「VOCALOID2」とフルカワミキ そして「サイハテ」、ネットとリアルをめぐる冒険
#ネット #インタビュー #初音ミク
90年代から00年代にかけて日本のロックシーンを席巻したSUPERCARの発起人であり、解散後も先鋭的なソロ活動を続けているフルカワミキ。フェミニンで透き通った独特のボイスは、歌のみならずナレーションにも起用されるなど、その影響力の広がりは留まるところを知らない。そのフルカワミキが、なんとAHSから販売される新作ボーカロイドの歌声を務めているという。パッケージの名前は「VOCALOID2 SF-A2 開発コード miki」、12月4日に発売される。折しも、ボーカロイド作曲者とコラボレートしたフルカワの最新シングル「サイハテ」発売の2日後である。昨今のボーカロイド現象をめぐり、「ネットとリアルの交差点&震源地」となっている彼女に緊急インタビュー。
──早速ですが、フルカワさんがボーカロイドに興味を持ったのはいつ頃ですか?
フルカワ ボーカロイドが発売された頃から、存在そのものは知っていました。でも、いろいろな方が自作の曲をアップしているのを聴くようになったのは、去年くらいですね。直接関わるようになったのは、今年からですが。
──ネット上にはボーカロイドが歌う曲が溢れていますが、このたび「サイハテ」(作曲:小林オニキス)をシングル化することになったのはどうしてですか。
フルカワ 「サイハテ」は自分がこれまでやってきた音の感覚に近いものがあったんですね。メロディラインとか。人が歌いたがる曲だし、この曲自体が人に歌われることを欲しているように思えたんです。そこで、人が歌いやすいオケを私なりに作ってみよう、と。作者のオニキスくんは私に近い匂いがしたから、もし私のことを知ってくれていて、そういうこと(カバーバージョン)に興味があるのなら、1つの作品として残したいと思ったんです。
──フルカワさんはもともと感情を出さない歌い方をしていますよね。ボーカロイド
との親和性が強いのでは。
フルカワ オケによって歌い方を使い分けているんですよ、自分のなかでは。前のバンド(SUPERCAR)で、打ち込みを使うなど「オケをデザインする」やり方のときには、感情的に抑揚をつけすぎると邪魔になる場合もありましたし。基本的に、自分で詩や曲を書いたのでない場合は、それほど入り込まないほうがバランスがよいのではないか、という考えもあって、そういう歌い方をしていました。
「サイハテ」の詩が持つ世界観はすごく人間的。切なくて物悲しいのだけれど、オケとボーカルが突き抜けるような明るさを持っている。かつ、人間の身に起こりうることをボーカロイドが淡々と歌い上げていて、そのコントラストがすごく美しいなと思っていました。その淡々とした歌い方が、より意味を深める感じもしたし。その詩と音の間を聴き手は想像で埋めるから、その線は崩したくないなと思いました。
──小林オニキスさんはどんな方ですか。
フルカワ ご本人に言っていただいてうれしかったのは……オニキスくんは男の方なのですが、女の人が歌うことを想定して曲を作っちゃうことがほとんどだそうで。でも、周りに歌ってくれる人がいなかったから、ボーカロイドに歌わせていたらしいんですね。歌ってもらうなら私(フルカワ)、というのがオニキスくんの頭にあったみたいで。初めて会ったときに「人生の天王山です」って言われました。
──リアル、ライブに影響を受けてデスクトップで作ったものがネットで流布する。そこで交流が生まれて、またリアルに帰ってくる。ボーカロイドの周囲で起きている現象は面白いですね。
フルカワ ボーカロイドの現象自体、作りたい人がこんなにいるんだ、ということに驚きます。音楽の売り上げは低迷しているんですが、表現したがっている人はたくさんいる。それを見ている人もたくさんいる。刺激はすごくあります。そこに加わりたい、という思いに駆られますね。そのシステムのなかでいかに遊ぶかを考えるのが楽しい。
──ボーカロイド「VOCALOID2 SF-A2 開発コード miki」の収録が決まった経緯は。
フルカワ 「サイハテ」と別個に、やってみたら面白いんじゃないか、というお話はいただいていたんですよ。収録は「サイハテ」のほうが早かった。
──自分がボーカロイドになるのはどういう気持ちなんですか。
フルカワ ボーカロイドって「調教」っていうんですか?(笑) 作り手によって、1人ひとり歌わせ方がまったく違う。魂の込め方、キャラクターの作り方がぜんぜん違うじゃないですか。自分の声が素材として生きるならば……鏡みたいなものですよね、どう反射が返ってくるのかに興味があります。
──収録はどうでした?
フルカワ 大変だなと思いました。ボーカロイドの発音に必要な「意味の分からない単語」を、一定のピッチで歌って素材を録るので。それに声色もいろいろある。戸惑いながら進んでいきました。ぜんぜん、一日では終わらなかったです。
カタカナを譜面に沿って歌っていくんですけど、だんだんカタカナがカタカナに見えなくなってくるんですよ(苦笑)。違う形に見えてきて、頭がボーッとしてくるし。こんな発音したことない! と思いながら……「ぼぇ~お~」とか、そういったものをずっと言っていました。
──(笑)。ちなみにそれは文字化しづらい音なんですか。
フルカワ 鼻濁音で発音するシリーズもあって。で、「鼻濁音ってどれだ!?」っていう話になったんですよ(笑)。鼻を摘まんで「こんな感じですか?」って言いながら。「たぶんそれです!」って。それをキープしないといけないから、その場で一気に録ってしまう。
──ボーカロイドの音源になったものを聴きましたか?
フルカワ 聴きました。ところどころ自分の個性が出るんですよ。やっぱり自分が本当に歌っているときの声とは違うんですけど。ボーカロイドになったうえで「自分」というものが出てくる。すごく面白いなと思いました。
──mikiというキャラクターをどう思いますか。
フルカワ (笑)。違う名前が付くと思っていたんですよ! 「初音ミク」みたいな一定のノリがあるじゃないですか、その路線で付くと思っていたんですけど。私も最近知ったんですよ。「え? miki!?」って。びっくりしました。まぁmikiはmikiで。私はあくまで声の素材という考え方で、mikiというキャラクターはフルカワミキとは全く違う存在ですから、一人歩きしてくれたらと思っています。小文字のmikiなので、私の”小人”が素材としていっぱい飛び出していくようでもあるし、歌い方はそれぞれのセンスでやっていただければと思います。
──”小人”というのは自分の分身みたいなニュアンスですか。
フルカワ 一個の自分の細胞をこう、「ぽふっ」と(手のひらに乗った毛を息で吹く仕草)いうニュアンスだと思います。それぞれが育っていってくれたらいいな、という思いです。今回の「サイハテ」みたいに、曲をたくさん作っているんだけど周囲に歌ってくれる人がいない、というときに使ってくれたらうれしいし、聴きたいです。私の細胞がたくさん入っているので、思い通りにいかないこともあるかもしれません。そこは個性だと思って「しょうがないな、mikiだし」と、使っていただけるのもいいかなと(笑)。じゃじゃ馬っぷりを楽しんでください。
──将来、ボーカロイドを使ってみたいと思いますか?
フルカワ まあ、普段から難しい歌は「これボーカロイドに歌わせようか」と冗談で言っているくらいですから(笑)。実は、間に合えばmikiを「サイハテ「のなかで使いたいと思っていたんですけど、開発の時期がレコーディングより後にずれ込んだので実現はしなかったんですよ。でも、使ってみたいと思いますよ。いじったらハマりそうな気がしましたから。習得するのが難しそうですけれども。
──それこそ、ネット上に散らばるプロデューサー、コンポーザーの力を借りるとか。
フルカワ あぁ、グッドアイデア。そういう企画は面白いかもしれないですね。自分が作った歌を自分で歌わず、ボーカロイドに歌わせる……うん。こっそりアップするかも(笑)。
──ボーカロイドのmikiに対して黒子になるとも言えますね。
フルカワ そうですね。自作曲のリミックスを発注するときに細かい注文をつけないのは、自分自身でも音遊びとして楽しみたいからなんです。素材を渡してどういう解釈で返ってくるのか、人の表現を楽しみたくてお願いしている。もともと自分の歌も声素材として遊んでもらいたいという気持ちでやっていたので。そういう考えで今までやってきているから、自分の声を使われることに対してこだわりはありません。
──SUPERCAR時代は男性メンバーの曲を歌っていたわけですが、男の子が期待する女の子の声、という抽象的なものをフルカワさんが具現化しているのかもしれませんね。
フルカワ 何を期待されているのかは分からないですけれども(笑)。うーん、そうですね……自分で想像力を働かせて楽しめる人たちにとっては、余計な情報量がない歌い方をする方が好まれる場合もあるのでしょうね。あまり自分の性格や内面は出さなくてもいいかなと思っているんですよ。聴いた人に音として気持ちよくなってもらって、それが街で流れたり、楽しんでもらえれば。
私は地方(青森県八戸市)の出身なので……。ボーカロイドはネット上で起きている一部のこととして存在していて、けれども動画サイトやボーカロイドを知らない人も、世の中にはいっぱいいるじゃないですか。日本のネット環境はPCよりも携帯がメインの人がとても多く、PCを持っている人も意外と少なかったりして。でも「サイハテ」を、例えばCD屋さんで見つけて、曲を気に入ってくれた人が青森のような地方でも「これ、なんだろう?」って面白がってもらえたらいいなと思うんです。CDを出す意味はそこにもあります。CDを入口に、ネット上で起こっているさまざまなクリエイティブな出来事を知ってもらったり、元々ボーカロイドを知っていた人とこれから知る人が同じところに集まる面白さがあるのではないかと思って。たぶん、今までにあまりない現象だと思うんです。
──ボーカロイド現象の新しい段階に辿り着いたようですね。
フルカワ 何がいいって、作った人がどういう思想、どういうスタイルをしているかは関係ないところですね。作品を見て好きか嫌いかとか、何を感じたか、どういう想像力を働かせたかということから、いろいろなものが派生しているじゃないですか。そこがピュアでいいなと思って。私はオニキスくんがどういう人かは知らなかったけれど、メロディラインからこういう人かなと想像しつつ、確かめるようにコンタクトが取れて。現実のコミュニケーションで作品を残すことができた。オニキスくんも自分の曲が何万回も再生されて、たくさんの人に聴かれていることを数字のうえでは認識していたけど、まさかそこに私のような人間が含まれているとは思いもよらなかった、と言っていました。現実のコミュニケーションで、やっとそこがつながったのはよかったなと思います。今回の試みはいい形でできたな、という気がする。やっぱり数字は数字でしかなくて、実感ではないというのは、面白い発見でした。
(取材・文=後藤勝)
mikiです。
フルカワミキです。
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