「ボクには”ともだち”の心情が分かる。カルト社会は特別なことじゃないですよ」
#映画 #インタビュー #浦沢直樹 #邦画 #20世紀少年 #堤幸彦
堤監督は「原作と大きく変わったわけではありません。微妙な違いです。
でも、その微妙な違いによって、よりスッキリした形のエンディングに
なったんじゃないでしょうか」と語る。
──『20世紀少年』三部作は壮大な群像劇であるのと同時に、ひとつの曲が生まれ、完成していく過程を描いた非常に小さなドラマでもありますね。
堤幸彦監督(以下、堤) そうです。非常にちっちゃな世界を描いています。それが、ラストシーンにも繋がっていくわけです。世界中が破滅に追い込まれる、非常に小さな個人的な物語なんです。そこが『20世紀少年』という作品の魅力なんじゃないかとボクは思いますね。
──1984年に開かれたアフリカ難民救済コンサート「ライブエイド」を思い出しました。せっかく救援物資が集まったのに、末端にはうまく届かないという問題が残されたイベントでした。でも、『20世紀少年』を観ていると、音楽が本来人々に与えるものは、マテリアルな物だけではないということを改めて感じさせます。
堤 ボク自身も音楽に救われたんです。T-レックスやその前後のロックを聴いて、ケンヂや原作者の浦沢直樹さんと同じように、ボクの人生も変わった。モノラルのラジオから流れるロックに衝撃を受け、その体験を引きずったまま中年になり、こういう作品に出会えた。中学生だったボクはただ「かっこいい曲だなぁ」とT-レックスを聴いていただけですが、まさか50代になってT-レックスのヒット曲を題名にした映画を撮ることになるなんて夢にも思いませんでした。三つ子の魂じゃないけど、この映画を完成させたことで自分の人生を肯定することができた。それまで、ボクは自分の人生に対して、ずっと否定的だったんです。自分のような映像職人が、『20世紀少年』を映画にできてよかった。生きていてよかったと思えます。監督業を辞めていたら、こんな体験はできなかったわけですから。
──堤監督のような売れっ子でも、廃業を考えた?
堤 そりゃ、ありますよ。こう見えても、映画が外れるとすごく落ち込むんです。自分ではいいものができたと思っていたんですが、ヒットしないと大ショックです。『20世紀少年』がダメだったら、もう監督業を辞めようというぐらいの覚悟でした。ボクは芸術家じゃなくて、職業監督として映画を撮っているので、多くの人に届かなかった場合は、職人として失格なんです。けっこう瀬戸際での勝負でしたが、ほっとひと息ついているところです(笑)。
──第1章公開時に、堤監督は「同窓会に出て、自分にだけあだ名がないことに気づいた」とコメントされていました。原作に比べ、映画は”ともだち”への肩入れがより強い印象を受けるのですが……。
なのか? ともだちへの思い入れが強い堤監督
ならではの『20世紀少年〈最終章〉ぼくらの旗』
の独自展開に刮目せよ。
(c)1999、2006浦沢直樹 スタジオナッツ/小学館
(c)2009 映画「20世紀少年」製作委員会
堤 登場キャラクターの中で、ボクがいちばん好きなのが”ともだち”です。”ともだち”のことがすごく分かるんです。”ともだち”がなぜ”ともだち”になったのか。子どもの頃にちょっとイジメに遭ったぐらいで一生ひがんでんじゃねぇよ、と思うかもしれませんが、ひがむんですよ!! 中学生のとき、ボクは泳げなかったんですが、水泳大会でリレーの代表選手に選ばれたんです。4人中3人は水泳部の部員で、ボクひとりお笑い要員として選ばれ、アンカーとして泳がされたんです。50m差でボクにタッチされ、懸命に犬掻きで泳ぎましました。プールサイド中がすごい盛り上がりでしたが、ボクは堪まらなかった。結局、優勝はしたんですが、その日ボクはボイコットすることを覚えたんです。表彰式には自分ひとり出ず、家に帰って寝ました。”ともだち”と同じ思いをしたんです。そのときの同級生たちはその後、弁護士や大学教授になって勝ち組人生ですよ。それに対して、ボクは大学中退で貧乏ADになって……。ほんと敗残者のような気持ちでした。”ともだち”がどうしてお面を被って、社会に対して復讐を企てるのか、その気持ちがすごく分かるんです。
──その鬱屈した情念が映像の世界で爆発しているんですね。
堤 自分は映像職人と言いつつも、この作品には実はすごく思い入れがあるんです(苦笑)。映像の中で「こうなればいいな」という世界を描いているわけです。
──堤監督は『トリック』シリーズでも度々、インチキ新興宗教にすがりつく庶民の姿を描いてきました。最終章を観ていると、「信じること」と「すがりつくこと」は違うんだなと感じさせます。
堤 実際にそういう体験をした人じゃないと、この作品を具体的に観ることはできないかもしれません。地下鉄サリン事件が起きたとき、「なんで、オウム真理教みたいな教団に入信するんだろう?」と言われていましたけど、ボクは分かりますよ。社会に絶望感を持っている人は、そうなります。ボク自身、宗教じゃありませんけれど、若い頃に特定の思想性にハマった時期がありました。”ともだち”は社会の歪みから生まれてきたということが、情念としてすごく理解できる。『トリック』でも新興宗教の教祖をよく登場させますが、カルトにハマることは決して特別なことではなく、すごくあり得ること。現実に、日本社会は60年前は”ともだち社会”だったわけです。隣の隣の国は、今もそうですよね? 『20世紀少年』は決して荒唐無稽な話ではないんです。
──『20世紀少年』は誰の立場で振り返るかで大きく変わる”記憶”の物語でもあります。時間と予算があれば、再編集してみたいお気持ちはありますか?
堤 あっ、それはやってみたいですねぇ! 三部作を再編集し直して、6時間一挙上映とかやってみたい。『沈んだ太陽』って感じかな(笑)。三部作は合わせると全部で7時間になるんですが、今ならカットできるところは大胆にカットして、6時間くらいにまとめれば、すっきりしたものになるんじゃないかな。ベルナルド・ベルトリッチ監督の『1900』(76)は5時間以上ありますよね。まぁ、ベルトリッチ監督の作品と並べるのはおこがましいけど、一代絵巻として『20世紀少年』も長尺で観てみたい気はしますね。奇特な出資者がおられれば、喜んで再編集に応じます(笑)。
──堤監督も60億円の超大作を成功させた大監督ですね。
堤 いやいや、勘弁してください。『20世紀少年』が無事に完成したのは、監督の力量ではなく、チームとしてのものです。原作者であり、脚本を手掛けてくれた浦沢さん、長崎尚志さん、映画化の企画をずっと温めてきたプロデューサーたち、バックアップしてくれた出資者の方たち、サポートしてくれた多くの人たちが集まってできた一大イベントでした。ボクはその真ん中で、「はい、こっち。次は、そっち」と声を掛けていただけですから。
──4年ぶりの人気シリーズ『トリック』(5月8日公開)に続き、早くも賛否両論となっている『BECK』(今秋公開予定)が待機中ですが。
堤 『BECK』は原作ファンから非難轟々みたいです(苦笑)。でも、『BECK』もロックを題材にした作品。「え、そうきた!?」という仕掛けを用意しています。原作ファンも驚く映画になりますよ(笑)。
(取材・構成=長野辰次)
●『20世紀少年〈最終章〉ぼくらの旗』
原作/浦沢直樹 脚本/浦沢直樹、長崎尚志 監督/堤幸彦 出演/唐沢寿明、豊川悦司、常盤貴子、香川照之、平愛梨、藤木直人、石塚英彦、宮迫博之、佐々木蔵之介、山寺宏一、高橋幸宏、佐野史郎、石橋蓮司、中村嘉葎雄、黒木瞳
●つつみ・ゆきひこ
1955年愛知県出身。東放学園卒業後、テレビ業界に。95年の『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)で注目を集め、以後、『ケイゾク』『池袋ウエストゲートパーク』『世界の中心で、愛を叫ぶ さけぶ』(TBS系)、『トリック』(テレビ朝日系)などの連続ドラマを手掛ける人気ディレクターに。森田芳光監督によるプロデュース作『バカヤロー!私、怒ってます』(88)の一編『英語がなんだ』で映画監督デビュー。主な監督作に『ケイゾク/映画Beautiful Dreamer』(00)、『恋愛寫眞』(03)、『明日の記憶』(06)、『サイレン』(06)、『包帯クラブ』(07)、『自虐の詩』(07)、『まぼろしの邪馬台国』(08)などがある。
20世紀少年 <最終章> ぼくらの旗 豪華版
2月24日 発売
2枚組 5,775円(税込)
発売/販売元:バップ
※通常版、Blu-ray同時発売。2月19日DVDレンタル開始
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