駆け巡る。そんな観衆の熱い視線を一身に浴びながら、増山は母乳で溶いた絵具を使って即興的にペインティングを始める。エロスとアートがシンクロした瞬間をカメラは追いかける。


 普段の増山は2児の母親として、主婦(バツイチ)として、アート制作の合間を縫って家事と育児に追われているが、芸術家であり母親であるがゆえに彼女は時折、過激に変身する。ピンク色のビキニ姿で国会議事堂や柏崎刈羽原発の前に仁王立ちし、「今すぐ、国会解散!」「原発、反対!」と叫ぶ。そして「命を粗末にする悪い大人たちにパンチをお見舞いするぜ。桃色ゲリラ・パーンチ!」と決めゼリフを吐く。そうです、ママは反戦アート集団「桃色ゲリラ」の主宰者だったのです。

 増山が「桃色ゲリラ」を立ち上げたのは、米軍がイラクへの攻撃を始めた2003年。「母親として、戦争のない平和な社会を」という想いから初めてデモ行進に参加したものの、当時26歳だった増山の目には反戦集会があまりに地味でイケてないと映ったため、女性らしくアピールしようと女友達に呼び掛け、ヘソ出しスタイルでの反戦抗議活動を開始した。桃色ゲリラの誕生である。当然ながら、ビキニ姿でのデモ行進は、同じ反戦運動の参加者たちから「まじめに平和運動している人たちをバカにしている」と非難されたが、増山の反戦に対する真っすぐな気持ちは中傷にもめげることはない。人間の本能であるエロスとミーハー感覚に訴えることで、多くの人目に触れ、またマスコミに取り上げられ、反戦活動の敷居を限りなく低くすることに成功した。

 国会や原発の前で桃色ゲリラとして活動する増山に対し、警官や職員たちは困惑気味だ。ヘソ出し&胸元が開いた衣裳ゆえに、こわもて顔の男たちの視線も泳いでしまう。権威の象徴である制服で威嚇しようにも、増山には全く通じない。決して増山はアジテーターとしてボキャブラリーが豊富なわけでもなく、彼女のアート作品がピカソの『ゲルニカ』のように観た者すべての心を震撼させるかというと、それはビミョーだったりする。しかし、彼女は自分が正しいと思ったことに対して、がむしゃらに突き進んでいく。

momoiro02.jpgこれが、母乳パフォーマンスだ。三池崇史監督
の怪作『ビジターQ』(01)が放った衝撃が
リアルに蘇る!

 04年には劣化ウラン弾による被爆の可能性のあるバグダッドに出向いて、イラクの芸術家たちと交流を深める。日本に帰国後はイラクに同行したジャーナリスト・志葉玲氏との不倫に走り、離婚も経験している。その後、志葉氏との間に第2子が誕生。恐ろしいくらいに自分に正直で、ウソがない。権力だけでなく、モラルという名の社会規制にも捕われずに生きる姿は、キャンパスの前で無心になる芸術家そのものだ。増山が母乳アートを始めたのは、第2子誕生後から。出すぎる母乳を利用できないかというアイデアから生まれた。増山いわく「母乳で塗料を溶くことで色合いが優しくなるし、ボディペイントしてあげるとみんな笑顔になる」とのことだ。

 本作がデビュー作となる鵜飼邦彦監督は、武智鉄二監督、愛染恭子主演『白日夢』(80)の編集マン。その他、園子温監督の初期作品『部屋/THE ROOM』(94)、室賀厚監督の拳銃オペラ『SCORE』(95)、マイク水野の最後の主演&監督作『シベリア超特急5』(03)など数々のインディペンデント系映画の編集を手掛けてきたベテラン職人だ。猥雑で混沌とした世界の中から、何か一本筋の通ったものを浮かび上がらせる才人といえる。その鵜飼監督がみずからメガホンを取る気になったのは、増山の母乳パフォーマンスを生体験し、衝撃を受けたことから。増山が自分の本能にバカ正直なら、鵜飼監督も自分の衝動に対してストレートな人である。そうなのだ、本作はアートだとか反戦だとか考えずに、見せ物感覚で楽しむべき作品なのだ。母乳パフォーマンスだけでなく、増山がモデルを務めた女体盛り画、増山が悶えながら自衛隊への抗議文を読み上げるボイスパフォーマンスなど、斬新すぎるアートが続々と登場する。もう、何でもあり。子どもの頃に、お祭りの見せ物小屋にドキドキしながら入った記憶が蘇るに違いない。

 自分自身の気持ちに正直に生きようとする増山だが、そうした人間が現代社会で生きていくにはかなりのシンドさも伴う。生身で世間にぶつかっていけば、それだけ心身ともにボロボロに傷ついてしまう。また、本音で生きようとすると自分だけでなく、周囲にいる人たちまで往々にして傷つけてしまう。それでも、増山は桃色ゲリラとして戦い続ける。自分に嘘を付いて生きていけば、それはもう自分の人生ではなくなってしまう。そんな生き方を自分の子どもたちには強要したくない。自己主張せずに黙って暮らしていると、もっと不自由でヒドい世界がやって来ることを、彼女は本能的に知っている。みんなも薄々感じているものの、黙って呑み込んでしまっている不安や怒りを、彼女はアートという名の下に吐き出し続ける。

 映画の後半、増山の母親としての横顔が紹介される。仕事も反戦活動もお休みして、2人の子どもを遊園地に連れて一緒に遊ぶ彼女は限りなく優しい表情で我が子を見つめる。無償の愛を注げる家族がいるから、彼女は傷つく覚悟で戦い続けることができるのだろう。芸術家・増山麗奈が自分を包み隠さずに解放し、母親として平和を願うとき、母乳アートが生まれる。

 今は子どもが大きくなり、母乳が出なくなったため、母乳パフォーマンスは封印した形だそうだ。だが、増山には野望がある。中学2年のときに父親に連れられて、戒厳下にあったチベットへの旅行を体験した。このときにエロスと厳粛さが融合した極彩色のチベット密教画に触れたことが、増山の芸術家としての原点となっている。そのチベットで母乳アートを再開することを彼女は目論んでいるのだ。だが、そのためには、3人目の子どもを産まなくてはいけない。増山は出産を、生き様を、命そのものをアートにしようとしている。

 新たに子どもを身ごもった増山麗奈は、神々しいヒマラヤの山頂に立ち、すべての生命を慈しむかのように母乳を発射する。その白い母乳は世界中に散在する戦火を沈めんと大きな大きな放物線を描く。『桃色のジャンヌ・ダルク』に続編ができるなら、そんなエンディングを期待したい。
(文=長野辰次)

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『桃色のジャンヌ・ダルク』
監督/鵜飼邦彦 出演/増山麗奈、志葉玲、白井愛子、加藤好弘、澤田サンダー 黒田オサム、川田龍平、坂口寛敏、佐々木裕司 ドラマ部分出演/神楽坂恵、今野悠夫、椎葉智、増田俊樹、黄金崎ちひろ、吉行由実 配給/アルゴ・ピクチャーズ 3月27日(土)より渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開。以後、全国順次公開予定。
<http://www.momoirojeanne.com>

桃色ゲリラ―PEACE&ARTの革命

革命万歳!

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最終更新:2012/04/08 23:02
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