社会の”生け贄”に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』
#映画 #邦画 #堺雅人 #パンドラ映画館
首相暗殺犯に仕立てられた宅配ドライバーの青柳くん(堺雅人)が、
厳重に包囲された仙台市内からどうやって脱出するかという、
可動域の広い密室サスペンスとなっている。
(c)2010「ゴールデンスランバー」製作委員会
『ダーティハリー』(71)のハリー・キャラハン(クリント・イーストウッド)は44マグナム、『燃えよドラゴン』(73)のリー(ブルース・リー)はヌンチャクを武器に、凶悪犯や犯罪組織に立ち向かったが、『ゴールデンスランバー』の主人公・青柳くん(堺雅人)の武器は何と”習慣と信頼”だ。かつて、その真面目さと優しすぎる性格から恋人・晴子(竹内結子)に棄てられた青柳くんだが、現役総理大臣の暗殺犯という途方もない濡れ衣を着せようとする巨大組織に対し、平凡な一市民としての”素”の自分を押し通すことで徹底抗戦を試みるというユニークなサスペンスとなっている。
舞台は原作者・伊坂幸太郎作品でおなじみ仙台市。大学時代に「ファーストフード研究会」に所属し、のほほんと過ごした青柳くんは、卒業後も地元・仙台の宅配会社に就職し、学生時代とあまり変わらない生活を送っていた。そんなとき、仙台をパレード中だった総理大臣の暗殺事件が発生。かつてのサークル仲間・森田(吉岡秀隆)に久しぶりに呼び出されてパレード現場近くにのこのこ現われた青柳くんに対し、森田は「逃げろ。オズワルドにされるぞ」と叫ぶ。その言葉と同時に、警官は青柳くんに向かって発砲。訳もわからないまま、青柳くんの逃亡劇が始まる。
携帯電話は警察に盗聴されているため、青柳くんが頼れるのは宅配ドライバーとして身に付いた仙台市内の土地勘と体力ぐらい。そして、逃亡中に出会った警察以外の人々のアドバイスを素直に受け入れるという誠実極まりない人柄で、厳重体制が敷かれた包囲網を突破しようする。遠方から青柳くんのことを支援するのは、「ファーストフード研究会」のメンバーであり元恋人の晴子、そして後輩のカズ(劇団ひとり)。交流は途絶えていても、絵に描いたような”お人好し”の青柳くんが計画殺人なんてやるわけがないと確信している人たちだ。
突然の窮地に追い込まれた青柳くんが心の拠り所とするのが、ビートルズの最後のアルバムとなった『アビイ・ロード』に収録されている「ゴールデンスランバー」。ビートルズはとうの昔に解散し、ジョン・レノンもジョージ・ハリスンも死んじゃったけど、今も『アビイ・ロード』をはじめとする名盤の数々は残り、アルバムの中で彼らは名曲を演奏し続ける。青柳くんをはじめ「ファーストフード研究会」のメンバーも大学を出てからはバラバラになってしまったが、人生でいちばん楽しかった時期を共に過ごした仲間という思い出が残り続ける。一時期だけど付き合っていた青柳くんと晴子の関係にしてもそう。青柳くんの優しい性格に惹かれて交際を始め、また優しい性格ゆえに振ってしまった晴子だが、警察発表をそのまま流すマスコミに対し、元恋人としての記憶が「それは違う」と否定する。
青柳くんの逃亡シーン。主演の堺雅人はセリフの
多い『官僚たちの夏』(TBS系)の収録もあり、
頭で考える演技ではなく肉体発信の演技で現場を
乗り切った。
「ファーストフード研究会」のメンバーは大学を卒業し、社会人になってから改めて気づいた。学生時代のように、いつまでも無邪気で無垢なままでは生きてはいけないと。でも、だからこそ青柳くんみたいな絵に描いたような”いいヤツ”は、いつまでも”いいヤツ”でいてほしいと願う。青柳くんもその願いを一身に受け止めたかのように、正体の見えない敵から懸命に逃げ続ける。
原作小説に相当量盛り込まれた伏線やキーアイテムを、うまく整理して1本の映画にまとめたのは中村義洋監督。現代社会を投影したかのような迷宮世界を撮り続ける監督だ。完成度の高さで注目を集めた『ルート225』(06)では、ヒロイン(多部未華子)が現実社会とビミューに違うパラレルワールドに迷い込んだ。原作者・伊坂幸太郎が絶賛した『アヒルと鴨のコインロッカー』(07)では青春時代の思い出そのものが迷宮と化している。堺雅人と組んだ『ジャージの二人』(08)では、出口のない閉塞的状況を開き直って逆に楽しんでみせる。堺雅人と竹内結子が顔合わせした『ジェネラル・ルージュの凱旋』(09)は大学病院という現実上の迷宮組織で起きるミステリーだ。伊坂作品2度目の映画化『フィッシュストーリー』(09)は”知恵の輪”的世界で右往左往する登場人物たちを、知恵の輪を解くことで解放してあげるストーリーとなっている。
『ゴールデンスランバー』もまた、透明な膜にすっぽりと覆われた迷宮世界が舞台となっている。無自覚だった学生時代には心地よかったフワフワとした迷宮世界だが、一転して青柳くんは身に覚えのない冤罪に問われ、フワフワとした真綿で首を絞められていく。惰眠を貪って生きていく分には心地よい社会だが、自分の信念を貫いて生きようとすると社会そのものが容赦なく襲い掛かってくるのだ。青柳くんが首相暗殺犯である必然性はない。ただ、そのフワフワとした迷宮社会を維持していくための”生け贄”として選ばれただけなのだ。
主演の堺雅人に話を聞く機会があった。『ゴールデンスランバー』を撮影した09年初夏は、『官僚たちの夏』(TBS系)の収録と同時期となり、かなりハードな日々だったようだ。『官僚たちの夏』の膨大なセリフを覚えるのに必死で、普段は徹底した役づくりで定評のある堺だが、本作の現場は『ジャージの二人』『ジェネラル・ルージュの凱旋』で組んだ中村監督の演出に身を委ねるという状況だったと語る。そして、それが結果的に良かったのではないかと言う。
「青柳とボクはほぼ同年齢。もしボクが仙台みたいな街で進学し、そのまま就職し、こんな事件に巻き込まれたら……、とイメージしやすいシチュエーションでした。役づくりと言うよりも、同時代性に助けられたように思いますね」(堺雅人)
堺雅人(1973年生まれ)、伊坂幸太郎(1971年生まれ)、中村義洋監督(1970年生まれ)と3人はほぼ同世代。同じ時代を生きる3人が現代社会に少なからず覚える違和感や不安みたいなものが、映画『ゴールデンスランバー』の世界を地下水脈のように流れ、ひとつに合流していると言えるだろう。
“いいヤツ”青柳くんが、甘んじて社会の生け贄になることを受け入れれば、当面の間はフワフワとした迷宮社会は存在し続けるだろう。青柳くんを追い詰める捜査官・佐々木(香川照之)にしてみれば、眠るように生き続けることも、眠るように死んでいくことも大した違いはないじゃないかということかもしれない。だが、生け贄になることを否定して、迷宮社会から脱するということは、もう2度と温かい思い出を共有する学生時代の仲間や家族と会うことができないという決断である。自身の長く引きずっていた青春時代を、自分の手で葬り去るということでもある。ビートルズが歌う「ゴールデンスランバー」は美しく心地よい子守唄ではなく、自身の青春時代と決別するための荘厳なる鎮魂曲だったのだ。
(文=長野辰次)
●『ゴールデンスランバー』
原作/伊坂幸太郎 脚本/中村義洋、林民夫、鈴木謙一 音楽/斎藤和義 監督/中村義洋 出演/堺雅人、竹内結子、吉岡秀隆、劇団ひとり、香川照之、柄本明、濱田岳、渋川清彦、ベンガル、大森南朋、貫地谷しほり、相武紗季、伊東四朗 配給/東宝
1月30日よりTOHOシネマズ日劇ほか全国東宝系にて公開中 <http://www.golden-slumber.jp/>
言わずと知れた名盤。
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