トミノがボケてフクイがツッコむ!? ガンダム2大巨匠が天文学的議論に臨む
#アニメ #宇宙 #ガンダム
3月9日、東京・六本木ヒルズで「ガンダム天文入門」と題するセミナーが催された。セミナーといっても、雰囲気は比較的くだけたもの。ガンダムネタをまじえて天文学、宇宙科学の知識を楽しく学ぶ内容である。
登壇者も豪華。『SFアニメを天文する』(日本評論社)という著書を持つ、アニメを愛する天文学者の福江純氏がトーク部分のMC役を務め、富野由悠季氏(『機動戦士ガンダム』監督)、福井晴敏氏(『機動戦士ガンダムUC』著者)の”ガンダム2大巨匠”に疑問をぶつけるという構成だ。
冒頭、福井氏が富野氏を次のように牽制した。
「ご存知の通り、ヘタにガンダムの話をすると怒る。”人は宇宙には住めない”とか、30年前に我々が一所懸命のぼった梯子を一所懸命外してまわるような人なので、福江先生と話したときに、何かしらの軋轢が起こったら、すかさず火消しに入る、そういう立ち位置で今日は参加させていただきたい」
これに対し富野氏は、
「と、青少年は言っておりますが、火消しにならないで、もくもくと燃え上がらせるかもしれない(笑)。年寄りとしては、そういうところに気をつけなくちゃならない。老成して少しは丸くなりました。きょうは怒りません」と、自重宣言。そのおかげか、暴走しすぎない? 程よい暴れっぷりでセミナーは進行していった。
福江氏が提示したお題はソーラーシステム、ラグランジュポイント、スペースコロニー、ダイナソー・ウインターの4つ。ガンダムにおける”スペース”が、太陽系のなかでもせいぜい木星までの圏内に留まる狭い範囲であることを再確認しつつ、ではガンダムが提示した住環境としてのスペース──主に地球と月の間──は、人間が進出すべき空間なのかが論じられた。
■「宇宙に人は住めるのか」という問い
”富野語録”はこの日も絶好調。形式的ではなく実のある言葉が溢れてくる。
「月面での人の動きをシミュレーションすることで、あらためて1Gの重力があるところに慣らされている我々の体の癖とか性質が本当にわかるようになりました」
「生体は空気の流れがあって水の流れがあって、その循環の一部なのだと痛感するようになりました」
「人類の工学を持ってしても、スペースコロニーとか月で人が住むことができるかということに関しては、懐疑的にならざるをえませんでした」
「懐疑的にならざるをえなかったこと(宇宙移住)をどうするか。エンタメでやってみるか、エンタメでやるのをやめるかの選択をせざるをえないというのが、30年のキャリアを持ったぼくの立場です」
まだセミナー開始後10分での宇宙世紀否定に等しい発言に、福井氏が「いまもう、会場ガッカリですよ(※場内笑)。ガンダムみたいな世界はないわけ? という」と、ツッコむ。
富野氏は「だってあれアニメだもん(笑)。『アニメじゃない』って歌があったって言う人もいるかもしれないですけどね」と言い放ってさらりと切り返したが、この日の基本トーンはこれだった。
■富野御大自ら、ガンダムファンの夢を壊す!?
福井氏はガンダムファン代表として<ガンダムを観て育った我々の夢を、発信源であるあなたが否定するのかー!>と攻める役割。富野氏は<アニメ作りを通して考えた結果と現実からしてそう言わざるを得ない>と、人類の宇宙進出について悲観的な意見を述べる役割。この分担により、いかに人がファンタジーと現実のあいだで想像力を働かせているかが、わかりやすく伝えられた。
「政治家を静止衛星軌道へ派遣して1カ月地球を見させる、飽きるほど見させる必要がある」
「当事者は自らの欠陥もいいところもわからない。客観的に観察するためにヒトが地球を見下ろす必要はある」
「環境論ではなく認識を鍛えるために宇宙は必要だし、宇宙環境を創造することは必要」
「あんなにピンポイントな(月)旅行をするのは絶対いや」
「静止軌道衛星軌道まで、軌道エレベーターで4日かかるけど3万5,000円だというなら行きます」
と、なおも富野語録を連発したところで、テーマはラグランジュポイントへ。スペースコロニーを宙域に固定するには重力と引力が均衡する地球-月系のラグランジュポイントに建設しなければならないが、L1からL7へ、数字が増えていくごとに安定度が低くなる。L1がいちばん安定しているということが、福江氏と富野氏の口から説明された。
『機動戦士ガンダム』において、地球連邦と対立するジオン公国の拠点を月の裏側である”過疎地”のサイド3としたのは、政治力学的、地政学的理由からだと、富野氏は言う。
「地球と距離が近いのか離れているのか、月の手前にあるのか裏側にあるのかによって、地球に対するシンパシーがちがってくるだろう、と」
スペースコロニーの名称がラグランジュではなくサイドなのは、天文学に則ったものではなく、前述の政治力学的な考えで考案されたものだからなのだそうだ。
その後、重力均衡点であるL4とL5のところに小惑星っぽいものがたまっている。ラグランジュポイントには数百kmというオーダーでゆらぎがあるようで、スペースコロニーを定位させておくにはかなりのエネルギーがいるかもしれない。という話の流れでテーマはいつの間にかスペースコロニーへ。
洒落か本気か、スペースコロニーの名称・アイデア使用料をジェラルド・オニール博士とプリンストン大学に請求されるんじゃないかという不安があったというネタを持ち出して会場を盛り上げる富野氏。ガンダムに登場する「バンチ」という言葉は日本語の番地なのかという福江氏の質問に対し、丁寧に答えた。
「発音はバンチらしいです。枝分かれして人類がこういうところに住むようになったということで、枝という言葉を当てた。ブランチ(brumch、枝)と隣接するバンチを見つけて、位置表示をする番号らしいということで採用しました。日本語の番地と全く同じになるんだよね? サイドは”地球に寄りそうヒトが住むところ”という意味でつけました。各サイドの名前の由来は全部思いつきで、企画書のなかで勝手に書いたものなので、何ひとつおぼえてません」
なおブライト・ノアの姓は、彼がサイド1(ノア)出身ということから来ているとか。
『スペースコロニーの世界』(恒星社)という著書もある福江氏が、コロニーのタイプや構造を解説していく。円筒形の構造では世界が湾曲して感じられるのではないかという疑念がわくが、島3号タイプの場合、長いので円筒という感じがしない。地面にいれば谷間にいるような感じになるはずだ、という。
ここでスペースコロニーの実現は難しいという富野氏のスイッチが入る。
「この規模のスペースコロニーを作ることはできないでしょう。遠心力を得るための外力=引っ張り力に耐えられる鉱物資源があるのか」
「でもエンタメの世界ではいくらあってもいい、スペースコロニーありきの話を作ってもいいのは、ファンタジーだから」
「地球という我々が持っている景色を、工学では維持できない。月の倍の大きさ、地球の2/3の大きさ(のスペースコロニー)だったらヒトが住めるかもしれない」
「球体は物性がすごいということがよくわかった。我々はあらためて地球を大事にしようという考えを持つことができる」
「政治家や経済人はこのすごさをわかっていない。絶対に地球を使いきってはいけない」
「次はそういう作品を作りたいなぁというところで、いま、うかつにタイトルを言いそうになった」
富野氏には構想中の作品があるという事実が発覚! しかしそんな驚きも束の間、福井氏は”スペースコロニーありうる論”につなげていく。
「すごくいい話を聞けて感動していると同時に、依然としてがっかりし続けているんですけどね」と前置きしつつ、福井氏はスペースコロニーがありえると思ったポイントを次のように語った。
「スペースコロニーは実現できたらすごいけど、監督の言うとおり人間が住む環境としては劣悪だと思います。地球のド劣化版みたいなもんですからね。でもたまたまこういうものを作る技術ができてしまった、作れてしまったからにはそこを貧乏人の捨て場所にするというのは、人類が地球の有限に触れた瞬間に、平気でやっちゃうことかもしれない」
■「コロニー落とし」に科学的裏づけは可能なのか
4つめのテーマはダイナソー・ウインター=地球寒冷化だが、ここでも話題はスペースコロニーに。
福江氏がコロニー落としに何日間かかるのかと、ブリティッシュ作戦(『機動戦士ガンダム』にて、宇宙世紀0079年1月にジオン公国軍がおこなったコロニー落とし)のシミュレーションをしたところ、物語中の史実である6日間ではどうしても落とすことができなかったのだという。
最速でも9.45日。富野氏は「フライバイ(燃料を使わない、重力利用の移動)じゃないですよ。戦争でそんな軌道が読めるような落とし方、誰がしますか(笑)」と反論。どうやらコロニー落としは、なんらかの装置を使って加速させたようだ。軌道計算が難しくなり、正確に地球に落とすのは大変そうだが……。
そんなこんなでガンダムのネタを引用しつつ、楽しく宇宙について学んだ1時間30分はあっという間。
最後の質疑応答で「重力がどうしてできるのか」という質問に対し「丸いものというか、もののかたちがある吸引力を発生させているんじゃないか」と答えた富野氏。「だってあなただって女性をひきつける力があるじゃないですか」と重力=フェロモン説につなげると、これにはさすがの福井氏も「それはすごいオチですね」と言うしかなかった。
あいにくのみぞれ雪とあり、セミナーのあとにスカイデッキ(森タワー屋上)にて予定されていた、夜空を見上げる観望会は中止に。かわりにというわけではないが、隣接したTOHO シネマズで上映中の『機動戦士ガンダムUC』夜の回をハシゴした猛者もいたとかいなかったとか。人によってはガンダム漬けの一夜だった。
(取材・文・写真=後藤勝)
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