何もかもが輝いていた第2世代オタクの青春グラフィティ『8bit年代記』
#本 #オタク #サブカルチャー
劇場版『機動戦士ガンダム』が公開され、新宿アルタ前で行われたイベント「アニメ新世紀宣言」に1万5000人ものアニメファンが集った。YMOが続々と実験的な音楽を生み出し、マイコンが電子の世界の扉を開き、そしてコンピュータ・ゲームという未知の世界がうごめき始めた……。80年代とは、そんな「何か起きそう」なワクワク感と、わずかばかりのいかがわしさに満ち満ちた時代だった。
漫画家、ライター、ゲームクリエイター、ミュージシャン……。様々な顔を持つ謎の才人・ゾルゲ市蔵とは、知る人ぞ知るサブカル界の魔人である。その彼が、80年代とはどういう時代だったのかを当時のオタク少年の目線で描き出したコミックが、『8bit年代記』だ。
70年代初頭に生まれ、思春期にさしかかる時期にゲームやアニメの洗礼を受けた作者の自伝的コミックである本作は、岡田斗志夫が定義した「第2世代オタク」の青春を余すことなく描ききった快作である。
「60年代であれば『ALWAYS 三丁目の夕日』、70年代であれば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』のように、それぞれ世代を総括する作品があるわけですが、80年代にはそうした作品がまだあまり見られなかったので、そこを目指してみよう、と思いました」
ゾルゲ市蔵氏はこのように語る。
当時のゲーム、アニメといったオタク・トピックのみならず、入り浸っていた駄菓子屋のおばちゃんとのなけなしのお小遣いをめぐる血で血を洗う駆け引き、見るからに身体に悪そうな謎のジュース群、ゲーセンにたむろする不良高校生、そして彼らによるカツアゲ……。本作には、80年代のバブリーな時代に青春を送った人なら涙モノのエピソードがてんこ盛りである。
本作の白眉は、主人公たる「ぼく」が高校の美術部で自主制作アニメを制作するくだりである。『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』といったSFアニメが軒並み映画化され大ヒットを記録。そして宮崎駿が『風の谷のナウシカ』を発表し、「もしかしたらアニメが一つのアートとして認められるかもしれない」という希望を、世のオタクが抱き始めた80年代初頭。
当時まだアマチュアだった岡田斗志夫が日本初のSF専門店ゼネラルプロダクツを経営し、庵野秀明や貞本義行が『DAICON FILM』を制作し話題になっていたことを、「情報」として知る人は少なくはないだろう。その一連の成功と名声がGAINAX設立につながったわけだが、もちろん彼らになれなかった若者たちも多くいた。
本作の主人公である「ぼく」もその一人である。
「個人的な印象ですが、荒々しい勃興期から華やかな爛熟期へと移行する、その途上に位置した80年代のオタクには、どこか勃興期へのあこがれと、『一歩遅れてきてしまった』という焦りもあったように思います。高校生で無謀にもアニメ製作にチャレンジするというエピソードも、そうした焦りから生まれたものではないかと思います」(ゾルゲ氏)
「天才になれなかった」当時のオタクの代表である主人公が挫折し号泣する姿は、痛々しく胸に迫るものがある。そして当時、日本全国各地にそういった負け組オタクはごまんと存在していたのだ。
それでも彼らはアニメを、ゲームを愛さずにはいられなかったのだ。これはwikipediaや資料からはとうてい知り得ない生々しい「ドラマ」である。そんなもっともオタクが熱かった時代を生き生きと描き出す本作は、伝説のドキュメンタリー映画『ウッドストック』と同じ存在だといえる。
なお、現在も連載が続くゲーム雑誌「GAMESIDE」誌上においては、今後は80年代末のファミコンブームが描かれるようになるという。そうなると「ドラクエ3発売」、「M君事件」といったオタクにとって避けて通れない事件も描かれていくだろう。そこで「ぼく」の内面や生活がどのように描かれるか。個人的にはその辺りが非常に楽しみである。
単なる懐古趣味ではなく、当時のリアルなオタク像をビビッドに描き出した『8bit年代記』。本作は、ゾルゲ市蔵氏も語るように、「同じ時代をすごした戦友たる80年代のオタク。そしてできれば、オタクを生み出した70年代、文化として完成させた90年代、そして今まさに終わろうとしている00年代のオタクに」ぜひ読んでもらいたい一冊だ。
(文=有田シュン)
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