看護師が高齢患者6人のろっ骨を折って逮捕! 医療者たちが涙する事件の本質とは?
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兵庫県の病院で26歳の看護師が高齢患者6人のろっ骨を意図的に折るという前代未聞の事件が発覚。傷害容疑で逮捕されたその看護師は、「患者や家族から感謝されない」などのストレスを慢性的に抱えていたとされている。今月3日にも、京都大学病院で電子カルテに虚偽の血糖値を記入した看護師が逮捕されている。今、医療現場では何が起こっているのか。
自らの体験をまとめた『看護師が流した涙』(ぶんか社)の著者でもある現役の看護師・岡田久美氏に、今回の事件に対する感想と、医療現場の構造的な問題について聞いた。
──今回の事件を聞いてどうお感じになりましたか。
岡田久美氏(岡田氏) 事件の背景や加害に至った理由などは裁判が進むにつれてより深く分かってくると思いますが、なんにせよ、この看護師が犯した罪が言語道断であるのは言うまでもありません。患者を守るべき立場の人間が傷つけるなど、どんな理由があっても許されることではないです。
──病院側の説明では院内調査をしたが発見できなかったとありますが。
岡田 高齢患者さんの場合、国から検査費用が抑えられているという事情があり、定期的な検査は、ほぼ、どの施設でも行われていないというのが実状です。熱が出た、痛がっている、などの具体的な訴えや症状がないと検査は行なわれません。
──費用が病院側の持ち出しになるからですか。
岡田 そうです。つまり、今回のように問題が発覚してから慌てて調査するんです。ですから、今回のように短期間で6回も行為を繰り返さなければ、もしもっと長いスパンで行為を行なっていれば、おそらく発覚しなかったでしょう。高齢者ですから筋骨格系の老化による骨折だと考えるのが普通。わざわざ赤字になるのが分かっていて、レントゲン撮影をする医療機関はないでしょうから。
──もし、レントゲン撮影をそこでしていれば発覚していましたか。
岡田 いや、仮に一度したとしても、いつ折れたかはすぐには分からないと思います。前回の撮影が半年前なんてこともザラですから。骨折原因を探るには検査を重ねる必要があります。それこそ費用を投じて。結局、「老化による骨折」と結論づけたほうが、ご家族からの理解も得やすいですし。
──同じ3月に京大病院でも事件がありましたが、こういう問題はよくあることなのでしょうか。
岡田 ここまで悪質な事件はあまり聞いたことがありませんが、「患者さんがベッドから転落したけどバタバタしていて報告を怠り、後に骨折が発見された」とか、「用がないのに頻繁にナースコールを鳴らす患者さんがいて、他の仕事で忙殺されていたため一度だけ放置したらベッドから落ちていた」という話は聞いたことがあります。
──警察の発表では今回の看護師は大きな精神的ストレスを抱えていたとされています。
岡田 だから罪が減免されるとはいいませんが、看護師の数が圧倒的に不足しているのは事実で、それにより現場が過度のストレスを抱えるのは、慢性的な問題としてあると思います。
──たしかに看護師の不足はかなり前から言われ続けています。
岡田 ですので、上の世代の人たちから「私たちの時代もこの人数で回していたのよ」と言われてしまうと反論もできない(笑)。若い世代の看護師を教育できる看護師が成長しない職場環境であると言わざるを得ませんね。京大の事件も、頼れる先輩がいなかったのではないでしょうか。この仕事を続けていると、自分が当直の日に患者さんが急変したり、亡くなったりすることもあります。偶然が重なっているだけなのですが、「自分のせいかも」と自分を追い詰めてしまう。親しい先輩が「そんなこともあるよ」と励ましてくれれば、京大の看護師もそうした期間を乗り越えられたかもしれない。
──患者やその家族からのプレッシャーも大きいと聞きますが。
岡田 非常に大きいです。中には自己中心的なうえに理解に乏しく、何かあると「訴える」という方も多く、職場は常に訴訟の可能性をはらんでいます。いざとなれば病院は守ってくれませんから、医療ミスを防ぐために確認作業は膨大に増えていきます。暴言や暴力をふるう患者さんも普通にいて、八方ふさがりの中にいると感じながら働いている看護師は多いはずです。最近では「モンスター・ペイシェント(患者)」なんていう言葉もあるくらいで、どんどん働きにくい職場になっていることは事実です。
──こういう記事がネットに出ると必ず「自分で選んだ仕事だろ」というカキコミがたくさんつきます。
岡田 自分で選んだ仕事に責任が伴うのは当然だと思います。ただ、医療者の頑張りや情熱だけに頼っている現状がどこまで続くでしょうか。努力が評価される構造に近づけながら、少しずつでも改善していく必要はあるはずです。現状では、燃え尽きて前線から離脱せざるを得ない若い医者や看護師を止めることはできません。非常に難しい問題だと思います。
──改めてお聞きしますが、今回の事件で同じ看護師として同情する部分はありますか。
岡田 誤解を恐れずにいえば、ある意味では同情する気持ちは沸き起こってきます。罪そのものをかばうということではなく、自分自身が加害者になる可能性が潜んでいるからです。
──対岸の火事ではないと。
岡田 もちろん、言語道断な事件であるのは言うまでもありません。ただ、この看護師は26歳と聞いています。この年代だと、上からの期待が両肩に重くのしかかり、後輩の指導にも追われる中堅看護師だと思われます。そんな立場の看護師が、患者さんを傷つけるまで追い詰められていたことを思うと、この看護師一人を断罪して済む問題なのかと思えてなりません。
──個別事例ではなく、より大きな構造的な問題だと。
岡田 何度も言いますが、この看護師が罪を償うべきであるのは当然です。ただ、事件の元凶は犯行を止められない現在の医療制度そのものにあると私は思います。そこを全員で掘り下げて考え、議論していかないと、問題の本質はかえってうやむやになってしまうのではないでしょうか。
(文=浮島さとし)
涙シリーズ第4弾
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