松江哲明×前野健太「もはや”ハメ撮り”!?」吉祥寺の空を突き抜ける歌声
#映画 #インタビュー #邦画 #松江哲明
09年1月1日午後、ミュージシャン・前野健太が吉祥寺・武蔵野八幡宮から井の頭公園までの道のりを74分かけてギターを弾き、歌いながら歩いて行く様子をワン・テイク/ワン・カットで収めただけの映画──松江哲明監督作品『ライブテープ』が、まるで、井の頭公園の大きな池に小石がそっと投げ込まれ、静かに、大きく波紋が広がっていくように、反響を呼んでいる。ごくごくプライベートな理由を発端として、身近な仲間だけで撮影されたにも関わらず、東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞まで受賞してしまったこのシンプルな、しかし、ストロングな映画の秘密とは? 松江哲明と前野健太の二人に語ってもらった。
──まず、東京国際映画祭での反応はどうでした?
前野 すごい勢いで金髪の女性が駆け寄ってきて、「ロシアの国民的歌手にあなたは似てる!」と言われました(笑)。彼女いわく、ヴィクトル・ツォイという歌手にソックリだと。それでYouTubeで調べたら、誰かが「ロシアの尾崎豊」とコメントを書いていました(笑)。もう亡くなった歌手みたいですけど、ルックスから音楽まで僕のすべてが似ていたようで……。その反応は面白かったですね。
松江 僕は、国際映画祭が終わった後に新宿のタワレコとかで前野健太のCDが売り切れたという話を聞いて、監督として純粋にうれしかったですね。
──松江さんが歌手と一緒に映画を撮ろうとしたときに、前野健太というミュージシャンを選んだのはなぜなんですか?
松江 同世代だからですかね。それと、見ている風景が近いんですよ。僕は立川生まれ武蔵野育ちで、前野さんは埼玉出身なんですけど、二人にとって東京23区外の風景が東京で、23区内への入り口が吉祥寺というイメージで。前野さんの「18歳の夏」という曲は、奥日光高原ホテルにバイトに行くという歌詞ですけど、東京近辺の人にとって日光は修学旅行とか自動車免許の合宿で行くような、遠すぎず近すぎないという距離感。そんな場所でバイトしながら『失楽園』でヌイてたという歌で(笑)。僕はそんな経験ないですけど、『失楽園』でエロい気持ちになるのは分かるし、そういう土地勘も含めて同世代だと感じる人なんです。だから08年7月に初めて知り合って、すぐに「何か一緒にやりましょう」と言いました。
前野 映画のクライマックスで歌う「天気予報」を、それまで松江さんほど聴き込んでくれていた人はいませんでしたよ。
松江 そうしたら、「年金もらえず/死んでった父」という歌詞のとおり、自分の父親が死んでしまった。偶然とか運命とか言いたくないけど、この映画を撮ることになって、もうあの曲をクライマックスにするしかなかったんです。
──そういう映画の背景にあるようなテーマは二人で話し合いました?
前野 何の曲をやるかは話したけど、そういうことは言わずとも分かったというか。ただ、そういう「意味」を超えて、最後の井の頭公園のステージでは突き抜けたかった。そんな思いで「天気予報」は歌いましたね。
松江 父親の死はテーマではなく、映画を撮るきっかけにすぎないですから。
──確かに、二人の会話から公園でのライブに至るシーンは、意味と無意味のせめぎ合いを感じましたね。
松江 あの会話は映画の中でつながって見えますけど、文字起こししたら問いかけに対して全然答えになってないんです。でも、日常会話ってそんなものじゃないですか。僕の『あんにょん由美香』や『童貞。をプロデュース』みたいな作品では、「あ、そうですね」という会話のような使えないものをどんどん削ぎ落として意味をつくらないとドキュメンタリーにならないと思っていたけど、この映画は1カットで、なおかつ歌というアクションがあるから、意味のないこともできちゃった気がしますね。
●音楽家のカッコ悪さと東京の空
──この映画を通じて、松江さんはストレートに人間が好きなことは分かる一方で、「君がいなければ一人になれない」と歌うような前野くんは人間嫌いに見えます(笑)。そういう歌詞は、ディスコミュニケーションによって人間性を感じるということだと思うので。そんな二人が一緒に映画を撮って気恥ずかしくなかったですか?
前野 自分をそのまま出したくないタイプなので、ツラかったです(笑)。
松江 でも、僕は僕みたいな暑苦しい人は苦手ですよ(笑)。付き合う女性と同じように、自分と違うタイプの人間を撮りたい。被写体と向き合うのは僕にとって疑似恋愛ですからね。そういう意味で、前野さんのシャイな部分にはグッと来た。だから”ハメ撮り”に近いのかも。
──「サングラスを外してもらえますか?」という監督の要求は、つまり「服脱いじゃいなよ」ってことですね。それと面白かったのは、吉祥寺という街の中で演奏する前野くんの姿。普通、駅前で弾き語りするような人は「CD買ってください、名前だけでも覚えてください」と通りすがりの人に媚びを売るけど、あんな叫ぶような弾き語りは見たことがない。
前野 いたらヤバイでしょう(笑)。でも、外は反響がないので、強く歌っても街に音が吸い込まれてしまって、通行人は誰も止めに入らない。そのために、僕はなんて無力でちっぽけなんだろうと思いました……。
松江 そんなちょっとカッコ悪い前野さんも撮りたかったんです。ミュージシャンの映画って大体カッコよくて、ファンはそれで満足できるけど、例えばミック・ジャガーのマイクの音が入ってないシーンがあってもいいと思う。映画で初めて聴く人には、むしろそういう部分がプラスに作用するんじゃないかと。
──なるほど。あと、通行人が突然楽器を演奏するシーンも面白くて、街を舞台にしたミュージカルのように見えました。
松江 さすがに踊り出す人はいませんでしたけど、ミュージカルはそうやって虚構に一気に飛ぶことができますよね。ドキュメンタリーでそういうことをやりたいと思っていました。
前野 デカいスクリーンで見ると、ドトールの陰でそのスタンバイをしているのが分かるんですけどね(笑)。
松江 でも、そういう演出をしたときに出てくる生の感情がドキュメンタリーの面白さだから、それでいいんですよ。
前野 あと、東京のあの空をお客さんには見てほしい。普段、当たり前に眺めている空とは違いますから。僕のことは別にいいので(笑)、それを見てほしいです。
(取材・文=磯部涼/構成=砂波針人)
●『ライブテープ』
吉祥寺バウスシアターほかにて26日より公開。
詳細<http://spopro.net/livetape/index.html>
これを観て、来年も生きていかなきゃね。
●松江哲明(まつえ・てつあき)
77年東京生まれのドキュメンタリー監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。他の作品に『童貞。をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)などがある。<http://d.hatena.ne.jp/matsue/>
●前野健太(まえの・けんた)
79年埼玉生まれのシンガーソングライター。07年に1stアルバム『ロマンスカー』(ROMANCE RECORDS)、09年に2nd『さみしいだけ』(ハヤシライス)を発表。リリカルな楽曲とアグレッシヴなライブが衆目を集めつつある、次世代ポップ・ミュージックの最右翼。<http://www.maenokenta.com/>
童貞だったあの頃
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