「彼女が勝手に動いている」マンガ家・三島衛里子と『ザワさん』の不確かで幸せな関係
#マンガ #インタビュー
小学館「ビッグコミックスピリッツ」で連載されているマンガ『高校球児ザワさん』をご存知だろうか。主人公の「ザワさん」こと都澤理紗は、どこにでもいるような普通の女子高生。そんな彼女が、紅一点として強豪校の野球部に所属して日々を送る姿を描いた作品だ。
……と、ここまで書くと、大多数が「主人公が性別の壁を乗り越えて奮闘する熱血スポーツマンガ」を想像するだろう。だが、この作品には、白熱する試合風景や練習シーンなどはほとんど出てこない。描かれるのは、ザワさんと野球を取り巻く何気ない日常だ。
背が高くスタイルも良く、実はかなり美人のザワさん。なのに、本人はいたって無自覚な様子で、無口で無愛想、髪はいつもショートカットで、授業中は寝倒し、練習後に頭から水をかぶったり、スラパン(野球用の下着)で平気で歩きまわったり……。周りの男子は、彼女の無防備すぎる姿に内心ドキドキ。
その徹底的なディテール描写とリアルな生活感が一部で”フェティッシュ”とも評される『高校球児ザワさん』を描くのは、26歳の女流マンガ家・三島衛里子さん。いったいどんな思いで、この作品を描いているのだろうか。
──野球部の女子という設定はもともとあったものなんでしょうか。
三島 いえ、実は昔は野球が嫌いだったんです(笑)。ザワさんというキャラクターの原型は昔から自分の中にありましたが、投稿し始めたころはバレーボール部の設定だったんです。で、「バレーボール初心者だけど中学時代はシニアリーグで野球をやっている子で……」とか考えるうちに、徐々に野球に興味が沸いてきて。
──野球が嫌いだったその理由は?
三島 野球部員って体がデカくて坊主だから怖かったんですよ(笑)。マスコミが作る清純な野球少年のイメージはありませんでした。それに、こっちは興味がないのに、学校全体で「野球部はみんなで応援するもの」みたいな空気があったり……。今では「保護者かよ!」ってくらい、お気に入りのチームを応援しに行ったりしていますが。
──いつごろから、野球が好きになったんですか?
三島 大学卒業後、母校の系列高校がセンバツで甲子園に出たんです。で、友人と卒業旅行のノリで行ってみたら、思いのほか感動してしまったんですよ。学生時代は周りから強制で「応援しろ」と言われたから反発したけど、大人になって行ってみたら、純粋に「いいな」と思えて。それから、この球場に女の子がいたらどうだろう、と考え始めるようになりました。以降、土日となれば、六大学野球を観に神宮に通うようになったり……。
──『ザワさん』で、試合や練習に勝つプロセスを描くことなく、日常を細かく描写するスタイルにしたのは?
三島 もともと私は物事を線じゃなくて点でしかイメージできないんです。それに、ザワさんは(高野連規定で)公式戦には出られませんし、大事なことは些細な日常の努力の積み重ねだと思っています。
──『ザワさん』は常に第三者的な視点で描かれていますよね。主人公を含めた周辺の景色を俯瞰(ふかん)しているような作風も、大きな特徴だと思うのですが。
三島 なんだろうなあ、『ザワさん』は、大人になって「そういえば高校の時、クラスにあんな子がいたな」と振り返るのに近い感覚で作っています。そういう意味では、このマンガは、”私とザワさんの話”なのかも。マンガの主人公というと作者の分身や代弁者だと思われる方もいますが、『ザワさん』は、私とザワさんという人がいて、描いていくうちにザワさんと少しずつ仲良くなる、そんな感覚。だから、ザワさんのキャラも、きっちりと固めていないんです。作品の中で、彼女が勝手に動いているような感じですね。それに、彼女みたいなボーイッシュな女の子が、意外と一人称が自分の名前だったり、練習中に使うタオルが水玉だったり……という発見が楽しいし、私自身がもっと彼女のことを知りたくなるんです。
──以前、あだち充先生が『高校球児ザワさん』を「俳句のような作品」と評されていました。
三島 そうなんですよ。すごく嬉しかったですね。俳句という言葉には、形式美や季節感、余韻、簡潔さなどのニュアンスが含まれていますよね。他人の作品を評する際に、それを一言で端的に表現できる言語感覚を持ったあだち先生は、やはりすごい作家さんなんだなぁ、と思いました。
──今後、『ザワさん』はどんな方向に進もうと考えていますか。
三島 漫画のキャラクターというよりも、一人の女性のあり方を描いていけたらと思っています。『ザワさん』は一話一話の結末に対して、意味や結論を明確に打ち出さないようにしていることが多いので、どんな展開になろうと、読者が色んな感じ方で受け取ってくれればと思います。
──では最後に、三島さんご自身はどのような読者にこの作品を届けたいと思っているのでしょうか。
三島 何かの理由で楽しい高校生活を送れなかった人や、過去を振り返った時に「もっと部活をがんばれば良かった」と思う人。当時の空気感がもう戻ってこないことを知っている人にこそ、ザワさんの日常を見守っていって欲しいですね。
(取材・文=乾千乃)
●みしま・えりこ
1982年、東京都生まれ。「ビッグコミックスピリッツ増刊号Casual」(小学館)2008年6月7日号に読み切り作品『高校球児ザワさん』を発表、大反響を呼ぶ。同年8月の「ビッグコミックスピリッツ」(同)39号より同タイトル作で週刊連載デビュー。現在、コミックス1~2集発売中
胸キュン。
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