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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.33

“女神降臨”ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』

kuukiningyo01.jpg業田良家の短編集『ゴーダ哲学堂 空気人形』をペ・ドゥナ主演で映画化。
鉄腕アトムが”科学の子”、大魔神が”怒りの権化”として生を受けたように、
空気人形は”恋人の代用品”としてこの世に生まれた。
撮影/瀧本幹也(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会

 泣ける四コマ漫画『自虐の詩』で知られる業田良家のわずか20ページの短編コミックに、『誰も知らない』(04)、『歩いても歩いても』(08)の是枝裕和監督が息を吹き込み、魅力的なひとりのヴィーナスが誕生した。『空気人形』のヒロイン・空気人形を演じる韓国の実力派女優ペ・ドゥナの裸体が眩しい。15世紀にボッティチェリが描いた名画『ヴィーナスの誕生』は貝殻の上に生まれた初々しい女神を神々が祝福しているが、ビニールでできたヴィーナスは独身の中年男・秀雄(板尾創路)の万年床の上で生まれる。誰からも祝福されるわけではないが、生まれたばかりで濁りのない彼女の瞳には雨上がりの都会の朝はとてつもなく輝いて映る。本作が内包している社会的テーマはとりあえず置いといて、何はともかくペ・ドゥナの美しい裸に目を奪われる。また、それが本作の素直で正しい接し方だろう。

 山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(05)でブルーハーツを熱唱し日本でも人気のペ・ドゥナは、韓国ではすでに『プライベートレッスン 青い体験』(01)、パク・チャヌク監督の『復讐者に憐れみを』(02)で大胆なヌードを披露しているが、出演作ごとに瑞々しさを失わない希有な女優だ。大河コミック『ガラスの仮面』の天才女優・北島マヤは作中劇で瞬きをしない人形を演じたが、ペ・ドゥナも空気人形が心を持った瞬間の静から動への切り替わり、また空気が抜けて萎んでいく姿を巧みに演じる。官能的という点では、ペ・ドゥナに軍配を上げていいかもしれない。

 2006年にサイゾー本誌でペ・ドゥナをインタビューした際に、韓国版『リング』(99)の貞子役で映画デビューしたことに触れると、「真冬の撮影で、井戸の中の冷たい水の中に長時間潜っていました。死体の役だったので、息もできなかったんです。でも、お陰で免疫ができました。デビュー作でハードな目にあったんで、その後どんな役を演じてもヘッチャラなんです」とケラケラと笑いながら答えてくれた。

『リンダリンダリンダ』のヒットで日本からのオファーも多いでしょ? と尋ねると、「日本は大好きだけど、日本語があまりうまくないんで、どうしても役が限られちゃうんです」と一転して、しょげた顔を見せる。表情がクルクルと変わり、ひと時もインタビュアーとカメラマンを退屈させない。チャーミングでクレバーな女性だった。映画監督なら一度は起用してみたい女優だろう。たどたどしい会話しかできない空気人形の役は、是枝監督がペ・ドゥナの初主演作『ほえる犬は噛まない』(00)を観て以来、彼女を日本に招くために探し続けてきた役と言える。そして、ペ・ドゥナは監督のそういう想いを汲み取って、どんな役にも染まってみせる”よりしろ”のような女優なのだ。

kuukiningyo02.jpg恋人に振られた痛手から生身の人間を愛せなくな
ってしまった秀雄(板尾創路)。『女の子もの
がたり』の継父、『蘇りの血』(12月公開)の
あの世の門番とどの作品でも秀逸な芝居を見せ
ている板尾は、もはや名優と呼んでいい存在だ。

 人間を愛せなくなってしまった秀雄に毎晩愛され続けた空気人形は、その結果持ってはいけない”心”を持ってしまい、街へと飛び出す。やがて空気人形はレンタルビデオ店で働き始める。バイト仲間の純一(ARATA)をはじめ、街の人たちは人間のふりをした彼女をすんなりと受け入れる。それは、みんな心の中は空っぽで、空気人形と似た者同士だから。ただ違うのは、生まれたばかりの空気人形には世界は美しく感じられるのに、街の人たちは大人も子どもも人間関係に疲れ、なるべく本音は表に出さないように生きている。ひとりぽっちは嫌だけど、他人から傷つけられるのはもっと嫌だから。そのうち人間たちは隠していた心をどこに仕舞っていたのか忘れてしまい、本当に空っぽになってしまう。ドーナツのように穴が空いていることが当たり前になり、もう誰も気にしない。

 映画『空気人形』は再開発から取り残された東京の湾岸地帯に暮らす人々のコドクな生活を俯瞰して描いた物語だ。その一方、地球の裏側では自分の信じる神さまと愛する家族を守るために血を流し続ける人たちがいる。フィクションの映画を観ることで辛うじて自分に感情があることを確認している人間と、愛するもののために赤い血を流す人間と一体どちらが幸せなのか。もしも空気人形が戦場で生まれたのなら、銃撃戦の閃光や瓦礫と化した廃墟を見て、美しいと感じるのか。心が空っぽになってしまった人間には、もはやその答えはわからない。

 是枝監督の意欲に触発されたかのように、原作者の業田良家は『空気人形』とモチーフの通じる『新・自虐の詩 ロボット小雪』(竹書房)を2008年に発表している。主人公は恋人用ロボット。空気人形はおへそから空気を吹き込むようになっていたが、ロボット小雪もおへそから充電する。その姿がすごくセクシーだ。持ち主である高校生の拓郎やその友人たちと一緒に過ごすうちに、小雪もやはり”心”を持ってしまう。汚れのない心を持つ彼女は人間社会の矛盾点に憤り、政府当局から危険物と目される。闘うことを忘れた人間の代わりにロボットたちが乾いた血を流す、哀しい革命の物語だ。空気人形もロボット小雪も、余計な心など持たなければ半永久的に形状を維持できたのに、それでも空気人形も小雪も自分に寿命があることを笑顔で受け入れる。死ぬということは生きていたという証だからだ。

 ”よりしろ”としての人形やロボットにどれだけ愛情を注げば、心が宿るのだろうか。その答えはファンタジー作家に委ねるとして、その逆のパターンはありうると即答できる。人間を動物扱い、物扱いすれば、その人間は簡単に動物や物に変貌していく。そして、そのように扱った家族や上司や教師たちに動物のように噛み付き、鋭利な刃物のように突き刺さっていく。やはり空気人形と人間は限りなく似た存在らしい。
(文=長野辰次)

kuukiningyo03.jpg
●『空気人形』
原作/業田良家『ゴーダ哲学堂 空気人形』(小学館、竹書房) 監督・脚本・編集/是枝裕和 撮影監督/リー・ピンビン 出演/ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、オダギリジョー、髙橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真里、寺島進、富司純子 配給/アスミック・エース 9月26日(土)より渋谷シネマライズ、新宿バルト9ほか全国順次公開 R15+ 
http://www.kuuki-ningyo.com

頑張れ!グムスン

ペ・ドゥナ出ずっぱり。

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最終更新:2012/04/08 23:08
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