トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.41

タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』

ingro01.jpgネイティブ・アメリカンの血を引くアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)は、
ユダヤ系アメリカ兵で組織された特殊部隊イングロリアス・バスターズ
(名誉なき野郎ども)を率いて、ナチス撲滅作戦を実行する。ブラピは
本作の前日談の製作を望んでいるそうだ。
(C) 2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

 クエンティン・タランティーノ監督が構想から10年を費やして完成させた、初の戦争映画『イングロリアス・バスターズ』。第二次世界大戦中、ドイツ軍に占領されたパリの小さな映画館を舞台にした”映画愛”に満ち満ちた作品だ。タランティーノ版『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)と言ってもいい、戦争と映画館を巡るおとぎ話となっている。

 でも、そこは”永遠の映画小僧”タラちゃんだけに、万人が泣ける感動作になるはずがない。「映画が好きで好きでたまらないから、映画館ごと宇宙の彼方まで吹き飛ばしてしまえ!」という、タラちゃんならではの歪んだ愛情が炸裂している。『レザボア・ドッグス』(92)ばりの拷問シーンに、『パルプ・フィクション』(94)的な変人たちが続々と登場し、『キル・ビル』(03)のような血まみれの復讐が遂行されるのである。ポイズン度120%。すでに映画が公開された欧米では、タランティーノ映画史上最高のヒットを記録しているが、彼が監督デビューして約18年の間に、それだけ世の中にはおかしな人たちが増えてきたということか。まぁ、ラストシーンで思わず拍手してしまった自分もその1人なわけだが。

 タランティーノ監督、主演のブラッド・ピット、映画館の支配人役のフランス人女優メラニー・ロラン、『キル・ビルvol.2』(04)に続いての出演となったジュリー・ドレフュスらが揃った来日会見が、11月4日六本木のザ・リッツ・カールトンで行なわれ、400人の報道陣が集まった会見場の末席に座ることができた。質疑応答での「AERA」(朝日新聞社)の「ナチス・ドイツを取り上げた理由は? 戦後60年の今だからこそ描きたかったことは?」という問いに対して、タランティーノ監督は「戦争映画が好きだから! 戦争映画が作りたかったから!」という身も蓋もない返答。さすが、我が道を行くタラちゃんだ。また、ブラピのアゴ髭は撮影時よりずいぶんと伸びて、ボーボー状態。かなり奇妙なことになっていたが、ハリウッドいちのスター俳優のルックスについてツッコめる記者はいない。ブラピ、自分が二枚目であることにすっかり飽きているんだろうな。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(08)でもシワシワのおじいちゃんを嬉々として演じていたし。

 そんなブラピが、本作で演じているアルド・レイン中尉は、『12モンキーズ』(95)、『ファイト・クラブ』(99)で演じた役柄以上の奇人変人。米軍の特殊部隊イングロリアス・バスターズ(名誉なき野郎ども)を率いて、ナチスを見つけては次々とサディスティックに痛めつけ、そんでもって頭の皮を剥いでポイントカードのように貯め込んでいる。正義のためではなく、それが楽しいから。そんなクレイジーなレイン中尉が牢獄行きにならないのは、ひとえに戦時中ゆえ。ナチスを血祭りにすればするほど、彼は連合軍側の勇敢なヒーローとして称賛を浴びる。すべての歴史は勝者によって書き残されるのだ。

ingro02.jpg隠れユダヤ人であるショシャナ(メラニー・ロラ
ン)が経営する小さな映画館が舞台。本多猪四郎
監督作『ガス人間第一号』(60)や大林宣彦監督
作『HOUSE ハウス』(77)が好きな人たちなら、
拍手喝采したくなるようなクライマックスが待っ
ている。

 同い歳生まれのタランティーノとブラピは、本作が2度目の顔合わせだ。最初のコラボは、タランティーノが脚本提供したトニー・スコット監督作『トゥルー・ロマンス』(93)。『リバー・ランズ・スルー・イット』(92)で売り出し中だったブラピは、マリフアナ中毒のプー太郎役でカメオ出演している。このときのキャラ設定は元の脚本にはなく、ブラピ自身が提案したもの。そういえば『トゥルー・ロマンス』も”映画愛”が溢れ出したストーリーだった。コミックショップに勤めるオタク青年がコールガールのヒロインと運命的に出会う場所が、ソニー千葉主演のアクション映画『激突!殺人拳』(74)を上映する場末の映画館(グラインドハウス)だった。映画館を起点に、無鉄砲な男女の甘美な愛の逃避行劇が始まった。いつもは冗漫になりがちなタランティーノ作品だが、映像職人トニー・スコット監督のテキパキした仕事ぶりによって、ピチッとした出来映えとなっている。好き嫌いの分かれるタランティーノ作品の中では、幅広く映画ファンに親しまれている作品だろう。

『イングロリアス・バスターズ』に話を戻そう。公開初日の11月20日(金)から11月23日(月)の4日間限定で、”面白さタランかったら、全額返金しバスターズ”キャンペーンを実施することでも話題となっている。上映開始1時間以内に退場すれば、入場料を劇場で返金するというもの。”洋画離れ”が進む日本の配給サイドからの提案に対し、タランティーノいわく「受けてやろうじゃねえの。途中で出れるものなら、出てみやがれ。全然構わないぜ。残ったお客さんたちとオレたちで、大いに盛り上がっちゃうもんね」とのことだ。

 本作は5章立てとなっており、映画館の女支配人ショシャナがナチスへの報復を決意する第3章の終わりで、約1時間経過となる。この後の第4章がタランティーノ作品で恒例となっている、酒場での大ヨタ話大会。このシーン、タランティーノ好きなバイリンガルでないと正直言ってダレてしまう。しかし、下らないヨタ話が続けば続くほど、その後にドーンと大きな見せ場が待っているのがタランティーノ作品のセオリー。そして、その期待通り、最終章となる第5章「ジャイアント・フェイスの逆襲」の素晴らしいこと! ヒトラーも来場する戦意高揚映画の上映会場に選ばれたショシャナの映画館が、ナチス撲滅作戦の実行場所となる。新作映画がプレミア上映されるというワクワク感とヒトラー暗殺というハラハラ感が寄り添う、異様な胸騒ぎ。そしてついに、レイン中尉率いるバスターズの面々とナチスへの復讐を誓うショシャナ、ショシャナに恋心抱くドイツ兵、さらにヒトラーにゲッペルス……と有名無名、フィクション上の人物、歴史上、実在する人物たちの運命がグランドクロスのように映画館で重なり合う。その瞬間に、この映画館はかつてない大歓声(悲鳴)が湧き上がる。

 劇中に『意志の勝利』(34)、『オリンピア』(38)といった史上最強のプロパガンダ映画を手掛けたドイツ出身の女優&監督レニ・リーフェンシュタール(1902〜2003)の名前も出てくるが、タランティーノは”強い美女が好き”というだけで、「プロパガンダ映画は許すまじ。映画は平和のためにあれ」という主義主張は格別ないと思われる。映画そのものに善悪の区別はなく、つまらない映画こそ糾弾されるべきという考えだろう。だがタランティーノは、やりたい放題の悪趣味な戦争映画を完成させたことで、極めて正しい反戦映画の新しいマスターピースを作ってしまった。ブラピ扮するレイン中尉がナチスの頭の皮を剥ぐシーンは、現実の戦争が行なっている無差別大量殺戮に比べれば、とても慎ましい牧歌的風景にしか映らないではないか。
(文=長野辰次)

ingro03.jpg

『イングロリアス・バスターズ』
監督・脚本・製作/クエンティン・タランティーノ 出演/ブラッド・ピット、メラニー・ロラン、クリスト・ヴァルツ、イーライ・ロス、ミヒャエル・ファスベンダー、ダイアン・クルーガー、ダニエル・ブリュール、ティル・シュヴァイガー、マイク・マイヤーズ、ジュリー・ドレフィス 配給/東宝東和 11月20日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー R15+ <http://i-basterds.com/>

ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版

ジーンとしみる

amazon_associate_logo.jpg

●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
[第40回]“涅槃の境地”のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』
[第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』
[第38回]海より深い”ドメスティック・ラブ”ポン・ジュノ監督『母なる証明』
[第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』
[第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』
[第35回]“負け組人生”から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』
[第34回]2兆円ペット産業の”開かずの間”に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』
[第33回]“女神降臨”ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』
[第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』
[第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』
[第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇
[第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』
[第28回]“おねマス”のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』
[第27回]究極料理を超えた”極地料理”に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』
[第26回]ハチは”失われた少年時代”のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊!
[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』
[第24回]悪意と善意が反転する”仮想空間”細田守監督『サマーウォーズ』
[第23回]沖縄に”精霊が暮らす楽園”があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』
[第22回]“最強のライブバンド”の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』
[第21回]身長15mの”巨大娘”に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』
[第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』
[第19回]ケイト姐さんが”DTハンター”に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』
[第18回]1万枚の段ボールで建てた”夢の砦”男のロマンここにあり『築城せよ!』
[第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』
[第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡”脱力”劇場『インスタント沼』
[第15回]“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
[第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』
[第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』
[第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』
[第11回]美人女優は”下ネタ”でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』
[第10回]ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』
[第9回]胸の谷間に”桃源郷”を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』
[第8回]“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
[第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』
[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:04
ページ上部へ戻る

配給映画