ドラッグ漬けの芸能関係者必見!”神の子”の復活を追う『マラドーナ』
#映画 #サッカー #洋画 #パンドラ映画館
に輝くエミール・クストリッツァ監督が、”サッカー界のスーパースター
“ディエゴ・マラドーナの素顔に迫る。
ドキュメンタリー映画『マラドーナ』は、ボーイ・ミーツ・ボーイの物語だ。
(c)2008-PENTAGRAMA FILMS-TELECINCO CINEMA-WILD BUNCH-FIDELITE FILMS.
日本人の多くが坂本龍馬に憧れるように、南米人の多くは”20世紀最後の革命家”チェ・ゲバラに憧れる。富や権力は欲せず、革命に生きる。常識やルール、国境に縛られず、自由に生きてみたいと願う。でも同時に凡人には、そんな生き方は到底無理だということも分かっている。
しかし、ゲバラと同じアルゼンチンに生まれた、”20世紀最高のサッカー選手”ディエゴ・マラドーナは違った。W杯メキシコ大会では強国イングランドを相手に”神の手”ゴールを決め、イタリアのセリエA時代にはユベントスやミラノといったビッグチームを尻目に弱小チーム・ナポリを率いて、2度の優勝に導いている。『パパは、出張中!』(85)、『アンダーグラウンド』(95)で2度のカンヌ映画祭パルムドールを受賞したエミール・クストリッツァ監督は、マラドーナのことを”フィールド上の革命児”と称賛する。
ドキュメンタリー映画『マラドーナ』は、清濁ふたつの要素が絡み合った内容だ。西側諸国の思惑によって祖国ユーゴスラビアを解体させられたエミール監督は、西側諸国の金満チームをきりきり舞いさせてきたマラドーナの”神の子”としての輝かしい功績をシンパシーを持って再検証すると共に、現役生活を終えたマラドーナがコカインまみれになりながらも懸命に社会復帰を図り、政治問題に積極的にコミットする”人間臭い”部分にもカメラのフォーカスを合わせる。
といっても、両脇にいるのはマラドーナにとっ
て最愛の実娘である長女ダルマと次女ジャンニ
ーナです。奥さんとは離婚したけど、娘たち
との関係は良好なご様子。
ブエノスアイレスまでマラドーナに会いに行くエミール監督は少々緊張気味。映画青年になる前はサッカー小僧だったエミール監督にとって、年下とはいえマラドーナは今なお眩しい存在だ。しかし、エミール監督の前に現われたマラドーナはぶよぶよのピザ体型で、「これが、かつて”神の子”と呼ばれたスター選手と同一人物なのか?」と観る者を驚かせる。それでもエミール監督はマラドーナへのリスペクトを忘れず取材を続け、その映像はマラドーナが紆余曲折しながらも次第に変わっていく様子を伝える。
多分、マラドーナはエミール監督のことを「カンヌで大きな賞を獲った、ストイコビッチの国からのお客さん」ぐらいにしか思っていなかったはずだが、カメラに向かって自分の心情を吐露し続けることで、思いのほか自分を取り戻していく。通訳を挟んで静かに耳を傾けるエミール監督を相手に、マラドーナは質素な生活を送っていた少年時代を振り返る。また、人気絶頂期にコカインまみれとなり、幼かった長女に嫌われ、娘たちの成長を見届けることができなかったことを懺悔する。そして、何よりも自分自身が一番輝けた場所は一体どこだったのかを見つめ直す。
撮影を始めた2005年、マラドーナは胃のバイパス手術を受けたこともあり、40kgもの減量に成功したそうだ。3年間にわたる撮影期間中、リバウンドを起こしたマラドーナは2度にわたって病院送りとなりエミール監督をハラハラさせるが、撮影開始時(05年3月)と撮影終了時(08年2月)ではダイエット広告の使用前・使用後ばりに別人のように変身している。バラエティー番組『10番の夜』の司会を務めるなど芸能活動に忙しかったマラドーナに「自分には戻るべき場所がある」ことを再認識させた今回の取材撮影は、少なからずセラピー効果があったのではないだろうか。
エミール監督が元サッカー小僧だったとはいえ、マラドーナがここまでカメラに対して心を開いたのも興味深い。マラドーナはエミール監督の映画こそ観ていないものの、本能的な嗅覚でエミール監督が自分と同じ臭いを発していることを感じ取ったようだ。民族紛争やコソボ空爆を体験したエミール監督は『パパは、出張中!』『アンダーグラウンド』『ライフ・イズ・ミラクル』(04)といったコメディ映画で政治や社会を風刺し、マラドーナは自分を客寄せに使うだけ使った挙げ句にドラッグ問題を持ち出してW杯アメリカ大会から追放した(マラドーナの言い分)FIFAと舌戦を繰り広げている。どちらも権力を傘にした人間を見ると黙っていられない性質なのだ。マラドーナが”流浪の王様”なら、エミール監督は祖国を失った”吟遊詩人”といったところか。
エミール監督が、マラドーナのドキュメンタリーを撮ることに成功した要因をもうひとつ挙げるなら、エミール監督は”動物”の扱いに非常に慣れていたということだろう。エミール作品では『ライフ・イズ・ミラクル』の”失恋したロバ”をはじめ、どの作品でも動物たちが重要な役割を占めている。エミール監督は脚本通りに映画が仕上がることを良しとしない。撮影中にハプニングが起きることを大歓迎するタイプなのだ。ゆえに自分の感情に忠実にしゃべり、ひらめきで行動するマラドーナは、エミール監督にとって格好の被写体だったわけだ。
映画は、エミール監督がギタリストとして参加している”エスニック系パンクバンド”ノー・スモーキング・オーケストラのマドリード公演のステージに、マラドーナが飛び込んでいく様子でエンディングとなる。結局、エミール監督はマラドーナと友情を育むものの”天才ならではの孤独”の内側までは足を踏み入れることはできなかった。そこは、もう”神の領域”だからだ。しかし、マラドーナはステージ上で一緒に踊ることでエミール監督の長年にわたる取材の労をねぎらう。元気になったマラドーナの軽やかなステップは、体重120kgを越えて動くことさえ難儀だった頃に比べれば雲泥の違いだ。
2008年2月の時点で映像は終わりを告げるが、体調を取り戻したマラドーナはその年の10月にW杯予選で苦戦続きだった母国アルゼンチンの代表チームの監督に就任する。巡り合わせの良さは、さすが”神の子”である。マラドーナ監督は、ぎりっぎりでW杯予選突破を果たすとさっそくやってくれた。自分の采配を酷評していた記者たちに対して、「みんな、オレの●●●を舐めやがれ!」と放送禁止用語を叫び、アルゼンチン中にテレビ中継されたそうだ。その結果、FIFAから2カ月間の活動停止処分を食らい、組み合わせ抽選会にも参加できなかった。マラドーナなら2010年6月のW杯本戦でもきっとサプライズなことをやらかしてくれるに違いない。ま、それまで代表監督でいるかどうかチト心配でもあるが。マラドーナの革命第2章は、果たしてどんな結果を招くだろうか。
(文=長野辰次)
●『マラドーナ』
監督/エミール・クストリッツァ 出演/ディエゴ・マラドーナ、エミール・クストリッツァ、マラドーナ・ファミリー、カストロ将軍、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、マヌ・チャオ 配給/キングレコード、日本出版販売 12月12日よりシアターN渋谷ほか全国順次ロードショー上映中 <http://maradonafilm.com/>
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