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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.27

究極料理を超えた”極地料理”に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』

nankyoku_main.jpgインターネットも通じない厳寒の「南極ドームふじ基地」で1年半を過ごす
男たち8人の脱力ライフを描いた『南極料理人』。堺雅人、きたろう、
生瀬勝久といった一流の素材を見事に調理してみせた新鋭・沖田修一監督
の演出手腕が光るコメディだ。(C)2009『南極料理人』製作委員会

 世界最高のグルメレストランは、何と南極大陸にあった! 映画『南極料理人』の舞台となる「南極ドームふじ基地」は、南極大陸沿岸部の「昭和基地」より1,000kmも内陸にあり、標高3,810m、平均気温マイナス54℃でペンギンやアザラシはおろかウイルスさえ存在しない過酷極まりない完全なる陸の孤島。狭い基地内で1年半も過ごす8人の男性隊員たちにとって、唯一の楽しみは1日3食の賄い飯。当然、生野菜や生卵といった生鮮食品はなく、冷凍品や乾燥品、缶詰をアレンジしたものが中心となる。だが、その分食卓に並ぶアイデアを絞りに絞ったメニューが堪らなく美味しそうだ。原始人が食べるマンモスの肉を彷彿させる肉汁たっぷりの豪快ローストビーフ、伊勢エビを丸ごと揚げてエビミソをタルタルソースにあえた特大エビフライ、純度の高い南極の水でゼロから練り上げた特製手打ち南極ラーメン、そして郷里を思い出させるホッカホカの豚汁&イクラ入りのおにぎり……。夏の暑さに食欲が減退気味なことなどすっかり忘れてしまうほど、喉が唸るような逸品料理が次々と登場する。

 原作は1997年の第38次南極観測隊に調理担当として参加した西村淳氏のエッセイ『面白南極料理人』と『面白南極料理人 笑う食卓』(ともに新潮文庫)。実際のドーム基地で大人気だったという三谷幸喜脚本の『王様のレストラン』(フジテレビ系)ばりのグルメドラマであり、高倉健主演の『南極物語』(83)同様のノンフィクション的な面白さに加え、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』(82)さながらの極地に閉じ込められた男たちの恐怖心理も描き、また『ジャージの二人』(08)の堺雅人をはじめ、きたろう、生瀬勝久ら舞台出身の実力派俳優たちが絶妙のアンサンブルを披露する上質のシチュエーションコメディでもあるのだ。

nankyoku_sub01.jpg手前にあるのが「伊勢エビの巨大フライ」。
ドーム基地で実際に作られた料理だが、隊員
たちには「遠近感が狂う」と不評だったそうだ。
劇中に登場するメニューの数々は、『かもめ
食堂』(06)のフードスタイリストたちの手
によるもの。

 グルメ映画の代表作、伊丹十三監督の『タンポポ』(85)では食事を摂る行為=官能シーンとして描かれていたが、本作では一種のアクションシーンとなっている。『カンフーシェフ』(DVDリリース中)の加護ちゃんみたいに食材を武器に大暴れするわけではないが、8人の隊員たちがずらりと並ぶ食堂は、男と男の本音がぶつかり合う戦場と化す。海上保安庁から派遣された本作の主人公・西村(堺雅人)は、隊長(きたろう)や雪氷学者(生瀬勝久)らの単調極まりない観測生活に楽しみと刺激を提供しようと、狭い厨房内で創意工夫を凝らし、決して美食家ではない隊員たちに喜んで皿に箸を延ばしてもらえるかどうかという戦いに日々挑むのだった。南極の祝日ミッドウィンター(冬至)にはフレンチの豪華フルコースが登場するが、実際の日本の越冬隊でも伝統行事となっているとのこと。極地でいただく赤ワイン付きのディナーは、ミシュランに載ることのない至高の味に違いない。

 カラフト犬とアザラシが壮絶な戦いを演じる『南極物語』のような大事件は本作では起きず、世間から隔離された男たちのだらしない生活がもっぱら描かれるが、それでもインターネットも通じないドーム基地を様々な難問が襲い掛かる。その1つが、ラーメンを巡るトラブル。隊長をはじめラーメン好きな隊員たちが夜な夜なインスタントラーメンを食するため、備蓄していた膨大な量のラーメンはたちまち底を尽いてしまう。越冬半ばでラーメンがなくなったことを知った”ラーメン依存症”の隊長は人前で泣き出す始末。そこで苦心の末に発案されたのが、ラーメンづくりに欠かせない”かん水”の代用品としてベーキングパウダーに水と塩を足して麺を打った特製手打ち南極ラーメン。ちぢれた手打ち麺が丼の中でゆらゆらと揺れる澄んだスープは、まるで朝焼けの海のように黄金色に輝いている。丼を飲み干した隊長は、その美味しさに再び泣き出す。

 崔洋一監督の『刑務所の中』(02)でも、受刑者(山崎努)たちの食べるおせち料理が妙にうまそうだったことを思い出す。高価な食材を使った有名店の高級料理はイチイチ頭で納得しながら味わうものだが、外界から遮断された飢餓状態の中でようやく巡り逢った”心尽くし”はダイレクトに人間の胃袋と心を満足させる。次々とお代わりを要求する隊員たちの表情に、西村シェフも喜びを隠せない。食卓の上で、しばし幸福のラリーが続けられる。

 しかし、ドーム基地をさらなる大きな恐怖が包み込む。南極点付近では白夜の反対で、1日中太陽が昇らない”極夜”という状態が4カ月も続く。外の気温はマイナス80℃にまで下がり、基地内に完全に閉じ込められてしまう。前半は、まるで修学旅行にきた男子校の生徒たちのように和気あいあいだった8人だが、極夜が訪れた後半は一転して相手の悪癖ばかりが目に入るダウナー状態に突入。太陽のない生活に平常心が保てなくなるのだ。そんな中で、男たちの心の唯一の支えとなるのは、日本にいる家族や恋人と過ごした温かい思い出だ。日本では妻(西田尚美)が鶏の唐揚げをカラッと揚げられないことに難癖をつけていた西村だが、ふいにその唐揚げのマズさを思い出して泣き出してしまう。極地で暮らす人間には、家族が作るマズい料理でさえ掛け替えのない温かい思い出なのだ。

 劇中では朝の体操の時間、ビデオ録画された「テレビ体操」のおねえさんたちのレオタードの色が変わっただけで男たちが静かにどよめくシーンが盛り込まれているが、やはり下世話な人間としては閉鎖された環境で暮らす男たちの下半身事情が気になるところ。原作者の西村氏が参加した第38次観測隊には、オブザーバーとして”不肖・宮嶋カメラマン”こと宮嶋茂樹氏も同行しており、ダッチワイフの麻衣ちゃんを南極まで持ち込んだことを『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』(新潮社)で述べている。しかし、ドーム基地に麻衣ちゃんを連れてきたまではよかったものの、氷点下の世界は都会育ちの麻衣ちゃんには合わなかったらしく、せっかくの柔肌はバリバリとなり、あわれ再起不能となったとある。

 また『南極第一次越冬隊とカラフト犬』(教育社)には、タロジロ物語のモデルとなった1956年の第1次南極越冬隊に”ベンテンさま”と呼ばれるマネキン人形が帯同していたことが記述されている。そのベンテンさまは基地から離れたイグルー(氷の家)の中に鎮座され、参拝するにはまず氷を削って水にする作業から始め、さらに沸いたお湯でベンテンさまの大事な部分を人肌に温めないといけないなどの不便さがあり、結局ベンテンさまは活躍の機会がないまま帰国したらしい。極地の過酷な環境は生き物だけでなく、ラブドールたちにも厳しかったのだ。

 見渡す限り真っ白な南極大陸の光景を、北海道・網走ロケでうまく再現した映画スタッフの手腕に感心させられるが、多分予算の関係で割愛されただろう任期を終えた越冬隊が雪上車orヘリコプターに乗って、残される隊員たちと別れを惜しむ様子が最高に感動的であると原作『面白南極料理人』にも『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』にも書かれている。ダッチワイフの麻衣ちゃんを連れ込むなどして、現地でひんしゅくを買っていた宮嶋氏でさえ、自分たちに向かってちぎれんばかりに腕を振り続ける隊員たちの姿に号泣している。たとえ気の合わない人間だとしても、悪口や不満の対象となる人間がいなくなることすら残される側にとっては辛いらしい。去る側も残される側が1年以上もその環境に耐えなくてはいけないことを想い、そのことを理解している自分たちが立ち去ることに胸がいっぱいになるとのこと。

 大気の汚れがなく、氷の結晶もデカい南極という環境は、人間を極限状態に追い込むのと同時に、純化させる魔力も秘めているようだ。
(文=長野辰次)

nankyoku_sub02.jpg

●『南極料理人』
原作/西村淳
監督・脚本/沖田修一
音楽/阿部義晴
出演/堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補、西田尚美、古舘寛治、黒田大輔、小浜正寛、小野花梨、小出早織、宇梶剛士、嶋田久作
配給/東京テアトル
8月8日(土)よりテアトル新宿にて先行ロードショー
8月22日(土)より全国ロードショー
http://nankyoku-ryori.com/

面白南極料理人

原作本

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最終更新:2012/04/08 23:07
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