遥かなる”ラーメン・サーガ”『ラーメン発見伝』ついに完結!
#マンガ #松江哲明
童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。
感動のラスト、だった。
互いの想いを確信した男女が言葉に詰まり、その場にいた上司たちが気を利かせてその場を立ち去り、残された2人は視線をそらしつつ気持ちを固め、「ありがとう」という言葉が残されたコマには抱き合う姿が。公園の灯りがまるでスポットライトのように2人を照らしているのもニクいが、9年間、全26巻もの間、彼らの行く末を見守っていた僕としてはホッとさせられた展開だった。
……と、書いているが別に恋愛漫画の話ではない。「ビックコミックスペリオール」(小学館)に連載されていた『ラーメン発見伝』なるグルメ漫画の最終巻の1コマだ。本作はラーメンブームと平行するかのように、漫画の内容もその時期の流行を取り入れ、流通のシステム、商店の問題、そして何より「うまい」ラーメンを生み出すための苦労をサラリーマンでありながらラーメンマニアである藤本の視点から描き続けた。
僕はラーメンの美味しさの秘密を知ると共に、漫画ならではのバトルやコミカルな人間関係を楽しみ、読み終えると同時に近所のラーメン屋に入ったものだが、ラーメンという大枠から外れた、小さな恋愛も楽しみだった。それが藤本の同僚でもある佐倉の存在で、彼女はラーメンマニアではないものの、OLならではの「ふつう」の視点でラーメンを発見し、藤本との距離を近づけて来た。だからこそ各話のラストのコマで藤本が佐倉に「プン」と怒られたり、照れて恥ずかしそうに笑う姿に安心してページを進めることができた。
最終巻で主に描かれるのは、商売に徹したプロ中のプロであるライバル芹沢との長いバトルのクライマックス。舞台は「ラーメン100周年」をテーマにしたラーメン勝負。藤本は悩んだ挙げ句、子どもの頃、実家の近所にあるそば屋で食べたラーメンに辿り着く。そこで生まれたのが、審査員が満場一致で評した「懐かしくて新しい」と評したラーメンなのだが、理論と技術で戦う芹沢は納得がいかなかった。彼にとってラーメンは客が喜ぶものであり、それが話題になり、売れれば良いという商売でしかない。そんな彼が自分の目指す味を作った藤本のラーメンを口にした時、自分の作ったラーメンは理想の味であっても、どこか客にウケる要素を残してしまっていたのだと気付き、素直に負けを認めた。流行に流されるのではなく、自分が最初に出会った「おいしい」を、今の位置から見つめ直し、オリジナルな最新の味へと昇華させてしまったラーメンを作った藤本が目指すべきはもう、会社から独立し、店を持ってお客と勝負することだった。
こうして『ラーメン発見伝』は完結への道を辿ることになったが、2話に渡って語られたクライマックスは藤本と佐倉の新たな門出とでも称したい素敵なエピソードだった。冷やかしで入ったお客が一口食べた途端に感動する。しかし、その後に訪れた芹沢の「詰めの甘さを思い知らせてやる」という言葉に完敗させられるが、だからこそ藤本にとっては芦沢は師匠であったと気付かされる物語。「完璧なラーメンなどない」という現実と、苦難を共にしてきた仲間たちと、常に真剣勝負を挑まれる腹を空かせたお客とのバトルを、まとめと出会いで表現し、「これぞ最終回」と納得させてくれるものだった。
ラーメンの奥深さを、楽しく、たまにツンと刺激を伴って教えてくれた『ラーメン発見伝』は完結したが、同じキャラクターたちも登場する『らーめん才遊記』(同)を作者コンビは早くもスタートさせている。当然のことだと思う。藤本というキャラクターは成長し、ゴールを見つけてしまったが、新たなキャラクターでまた違う切り口でラーメンを語ることはできるからだ。『ラーメン発見伝』26巻の裏表紙には「理想のラーメンを具現化するため、一心不乱に努力している人がいる。だから、日本から”ラーメン好き”が消えることはない……永遠に!!(一部略)」とある。まさに、その通り。
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。『あんにょん由美香』が各地で公開中。最新作『ライブテープ インターナショナルバージョン』が東京国際映画祭にて上映決定! ブログ <http://d.hatena.ne.jp/matsue/>
ラーメンの真髄は山よりも高~く、海よりも深~い
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