東京五輪招致失敗も……東京芸術劇場に残った「TOKYOの演劇芸術」と野田秀樹
#演劇 #オリンピック
日本を代表する劇作家で俳優の野田秀樹氏が、今年から池袋にある東京芸術劇場の初代芸術監督に就任している。しかし、その「理由」を知る都民は少ない。演劇界のカリスマである野田氏がなぜ、開館から19年も経った東京都の文化施設である東京芸術劇場初の芸術監督に迎えられたのか。
今年7月1日に行われた野田氏の就任記者会見で、東京都生活文化スポーツ局長・秋山俊行氏はこう挨拶した。「東京オリンピック招致に向けて、開催の立候補都市には文化活動の策定と実施が義務づけられており、東京都としても芸術文化を強く発信するためにこの劇場を使い、野田秀樹さんにご協力をお願いした」
野田氏の芸術監督就任はオリンピック招致のための要請だったのだ。
東京芸術劇場といえば、総事業費320億円をかけて1990年10月に開館し、その奇抜な建築デザインと共に、税金を投入して芸術を保護する”必要性”が問われてきた。いわばバブル期の「ハコモノ事業」を象徴する都の建築物である。そんな東京芸術劇場と、「オリンピック招致」は実に相性がいい。東京都は数兆円の経済効果を当て込んで、スポーツと芸術文化の強化を積極的に推し進めた。
しかし、今年10月2日にデンマークの首都コペンハーゲンで行われたIOC総会で東京は落選。都民を巻き込んだ石原都知事の招致構想は、数十億円と言われる多額の招致経費と大手ゼネコンやデベロッパー、大手広告代理店の皮算用と共に夢と消えた。しかし、東京都の文化活動は現在も脈々と続いており、東京芸術劇場における「野田秀樹 芸術監督就任記念プログラム」は、開始から4カ月で大きな盛り上がりを見せている。
野田の働きかけで集まった、若者に人気の5演劇団体(ハイバイ、五反田団、グリング、冨士山アネットproduced、モダンスイマーズ)の連続公演「芸劇eyes」もそのひとつ。10月に公演した五反田団の代表作、『生きてるものはいないのか』『生きてるものか』の終演後ステージ上には、若い出演者や五反田団の主宰・前田司郎と対談する野田秀樹の姿があった。威厳がありながらもユーモアのある野田秀樹。テレビ出演やゴシップでしか野田を知らない人には、その穏やかな物腰が新鮮に写る。
東京芸術劇場に、野田氏の芸術監督就任の経緯について問い合わせたところ、「もともと、唯一東京都で運営されている総合芸術文化施設である『東京芸術劇場』の存在をもっと広く知ってほしいという事が前提にあり、東京で活動していて、人気があり、この先東京の芸術を革新的に引っ張っていく”力”がある方に芸術監督になっていただこう、ということで野田さんに決まったのです。単にオリンピック招致が目的だった訳ではありません」(事業企画課)と、このような答えが返ってきた。
「劇場は出会いや交流の”場”であるべき。」という野田の主張により、同劇場が”交流の場”として池袋のランドマークとなり、足を運ぶ人も増え続けている。
『農業少女』タイ現代演劇バージョン(右)。
小さな演劇でも、国内外かまわず良いものは多くの人に見てもらいたい。そんな思いから、同劇場では、11月19日(木)~23日(月・祝)に、野田氏が過去12年間も見守ってたタイ現代演劇の日本公演、『赤鬼』タイ大衆演劇”リケエ”バージョンと『農業少女』タイ現代演劇バージョンが上演される。(どちらも野田秀樹・作)。テレビスターに主導権が奪われつつある演劇界だが、東京芸術劇場においては、国内外の演劇界で育った才能ある人材にスポットを当て、成長させるという試みが次々と実現されている。
オリンピック招致活動で使われた経費のうち、多額の費用が広告費や公園などの芝をコンクリートにする舗装費、その他、警備や通行止め、役人の海外渡航費など”都民に還元の無い形”で使われた。しかし、招致がきっかけで野田秀樹を筆頭としたクリエーターが、都内各所で行った文化活動は決してムダではない。こちらの方がよっぽど、堅実に都民に恩恵をもたらしているのではないだろうか。
日本演劇界の重鎮
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