「いま、映像に刻みつけておきたい」 モンゴル近代化と失われゆく遊牧民の歌
#映画 #インタビュー #モンゴル
金や銅、ウランなどの豊富な地下資源が世界中から注目を集めているモンゴル。国中に散らばる遊牧民たちも、続々と遊牧生活を捨て、外貨に沸く首都・ウランバートルに集まってきているという。だが、便利な都会の生活に身を置きながらも、彼らには遊牧民としての誇りがあり、それは決して打ち棄てられるものではない。そのひとつが、”ホーミー”──モンゴル西部、アルタイ山脈周辺民族に伝わる喉歌だ。
今作が初の長編映画となる亀井岳監督の『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』は、ホーミー発祥の地・チャンドマニ村を舞台に、遊牧民の魂とも言える歌声を静かに追った映画。主人公は都会で働く元・遊牧民のザヤーと、プロの歌い手で民俗芸能の人気スターであるダワースレン。2人を通して描かれるモンゴルの伝統と現在、そして未来とは──。
――元々、プライベートで訪れたモンゴル旅行中に、初めてホーミーを聴かれたそうですね。それが、主人公のひとり、プロのホーミー唱者・ダワースレンさんが歌うホーミーだったということですが、その時の印象を教えて下さい。
亀井岳監督(以下、亀井) 音楽を聴いている感じがしなかったですね。複数の不思議な音が耳から入っては抜けていき、聴いた人それぞれの想像力を掻き立てるような。その独特の音がどんな場所で生まれたのか興味を持ち、すぐにホーミーの故郷・チャンドマニ村に行きました。そこで、モンゴル国文化勤労賞を受賞したホーミーの名人、ダワージャブさんに会おうと思ったんですが、彼はウランバートルにいて会えなかった。がっかりしてると、彼の奥さんと娘さんが家に招き入れてくれて、その時に、彼の息子であり、日本語を勉強しているザヤーのことを教えてもらいました。翌年、ひとりでまたモンゴルに行き、そこで初めてザヤーに会って、「ザヤーの画が撮りたいんや、一緒にやらへんか?」と誘い、OKをもらい、スタートしました。
――日本語を話せるザヤーさんとの出会いが大きなきっかけになったんですね。もう一人の主人公、ダワースレンさんにはどうやってオファーしたんですか? プロの方だから、事務所を通したり大変そうですね。
亀井 いや、その場で直談判です。実は、撮影の2、3日前まで連絡も取れなかった。もし、断られた場合は脚本を書き換えないといけない状況だったんですが、何にも考えてなかったですね(笑)。でも即決してくれて助かりました。スタッフは、ザヤーと彼の同級生のダミヤン。ザヤーは主人公なんですけど、ライトを持って、通訳もして、写真も撮って……。それで、芝居もしてたから、かなりストレスが溜まっていたと思います。
――ザヤーさん、映画の裏では、スタッフとしても頑張っていたんですね。ザヤーさんにはいろいろと困らされたそうですが。
亀井 太りましたね。撮影は2回に分けて行ったのですが、半年間、空いた時期に。それにも困ったんですけど、2回目の撮影で、1回目に着てた衣装が全部ないって言うんですよね。長距離バスのシーンで着てたコートや靴も。どこにあるの? と聞いても、わからん……と。ほかにも、撮影期間中、突然思いっきり散髪してきたりね。お前、それ違うやろ! どうすんねん! って。
――ザヤーさん、やりますねぇ(笑)。一方、ダワースレンさんはどんな方でしたか?
亀井 プロですね。基本的には音楽家で、専門は横笛なんですね。笛とホーミーもできる、という感じです。普段から舞台に立っているので、撮影の要領が分かっていました。セリフに関して言えば、僕のプロットに、ここではこんな内容の話をする、というようなイメージはあったんです。けれど、実際どういうセリフがあればいいのかまでは分からないんで、いつもみんなで相談しながら決めていたんですよね。そういう時にダワースレンは、的確に「ここはこういう方がいいんじゃないか」とか、「これよりもこっちの方がいい」と積極的に意見してくれました。いろいろ引っ張ってくれて、助かったなぁ、と思ってます。
――今回、映画を作るにあたって、どんな点にこだわりましたか?
亀井 いくつかありますが、冬にこだわったんですよね。あまりみんなが見たことがないようなモンゴルの映像にしたかったんです。だから、緑の草原はまったく出さず、真っ白な雪の草原を撮りました。
――確かに、まったく緑が出てこなかったですね。広大で真っ白な雪が積もった草原は、神聖で、ピシッとした空気が漂ってて、映像に吸い込まれました。そんな自然の中で生まれたホーミーは、現代のモンゴル人にとってどういう存在なんでしょう。
亀井 あんまりみんなが日常的に聴いたりする感じではないんですよね。地域で言えば、モンゴル西部のものなんです。ホーミーはモンゴル人のアイデンティティーでもあるけれど、日本で言えば、沖縄の島唄みたいな感じ。島唄は日本人のものだと思うけど、沖縄のもんや、っていう感じもあるじゃないですか。だから、西の方のもんやって感じながら、モンゴル人のアイデンティティーとしても感じてるんちゃうかな。
――ということは、都会の人にとっては、少し遠い存在でもあるんですね。ザヤーさんの、「ホーミーは遊牧民のものだよ」という言葉が印象的ですが、遊牧民である彼の戸惑いというのは、どういうところにあるのでしょうか。
亀井 遊牧民が自然の中で育んできた本来のホーミーが失われ、観光客相手に商売するためにホーミーを習う人が増えている現状がある。ザヤーもそうですが、おそらく街に出て、ある程度生活もした人がもう一度遊牧民に戻るってのは、人間の性質上難しいな、と僕は思うんです。そういう物質的な豊かさを知ってしまった人たちがどうなっていくのか。おそらく、これから遊牧民はどんどん少なくなっていき、最終的には遊牧民でホーミーをやる人もいなくなる、と思うんです。なくなっていくかもしれないものを、映画にして残しておく。映画を作ったのは、そういうモチベーションがありましたね。今回の映画は、観終わって消化できるよりも、あえて未消化にして、ずーっと「あれ、なんでかな」って考えてもらえればいいなと思って仕上げました。
――記念すべき初監督作品になったわけですが、どんな方に観てもらいたいですか?
亀井 やっぱりチャンドマニ村の人に観てもらいたいですね。『チャンドマニ』っていう映画ですので(笑)。映画館なんかないですから、夏に外で大きいシーツかなんか持っていって、プロジェクターで上映会できたら楽しそうですよね。
(取材・文=上浦未来)
・亀井岳(かめい・たけし)
1969年生まれ。大阪出身。大阪芸術大学美術学科卒業、金沢美術工芸大学大学院修了。2001年、造形から映像制作へと転身。07年モンゴルの旅でホーミーと出会い、映画製作を強く思う。08年モンゴルで撮影、09年夏、映画『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』を完成。同年10月渋谷アップリンクにて先行上映会を行う。現在、次回作を準備中。
『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』
監督・脚本・編集・制作:亀井岳 撮影:古木洋平 出演:ダワースレン、ザヤー、ダワージャブ、センゲドルジ、他 後援:駐日モンゴル国大使館/在モンゴル日本国大使館/社団法人モンゴル協会 協力:財団法人横浜市芸術文化振興財団 協賛:”NEW PROGRESS GROUP” Co.,LTD 2009年/日本・モンゴル/DV/96分/カラー/モンゴル語 配給:FLYING IMAGE 宣伝:チャンドマニ上映実行委員会
公式サイト:<http://www.chandmani.com/>
公開記念イベント
・3/20(土)メイキング写真スライド上映×トーク「Making of Chandmani」亀井岳、古木洋平
・3/21(日)「のどうたLive &Talk」出演/タルバガン 等々力政彦(フーメイ/ドシプルール)
・4/3(土)「Live 声、喉、弦」出演/伊藤麻衣子・三枝彩子(オルティンドー)、アラーンズ・バトオチル(ホーミー/馬頭琴)、岡山守治(ホーメイほか)
・4/4(日)「クロストーク 西蒙礼賛」亀井岳、木本文子(日本語教師)
・4/15(木)暗闇×倍音ワークショップ「クラヤミノtones×チャンドマニ」コンダクター/徳久ウィリアム
詳細は<http://www.uplink.co.jp/factory/log/003220.php>
しびれます。
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