天才アスリートの逝去 フジヤマのトビウオは水泳界の異端児だった
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個性的な泳ぎ方で戦後の動乱期に「フジヤマのトビウオ」と呼ばれて活躍した天才スイマー、古橋広之進氏がこの8月に逝去。お別れ会が14日、都内葬儀場で行なわれた。男子平泳ぎ五輪で二大会連続金の北島康介氏が弔辞を述べる中、プロ野球ソフトバンクの王貞治会長ら2,000人を超える弔問者が古橋氏の生前を偲んだ。
日本スポーツ史の中で数々の天才アスリートが世界へ羽ばたいたが、古橋氏の”天才度”は異彩を放っていた。それを顕著に表したのが、世界中の誰もが真似できない独特な泳法だった。
「従来の美しい6ビートの泳法とは変わって頭を水に突っ込み、腕は押しっ放しで叩きつける様に水に入れていく、一見ガムシャラな変則的4ビートの泳法である」(日本体育協会編「スポーツ八十年史」より)。あまりの妙な泳ぎ方に「あんな泳ぎ方じゃ」とダメ出しする専門家も多かったが、世界新を連発する前に誰もが沈黙せざるをえなかった。
しかし第二次大戦後、敗戦国の日本は懲罰措置としてあらゆるスポーツの国際組織から除名され、国際大会への参加はもちろん、戦後第一回目の五輪となるロンドン大会へも参加が許されなかった。その間も古橋ら日本の若手陣は国内レースで世界新を次々に更新していたが、国際水連から除名されている日本が”勝手に”開催する大会記録は、公式記録としては全て無視された。業を煮やした日本水連は、ロンドン大会の水泳競技と同じ日の同じ時間に神宮でレースを行い、海を挟んだ五輪会場とタイムで競争しようと画策。その期待通り、”裏オリンピック”の神宮大会で日本選手は驚異的な記録を連発したのだ。
まず、1500m自由形で古橋と橋爪四郎がデッドヒートを繰り広げながらほぼ同時にゴール。僅差で勝利した古橋の記録は公認世界記録を21秒8も上回る18分37秒で、同じ日にロンドン大会で金メダルを獲ったジェームス・マクレーン(アメリカ)の19分18秒5を40秒以上も上回るという、ありえない大差の勝利だった。古橋は400m自由形でも4分33秒の世界新を記録し、同じく金メダリストのウィリアム・スミス(アメリカ)の4分41秒を圧倒。日本水連の作戦は見事に成功したかにみえた。
ところが、今でいう北朝鮮のような扱いを受けていた日本が発信するニュースを世界は完全無視。報告を聞いたロンドン会場は、「そんなタイムはありえない!」「日本のプールが短いのだ」「ストップウォッチも精度が低い」と嘲笑。極東のジングウで行なわれた”日本マンセー”の裏大会は、こうして世界から完全に黙殺されたのである。
古橋が「フジヤマのトビウオ」のニックネームで海外から絶賛されるのは、日本が国際水連に復帰する翌1949年以降。同年ロサンゼルスで行なわれた全米水上選手権に古橋と橋爪は出場し、まず橋爪が1500m自由形で世界新を出し、その後、古橋がさらにそれを更新するという派手な日本流パフォーマンスで実力を証明した。まだ反日感情が渦巻くアメリカで、応援にかけつけた日系人の中には号泣するものもいたという。
自らの信念で生み出した独特な泳法で世界中を震撼させた古橋氏。個性的な振り子打法でイチローが野球界に表れる50年以上も前に、時代は古橋という天才を誕生させていたのである。古橋氏のご冥福を心よりお祈りしたい。
(文=浮島さとし)
戦後の日本を支えた天才アスリート
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