有名写真家の未発表作品 トナカイの季節移動を追う『CARIBOU』
#本
星野道夫氏をご存知だろうか。カリブー(トナカイ)、グリズリー(ヒグマ)など、アラスカを中心に極北の動植物やそこで生活する人々の写真を撮り続け、1996年、ロシア・カムチャッカでテントを張っていたところ、グリズリーに襲われ死去したという、なんとも壮絶な人生を送った動物写真家だ。
この本『CARIBOU‐極北の旅人‐』(新潮社)は、その星野道夫氏の未発表作品をまとめ、死後13年の時を経て完成した写真集だ。星野氏のライフワークであるカリブーの季節移動を、80年、86年、92年の6年ごと、3回に渡って追い、撮影したもの。カリブーの大きな角が勇壮で、サンタクロースのそりを引くようなメルヘンなイメージはない。写真に加え、カリブーの生態や、カリブーを追った紀行文で構成されていて、ボリュームのある一冊となっている。随筆家としても活躍した星野氏の文章は、格調高く、カリブーを題材にした詩のようでもある。
野を越え山を越え川を渡り、数百頭のカリブーが列をなして旅をしていく様は、スケールが大きく圧巻の一言。カリブーの後方に写るアラスカの真っ白な山稜や、雪解けの原野も美しい。今すぐアラスカに旅したくなるような写真の数々だ。星野氏曰く、「写真家が一冊の本をつくるために生きているのなら、僕の場合はこの一冊に違いない」
これらの写真が撮影されたのは、80年代~90年代初頭だが、いま、極北の動物たちは、地球温暖化の影響により、その生命がおびやかされている。氷河やツンドラ(永久凍土)が完全に溶けると、食物がなくなり、生息域そのものが失われてしまうという深刻な問題だ。
星野氏は、地球環境を考えてこの写真を撮っていたわけではない。ただアラスカが好きで、圧倒されるアラスカの自然を撮りたい、という欲求に衝き動かされ、ややもすれば危険なアラスカに赴いたのだ。この『CARIBOU‐極北の旅人‐』は、熊に襲われ命を落とした写真家の、まさしく命がけの作品だ。この写真集を観れば、力強いカリブーの姿と写真家の生き様に、きっと心動かされるだろう。
(文=平野遼)
・星野道夫(ほしの・みちお)
1952年千葉県市川市生まれ。73年にアラスカに渡り、シシュマイレフ村でイヌイットの家族と過ごす。76年、慶応義塾大学経済学部卒業。78年、アラスカ大学野生動物管理学部に留学。以後、アラスカの人々、自然、野生動物を撮りつづけ、多くの作品を発表。86年にアニマ賞、90年に第15回木村伊兵衛写真賞を受賞。96年8月8日、取材先のロシア・カムチャッカ半島クリル湖畔でヒグマの事故により逝去。写真集に『グリズリー』『ムース』(共に平凡社)、『アラスカ 極北・生命の地図』(朝日新聞社)、『Alaska 風のような物語』(小学館)、『アークティック・オデッセイ』(新潮社)など。
永遠のヒーローです。
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