“禁断のジュブナイル小説”を映画化 J・ケッチャム原作『隣の家の少女』
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人間には、開けてはいけない扉がある。その禁断の扉を、『隣の家の少女』の主人公デイヴィッドは12歳の夏に開けてしまう。その扉の向こうで、デイヴィッドは人間の中に潜む悪意や嫉妬、狂気、残虐性を目の当たりにする。しかも、デイヴィットは傍観するだけでなく、その行為に加担することを強要させられるのだ。米国のカルト作家ジャック・ケッチャムが89年に発表した小説『隣の家の少女』(原題『The Girl Next Door』)は、ホラー小説の帝王スティーブン・キングが「もうひとつの『スタンド・バイ・ミー』だ」と賞賛する凄惨を極めたバイオレンス作品だ。あまりに救いのない内容のため、劇場公開が危ぶまれていた映画版『隣の家の少女』の封印が、日本でもいよいよ解かれることになった。
米国の黄金時代とされる1950年代、緑が美しい郊外の住宅地が舞台。季節は夏。森の中の清流でザリガニ獲りに夢中になっていたデイヴィッド少年は、年上の美少女メグと出会う。膨らみ始めた胸とホットパンツからしなやかに伸びた脚、そして揺れるポニーテイルが眩しい。NYからやってきたメグはザリガニが珍しく、2人はすぐに打ち解けてザリガニ獲りに熱中する。『隣の家の少女』は典型的なボーイ・ミーツ・ガール、良質なジュブナイル作品を思わせるエピソードで幕を開ける。両親を交通事故で失ったメグは事故の後遺症の残る妹スーザンと共に、デイヴィッドの隣家であるルースの家に引き取られたのだった。デイヴィッドは胸を高鳴らせる。都会から来た美少女との出会いは、イノセントな田舎の少年にとって、生涯忘れられない特別な夏になるはずだった。しかし、その予感は違った形で当たってしまうのだ。
シングルマザーであるルースには3人の息子ドニー、ウィリー、ウーファーがおり、デイヴィッドとは幼い頃からの悪ガキ仲間だ。昔は美人で鳴らしたルースは、素直で行儀のいいデイヴィッドには優しい。デイヴィッドはメグ目当てでちょくちょくルースの家に遊びに行くが、メグと妹スーザンに対するルースのしつけの厳しさは尋常ではなかった。ルースの夫は来るべき核戦争に備えて自宅の地下に核シェルターを掘ったものの、そのまま地下室と家族を放ったらかしにして失踪してしまった。若い頃は夢を持ち、都会に行くことに憧れていただろうルースだが、今では住宅ローンの支払いとダメ息子たちの世話に追われる毎日。その上、わずかな保険金を受け取るために、遠縁のメグとスーザンに自分の部屋を明け渡すはめになった。メグが若くて美人で明るく利発的なことが、ルースには許せないのだ。また、何かと妹のことを庇うメグのいい子ちゃんぶりがルースの加虐嗜好に火を点けてしまう。
ルースの3人の息子たちも、母親を喜ばせようと進んでメグをいたぶり始める。メグは食事を抜かれ、天井から縄で吊るされ、衣服を剥ぎ取られてしまう。そこから先は、人間が考えうる、いやそれ以上の残虐行為がメグに降り掛かる。地下室に居合わせたデイヴィッドは、ルース一家の行為を止められないだけでなく、やがて美しいものが汚され堕ちて行く様を見てみたいという衝動が自分の中でうごめいていることに気が付き、驚きおののく。
暴力描写で知られるジャック・ケッチャムの作品は、
『THE LOST 失われた黒い夏』が日本でも09年
にDVDリリース。食人族を題材にした代表作『オフ
シーズン』も映画化が予定されている。
スティーブン・キングが、『隣の家の少女』を「まさに『スタンド・バイ・ミー』と表裏一体をなす作品」と呼んでいるわけだが、確かに『スタンド・バイ・ミー』(原題『The Body/死体』)も『隣の家の少女』も、暴力と死の匂いに引き寄せられた少年たちが、ひと夏の冒険を通し、大人へと成長する物語だ。だが、『スタンド・バイ・ミー』の少年たちが自宅を出て外の世界へと向かうのに対して、『隣の家の少女』の少年たちは自宅の床下に隠された地下室へ、人間の潜在意識の中へと向かっていく。禁断の扉を開けたデイヴィッドは、地下室へ繋がる階段を一歩一歩降りて行く度に、人間の心の中に隠された暗黒宇宙に近づいてしまうのだ。
近年、”監禁”を題材にした映画に注目作、野心作が多い。フランスでR18にすべきかどうか論争を呼んだ『マーターズ』(08)、白石晃士監督が暴力描写の極限に挑んだ『グロテスク』(09)、そして巨匠・若松孝二監督が私財を投じて完成させた『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)。また『実験室KR-13』(09)は米国が極秘に行なっていたとされるマインドコントロール開発計画を描いたものだ。そして、ジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』も、1965年に起きた「インディアナ 少女虐待事件」が題材となっている。いずれの作品も、悪霊や悪魔といった超常現象によって引き起こされた事件ではなく、人間が同じ人間に対して凶行に及ぶという残酷さ、悲劇性が観る者に居心地の悪さをもたらす。
小説版『隣の家の少女』では、ありとあらゆる残虐行為と辱めを受けたメグが、この世の地獄と化した地下室で最後の最後に”生の輝き”を放つ。メグを救い出すには非力だった12歳のデイヴィッドは人間の浄化しようのない暗黒面に触れてしまうのと同時に、汚しようのない最も美しいものを目撃してしまう。しかし、その崇高で美しいものは、逆にデイヴィッドを生涯苦しめ続けることになる。
あまりに悲惨な内容のためか、映画版では冒頭とエンディングに原作小説にはないシーンが付け加えてある。メグが出会った頃のデイヴィッドを描いた一枚の水彩画だ。1950年代、米国が最も輝いていた時代。季節は夏。メグが描いた水彩画の中で、12歳のデイヴィッドは森の中の清流でザリガニ獲りに夢中になっている。
(文=長野辰次)
●『隣の家の少女』
原作/ジャック・ケッチャム 監督/グレゴリー・M・ウィルソン 出演/ブライス・オーファース、ダニエル・マンシェ、ブランシュ・ベイカー、グラント・ショウ、グレアム・パトリック・マーティン、ベンジャミン・ロス・カプラン、オースティン・ウィリアムズ、ウィリアム・アサートン 配給/キングレコード+iae
シアターN渋谷にて
2010年3月13日(土)~4月23日(金)レイトロードショー
2010年3月20日(土)~4月23日(金)モーニングロードショー
※全国順次公開
http://www.kingrecords.co.jp/tonari/
本当は怖かった「GIRL NEXT DOOR」。
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