命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』
#映画 #洋画 #パンドラ映画館
ブルーノに扮したサシャ・バロン・コーエンは先日のアカデミー賞授賞式で
プレゼンターを務める予定だったが、用意していた『アバター』の
パロディネタが過激すぎて降板の憂き目に。
(C)2009 MRC II Distribution Company LP
シャレになんないよ。それ以上やったら、おっ死んじゃうよ。そんな声を聞けば聞くほど、その男はさらに危険な崖っぷちへと進み、腰をクネクネと踊り出す。ユダヤ系英国人のサシャ・バロン・コーエンは、今もっとも危険な香りを漂わせるコメディアンだ。付け髭とカタコト英語でカザフスタンからやってきたテレビレポーターになりすました『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(06)では保守的な米国人が集まったロデオ大会の会場で「カザフスタンよ、栄光なれ~♪」と嘘っぱちのカザフスタン国歌を高らかに歌い、大ブーイングを浴びた。新作『ブルーノ』はさらに過激さを増し、中東の要注意エリアへゲイファッションで出向くという命知らずの突撃取材に挑んでいる。
カザフスタン政府から大ひんしゅくを買った『ボラット』同様、新作『ブルーノ』も現実世界に架空の人物が斬り込んでいくというフェイクドキュメンタリー。バロン・コーエン扮する”ブルーノ”はオーストリアのファッションレポーターで、ゲイというよりは男を見るとすぐに腰をクネらせる変態キャラクターという設定だ。そのブルーノがゲイファッション丸出しで、米国のセレブやマッチョな州兵トレーニングセンター、さらには中東へとガチンコ取材を試みる。いわば、ワールドワイドな”どっきりカメラ”。ただし、騙された取材相手は笑って済ませることはなく、当然のごとく大激怒。その度に、ブルーノは命からがら逃げ出すのだ。
アブドゥルへのインタビュー。座り心地満点の
メキシコ産人間椅子に座ってもらったわ。ブルー
ノって、もしかして『家畜人ヤプー』(沼正三)
の愛読者?
「ヒトラー以来のオーストリア生まれのスーパースターになってみせるわよ~」と高らかに宣言したブルーノは、セレブになるためにオーストリアから米国へ。まずはオーディション番組『アメリカン・アイドル』の審査員を務め、慈善活動でも知られる歌手のポーラ・アブドゥルを取材。そこでポーラが椅子の代わりに座らせられるのは、メキシコ系労働者が四つん這いになった”人間椅子”。続いて、女体盛りならぬメキシコ系男性による”アミーゴ盛り”でおもてなし。日本人なら大喜びする心尽くしだが、ポーラは驚いて帰っていく。さらに当時大統領候補だった共和党の穏健派ロン・ポール議員をインタビューという名目でホテルに呼び出す。パリス・ヒルトンばりのセックス映像を流失させようという企みだ。ポール議員をうまくベッドルームまでは誘い込めたが、残念ながらブルーノの腰クネ攻撃は御年73歳のポール議員には通用せず。同性愛に寛容なはずのポール議員だが、血圧が心配になるような罵声を残し去っていく。しかし、ブルーノの突撃取材はまだまだ序の口。
一流セレブになるためには、チャリティー活動にも力を入れなくちゃと、ブルーノはエルサレムへ。中東和平を実現できれば、それこそ時の人になれる。イスラエルとパレスチナの要人を引き合わせ、「ユダヤ人とヒンズー人、友達になろう。撃つなら、キリスト教徒を~♪」とブルーノ版「ウィ・アー・ザ・ワールド」を歌い出し、無理矢理シェイクハンドを迫る。ヒンズーじゃないよ、イスラムだよ。さらに、アルカイダに誘拐されれば、世界中に映像が配信されるという不謹慎極まりない動機で、パレスチナ地区で過激派との接触を図る。”どっきり”が通じない相手に”どっきり”を仕掛けようなんて、バロン・コーエンのあまりの無謀さにこっちがドッキリだよ!
それでも、「演出じゃないの?」と厳しいツッコミを入れる方には、こちらのシーンがお勧め。イスラエルのハシディム(ユダヤ原理主義)の伝統的な街を、ブルーノはピッチピチのゲイファッションで闊歩するのだ。ブルーノを見つけて、ダッシュで追い掛けてくるハシディムのヒゲオジさんたちの殺気に満ちた表情はマジ顔で怖いよ!
ディム(正統派ユダヤ教徒)の街を、ゲイファッ
ションでどれだけ歩けるかに挑戦。この直後、
怒った群衆から追い掛け回されることに。
バロン・コーエンは俳優として、ティム・バートン監督の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(07)や全米で大ヒットしたウィル・フェレル主演作『タラデガ・ナイト オーバルの狼』(日本未公開・06)などにも出演しており、初主演映画『アリ・G』(02)も完全なるフィクションドラマ。ボラット、ブルーノと並ぶ、彼の3大分身キャラクターである白人ラッパーのアリ・Gがエロ丸出しで政治家を目指すというもの。”アメリカの良心”と言われたフランク・キャプラ監督の代表作『スミス都へ行く』(39)を現代的にアレンジしたヒューマンコメディーだ。英国首相の知恵袋となったアリ・Gは、サミットで険悪ムードの各国首脳たちにマリファナ入りの紅茶を飲ませて、一気に国際問題を解決してしまう。マリファナで世界が平和になるならサイコーじゃん、というメッセージが泣かせる。それじゃあ、『アリ・G』というフィクションの世界でやった平和活動を、『ボラット』のドキュメント的手法を使って現実社会でやってみたらどんな反応が起きる? という実験を試みたのが今回の『ブルーノ』というわけ。
ケンブリッジ大学卒業のインテリで、実生活では敬虔なユダヤ教徒であるバロン・コーエン。奥さまは『お買い物中毒な私!』(09)の主演女優アイラ・フィッシャーで、彼女もユダヤ教に改宗している。バロン・コーエンの素顔はかなり真面目なお坊ちゃんらしい。しかし、コメディアンである以上は、ギリギリの笑いの限界まで、いや限界の一歩先まで踏み出さなくては自分自身が許せないのだろう。
『ボラット』は保守的な米国社会を笑い飛ばしたと批評家たちに好意的に受け止められたが、『ブルーノ』はゲイに対する偏見を助長すると厳しい声が出ている。訴訟問題が山積みな上、中東での無茶な撮影のせいで、パレスチナの武装組織から命を狙われているらしい。庇ってくれる者は誰もいない。まさに命綱はなし。生きるか死ぬかのギリギリの崖っぷちで、それでもサシャ・バロン・コーエンは今日もお尻をフリフリし続けるのだ。
(文=長野辰次)
●『ブルーノ』
監督/ラリー・チャールズ 原案・製作・脚本・出演/サシャ・バロン・コーエン 出演/グスタフ・ハマーステン 字幕/種市譲二 字幕監修/町山智浩 配給/クロックワークス 3月20日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー +R15
<http://www.bruno-movie.jp/>
完全ノーカット版です。
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