“おねマス”のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』
#DVD #パンドラ映画館
上島が47歳にしてサーフィンに挑む、潮風の匂いが詰まった
“サーフ・ドキュメンタリー”だ。©2009 PONY CANYON INC
今、男たちの心を密かにときめかせているのが深夜のバラエティー番組『おねだり!! マスカット』(テレビ東京系)だ。蒼井そら、みひろ、吉沢明歩、Rioらセクシーアイドルたちが体を張った大ボケギャグをかます、週に一度の30分間が待ち遠しい。恵比寿マスカッツと命名された彼女たちの”素”の面白さを存分に引き出しているのが演出家のマッコイ斉藤氏。『天才・たけしの元気がでるテレビ』(日本テレビ系)でディレクターデビュー以降、本物の暴走族、ヤンキー、チーマーたちを出演させた『すれすれガレッジセール』(TBS系)などの過激なバラエティー番組を手掛け、”深夜のカリスマ”と呼ばれている男だ。
「30分番組の『おねマス』は2時間程度の収録ですが、リハーサルには3~4時間かけているんです。女の子たちの面白い”素”の部分を引き出すのには、ずいぶん時間がかかります。まずボクが『この子、面白いなぁ。こんなことやらせたら、おかしいだろうなぁ』と思うところから始まるんですよ。番組開始から数カ月経って、ようやく面白さが出てきたところじゃないですか」とマッコイ氏は語る。自分が「面白い!」と思う対象物を、自分ならではの独自のメソッドで輝かせる。まさに、”ディレクターズ愛”である。『おねマス』の女の子たちも、その愛に応えようと、さらに張り切る。張り切り過ぎて空振りしてしまう姿さえ、観てる側はチャーミングに映る。『おねマス』は電波越しに”愛”が伝わってくる今どき貴重なテレビ番組なのだ。
マッコイ氏が『おねマス』とは別に、深~い愛情を注いでいるのが、ダチョウ倶楽部の上島竜兵。「情けなくて、くだらない笑いをやらせたら日本一。いや、世界でもトップクラス。彼こそはジャパニーズ・チャップリン」とマッコイ氏は、上島竜兵の芸風と人柄を愛してやまない。上島竜兵主演による『実録ドキュメント!? その時…上島が動いた』(07)、『ノーマニフェスト for UESHIMA 』(08)と2本のオリジナルDVDを作っただけでは飽き足らず、サーフドキュメンタリー『上島ジェーン』を撮り上げ、この春劇場公開までしている。
『その時…上島が動いた』は、上島竜兵がおのれの芸人キャリアの全てをぶつけて暴走族と対決するヒューマンドキュメンタリー(一部演出あり)。北野武監督作『座頭市』(03)を思わせる圧巻のエンディングが笑いのカタルシスを呼ぶ作品だ。上島竜兵が村長選に立候補する『ノーマニフェスト』は昨今の”タレント議員”ブームに一石を投じた政治ドキュメンタリー(一部演出あり)。「選挙は祭りだ!」と竜兵会の若手芸人を連れ出して、真夜中に選挙カーで村に繰り出すシーンはおかし過ぎて、涙が出てくるほどだ。そして第3弾となる『上島ジェーン』では、上島竜兵はまるで泳げないのに無謀にもサーフィンに初挑戦するのだった。
上島竜兵と有吉弘行。親切な地元のサーファー
たちとの、ひと夏の交流が始まる。上島を的確
に面白い方へと転がしていく有吉の好リード
ぶりも光る。
リアクション芸の毎日に、ある日疑問が生じたのか、上島竜兵は竜兵会の番頭格である有吉弘行を誘って、千葉県九十九里浜でひと夏を過ごすことにする。「地球を感じたい」とサーフィン用具一式を買いそろえる上島だが、長年の付き合いである有吉には、上島がただ女の子にモテたいだけなことは見え見えだ。さっそくビーチで知り合ったサーファーガールの妹に想いを寄せる上島竜兵(47歳)。ここで観てる側は、この作品は単なるサーフドキュメントではなく、丘サーファーがビーチ育ちの可憐な女の子に恋をして、本物のサーファーになろうとあがくダメ男の純情ストーリーであることに気付く。王子さまに恋をしたばかりに人間になろうとして、海の泡と消えてしまった哀しい童話『人魚姫』の上島竜兵ヴァージョンなのだ。
ふつうのドキュメンタリーなら、主人公が女の子のハートをつかもうと懸命にサーフィンの練習に励む様子をカメラが追うはずだが、そこは上島竜兵(47歳)。努力をしないで、楽して女の子とお近づきになろうとする。さらにはサーフボード工房を見学中に高価なサーフボードを壊してしまい「有吉に連れられて嫌々来た」と見苦しい言い逃れをし、サーファーたちが和やかに波乗りしているところをジェットスキーで駆け回り、ひんしゅくを買うや「運転していたのはボクじゃありませんから」と大人げない言い逃れをする。ここまで人間の弱さ、嫌らしさ、だらしなさを振り撒きながら、観てる側に笑いとして提供できる芸人はそうそういない。
漫画家・西原理恵子の自伝的劇映画『女の子ものがたり』(8月29日公開)にも上島竜兵は出演しており、ここでも素晴らしいダメ男ぶりを披露している。ダメ男なりに家族を愛しているが、その愛し方がまた間違っているという輪を掛けた悲惨なダメ男キャラクターで、短い出番ながら強いインパクトを残す。『ファーゴ』(96)、『ノーカントリー』(07)でアカデミー賞を獲ったコーエン兄弟から、いつオファーが来てもおかしくないなと思わせる名優ぶりだ。ダメ男をやらせたら、上島竜兵のもう独壇場である。
やがて夏も終わりに近づき、上島竜兵のひと夏の恋物語は衝撃的なクライマックスを迎える。ネタばれになるので詳細は触れないが、不謹慎極まりなく、かつ上島竜兵ならではの爆笑エンディングとだけ言っておこう。
『上島ジェーン』は”サーフドキュメント”と謳っているが、一部フィクションを加えた”フェイク・ドキュメンタリー”と呼ばれるものだ。「確かに『上島ジェーン』には演出が入っていますが、でも映像の8割はリアルなものなんです。有吉くんやサーファーたちには演出を伝えましたが、上島さんにはラストを隠した構成台本しか渡してないし、細かい演出はしていないんです」とマッコイ氏は語る。
ドキュメンタリーで演出を加えたことが明るみになると”やらせ”として問題となるが、それがドラマならば「優れた作劇術、演出力」として評価される。では、ドキュメンタリーとドラマの境界線はどこにあるのだろうか。マッコイ氏はそんなボーダーラインを果敢に鋭く攻め込んでいく。
「スポーツドキュメントが好きでよく観るんです。球団を解雇されたプロ野球選手がトライアウトを受ける姿を追ったドキュメントは、観てる側もドキドキしますよね。球団からの結果報告の日、奥さんが見守る中で電話が鳴る。採用か不採用か。どちらにしても感動のシーン。でも、そこでボクは考えてしまうんです。電話を掛けてきたのがキャバクラ嬢で『また、遊びにきてよ~』という場違いな営業電話だったら笑えるよなぁと。感動ドキュメンタリーの中に、ちょっとフェイクを加えることで、これまでになかった新しい笑いが生じると思うんですよ」(マッコイ斉藤氏)。
愛する上島竜兵のためにマッコイ氏が用意した、とっておきのエンディングとは、どのようなものか。マッコイ氏のディープLOVEが詰まったDVD『上島ジェーン』にぜひ手を伸ばしてみてほしい。
(文=長野辰次)
●『上島ジェーン』
企画・監督/マッコイ斉藤 脚本/藤谷弥生 出演/上島竜兵、有吉弘行、清宮佑美、渡辺奈緒子、南まりか、鵜澤清永、森山鉄平、深沢直樹、徳田昌久 製作・発売・販売/ポニーキャニオン
8月19日(水)よりDVDリリース。税込3,990円。
ひと夏のおもひで
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