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ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」vol.10

『天使のはらわた』マンガ家・石井隆が描き出す、女の”性”と”業”

tenshinoharawata.jpg『天使のはらわた』少年画報社

童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。

 石井隆を人に薦めると、ほとんどの場合「映画監督でしょ?」と返される。うん、確かに間違ってないし、僕も最初の出会いは大竹しのぶと永瀬正敏と室田日出男による壮絶な三角関係を描いた『死んでもいい』(92年)だったし。また、眼帯をつけたビートたけし(バイク事故後に撮影された為)が雨の中、スウェット姿でビニール傘を持ち、根津甚八や本木雅弘に向けて銃を乱射するシーンは未だに日本映画で「最新の」衝撃とあえて断言したい『GONIN』(95年)や、杉本彩と共犯関係を結び、徹底したSM描写で映倫とマスコミを挑発した『花と蛇』(04年)も素晴らしかった。映画監督としての石井隆は映画ファンなら誰もが認める才能。

 また、キャリアのスタートは劇画だったというのも有名な話。しかし、僕より下の世代、つまり20代の若者にとっては「あ、『花と蛇』のヒトね」になってしまっている。実際、大きめな書店に行っても著書がない。石井隆の漫画はいつでも「簡単に」手に取られなければいけないのに。これではいけない、絶対にいけない。伝説にまで昇華された”名美”の物語をぜひとも知り、読み、震えて欲しいのだ。だからこそ僕は古書店で、『天使のはらわた』を見つけては保護し「読め」と語り継いでいる。これはもう義務であり覚悟。それだけの、物語だから。

 例えば「白い汚点」。出前持ちの名美をぜんそくの男が犯してしまうが、彼女は彼を田舎の祖父と重ね、そんな強引な出会いさえも受け入れてくれる。しかし、そんな物語は彼が死にながらに見た妄想でしかなく、アパートで亡くなっている彼を名美が「かわいそ~」と呟いて、エンド。

 また、かつてブルーフィルムに出演させられてしまった名美が、それを見た男に強請られると勘違いし、撮影時と同じように男をカミソリで刺してしまう「蒼い閃光」や、子供が出来た途端に男に捨てられた名美が公園で己の腹を裂き、想いを伝える「水銀灯」。多くの代表作が短編なのは、こういった悲劇の物語がクライマックスでは見開きの一枚絵で表現され、読み手にカタルシスとして伝わるからだろうと思う。

 石井隆作品を何度も読んでいる者にとっては「待ってました」と声を上げたくなる程の「決め絵」。僕は石井隆が主に活躍していたエロ劇画を知らないので、これらの作品とは短編集や自選集で出会ったのだが、スケベな気持ちで読んでいた70年代の読者はハッと息を飲み、エロ気分を一気に醒めさせられたことだと思う。僕はそんな同志に対し、時を超えて嫉妬する。そんな体験をしてみたかった。しかし、作品単体として接した世代でもある僕はエロ劇画を、新作として出会うことが出来た。これはこれで幸福な出会いだったと思う。

 僕が石井隆の漫画を若い世代にも読んで欲しいのは、作品の中で扱われるセックスやレイプが単に女性を一方的に責める行為だけでなく、場合によってはより関係が深くなるコミュニケーションであったり、または女性が男性を圧倒してしまう逆転の構図になってしまうからだ。だからこそ一線を超えようとする男女のアドレナリンが頂点に達した瞬間を、独特のローアングルから覗き、決める石井隆の視点を僕は絶対的に信用したい。他者から見れば悲劇であっても、当人たちにとっては確実でかけがえのない時間であれば、それは誰にも否定出来ないことを石井隆作品から僕は学んだ。それは教科書や当たり前に流通する書物からは知れない、大切な情報だったと思う。だからこそ古書店で購入したカビ臭い一冊をクシャミをしながら読むのも、「この話、3冊はダブってるな」と気付くのも、読んでない一話の為に5,000円を払って買うのも惜しくない。

 ……と、今回の原稿を書き、Amazonをチェックしてみたら、僕が最初に買い、「死んでもいい」のシナリオと画コンテに驚愕し、ファルモグラフィーを読んでまだ見ぬ石井隆作品に憧れた名著「名美 Returns」が定価の一割程度の値段だった。

 やはり「いけない」と思う。
(文=松江哲明)

松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。新作『あんにょん由美香』がポレポレ東中野、名古屋シネマスコーレなど各地で公開中。『ライブテープ』が近日公開予定。ブログ<http://d.hatena.ne.jp/matsue/>

天使のはらわた

震えて。

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●連載ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」
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最終更新:2009/09/26 02:40
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