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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 本・マンガ  > 天才いましろたかしが描いた「せつねぇ」子ども向け漫画『化け猫あんずちゃん』
ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」vol.09

天才いましろたかしが描いた「せつねぇ」子ども向け漫画『化け猫あんずちゃん』

bakeneko_anzu.jpg2006年から「コミックボンボン」で
連載されていたが、同誌の休刊に伴って
連載も終了。惜しい。

童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。

「♪ばーけ、化け猫あんずちゃん。何処にいたっておんなじだなんて言えない、言わないの草成寺。ご褒美はうずらです」。ミックスナッツハウスというバンドが歌う、このへんてこりんなリズムを音符さえ読めない僕には伝えられないが、一度聞いたら頭から離れないことは確実で、特に「いえない、いわないっの、そーせーじっ!」が個人的ヒットだったせいか、自転車の運転中に叫んでしまい、道歩くOLさんにギョッとされたこともある。驚かせてごめんなさい。けど、そんな時こそ漫画の中のあんずちゃんのように「ニャッハッハッ」と笑おうではないか。

 いましろたかし作品は2度も映画化された『デメキング』(太田出版)、狩撫麻礼節が炸裂する『ハード・コア 平成地獄ブラザーズ』(エンターブレイン)、釣りと漫画と日常のあれこれで人生をサバイブする方法を教えてくれた『釣れんボーイ』(同)と、どれも最高なのだが『化け猫あんずちゃん』(講談社)には誰もが「はじめて」手にしたあの頃の漫画の匂いが充満している。ミニ四駆の特集を目的に買った「ボンボン」や「コロコロ」に載っている一話読み切りの、変わったキャラと子どもとのちょっとしたエピソード「だけ」のほのぼの漫画。『ドラえもん』とはちょっと違う『21エモン』のような。しかし子ども向けだからといってあなどれない。いましろたかしが化け猫を通して今を生きる人間を描いている以上、「せつねぇなぁ」としみじみ呟きたくなるようなキメ画は満載。入学前のガキんちょがこんなんに慣れてしまったら、説明過多な漫画ばかりの少年誌に物足りなさを覚えてしまうだろうな、と思う。これぞ教育。

 最近、漫画を読むスピードが、ジャンプコミックスを1時間近くかけて熟読していた小学生の頃と比べてグンと上がってしまった。200ページ以内の単行本なら20分から30分あれば十分。これまで何千冊と漫画を読んできてしまったせいか、ほとんどの展開は先が読めるようになってしまった。だが、その中でも何度も読み返したくなったり、いつまでも押し入れ行きにならない魅力的な作品で徹夜しようじゃないか、というのが本連載のテーマだったりするのだが、僕は『化け猫あんずちゃん』がここ最近ではもっとも読み返した1冊。すでに何度もめくったページがちょっとだけ変色している。なんだか本が育ってきてるようで嬉しいな。

 あんずちゃんの日常に大きな事件がないように、画の書き込みだってそんなにない。それでも僕らの目をいつまでも楽しませてくれるのはあんずちゃんの表情や登場人物たちの愛嬌。大好きなコマはたくさんあるのだが、たとえばお祭りでイカ焼きのバイトをしているあんずちゃんに、ガキんちょ仲間が「イカ下さい」と登場。なぜかホロ酔いな化け猫はイカを地面に落としてしまうが、「火が通ってりゃ大丈夫だから」とタレを付けて焼いてしまい、彼らも「ウイッス、平気っす」なんて言ってるのだ。その寸前に時間が止まったかのような黒い空気が、お面を乗っけた彼らの頭上に立ちこめているのがタマラナイ。またインキンになったあんずちゃんが、座布団に座って軟膏を塗ってる姿も可愛らしいし、大切な自転車を盗まれ、川に捨てられていたのを発見し、落ち込んで涙ぐむのにはキュンとなってしまった。つまり、あんずちゃんは僕らの失敗を代弁しつつも、「どーでもいいじゃん」と笑い飛ばす勇気と呑気を併せ持つ、非常に羨ましい化け猫なのだ。だからこそ僕はいつまでもあんずちゃんを眺めていたい、と思ってしまうのかもしれない。

 僕は結婚も子どもを作る予定もないが、もし男の子が生まれたらあんずちゃんを読ませたい。「オバケの話だよ」と言ったら興味を持ってくれそうだし。そしたらあんずちゃんや妖怪や和尚さんたちの動きや表情を2人で「ニャハッハッ」と笑いあいたい。その頃は例のテーマ曲が流れる、着ぐるみのあんずちゃんが活躍する実写版がテレビで放送されてたらいいのにな。

 もしくは僕もあんずちゃんみたいに宝くじで3億円が当たったら速攻で撮っちゃうと思う。うん。
(文=松江哲明)

松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。新作『あんにょん由美香』が7月11日よりポレポレ東中野でレイトショーにて公開中。『ライブテープ』が近日公開予定。ブログ<http://d.hatena.ne.jp/matsue/>

化け猫あんずちゃん

いましろたかしの新境地

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最終更新:2009/09/03 17:00
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