悪意と善意が反転する”仮想空間”細田守監督『サマーウォーズ』
#アニメ #邦画 #パンドラ映画館
俳句に季語があるように、光源を命とする映画にも季語が存在する。太陽の光が最も強くなる夏の映画ならば、”性と死”がモチーフとなる。『時をかける少女』(06)のスマッシュヒットでブレイクを果たした細田守監督の3年ぶりの新作『サマーウォーズ』には、前作『時かけ』同様に、異性との接近遭遇、葛藤を経験した主人公の成長、そして生と隣り合わせの死がくっきりと描かれている。脚本は奥寺佐渡子、キャラクターデザインは貞本義行……と『時かけ』スタッフが再結集し、現代社会の抱える問題点に言及した上で細田作品らしい躍動感のある青春エンターテイメント作品に仕上がっている。
数学だけが得意な高校生の健二(神木隆之介)は憧れの先輩・夏希(桜庭ななみ)に頼まれて、夏希の曾祖母・陣内栄(富司純子)のいる信州の上田市を訪ねる。夏希の頼みとは栄の90歳の誕生日を祝うために集まる陣内家の一族の前で恋人のふりをして欲しいというもの。核家族で育った健二は戸惑いながらも、20人以上が集まった陣内家のにぎやかな晩餐を享受する。一方、健二がアルバイトでセキュリティーの点検をしていたデジタル仮想都市”OZ”で大異変が発生。何者かがセキュリティーの暗号を解読し、健二のIDを使いOZをパニックに陥れたのだ。OZの混乱は現実社会にも影響を及ぼし、健二は容疑者扱いされる。ひとまず陣内家の誤解を解いた健二は、陣内家の人々と共に見えない敵に立ち向かう。
を祝うため勢ぞろいした陣内家の人々。か
つてお盆と正月には必ず見られた親戚一同が
集まっての食事会の風景が愛情たっぷりに
描かれている。
細田監督の出世作『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(00)は中編と思えないほど手に汗握る冒険活劇だったが、本作『サマーウォーズ』は再び”仮想空間”を舞台に数段バージョンアップした長編なっている。細田監督と同じく東映動画(現・東映アニメーション)出身の宮崎駿監督が『パンダコパンダ』(72)を『となりのトトロ』(88)、『長靴をはいた猫』(69)を『ルパン三世 カリオストロの城』(79)へとバージョンアップさせた鮮やかさを彷彿させる。
細田監督がバージョンアップに成功したのは、仮想都市OZの緻密な世界観だけでなく、陣内家の食事シーンをはじめとする現実世界をきっちり描写してみせたことが要因として挙げられる。現実社会と仮想空間の対比がより明確となっているのだ。また、現実社会の登場人物たちを血の通う人間として描くことで、仮想空間でのキャラクターたちも生き生きとした表情を持ち、OZの世界をエネルギッシュに飛び回る。『時かけ』で見せた日常と非日常の鮮やかな対比が、ますます進化した格好だ。
細田監督で思い出すのは、2007年の文化庁メディア芸術祭の受賞者シンポジウム。『時かけ』でアニメ部門大賞を受賞した細田監督に向かって、審査委員主査を務めた富野由悠季監督は「演出力は優れているが、社会性が足りない」と厳しく指摘した。毒舌で鳴らす富野監督の挑発に対して、細田監督は「その答えは、今後の作品で応えさせてもらいます」と返答してみせた。『時かけ』を大林宣彦作品の単なるノスタルジックなリメイクにせず、現代を生きる若者たちの切実さを抽出してみせた細田監督だが、オリジナル作品となる本作ではIT化の進む現代社会の落とし穴にハマってしまった人間を救うセーフティーネットとして”親戚”という人的ネットワークを取り上げた。”アニメ界のパイオニア”である富野監督の問いに対する、”次世代アニメの旗手”細田監督からの2年ごしの真摯な回答と言えるだろう。
マルクル役を演じた神木隆之介。『ハウル』
の美術監督・武重洋二による信州の美しい自然、
日本家屋の趣きある風情も特筆ものだ。
本作の主人公である健二は、秩序に守られた平和なOZワールドを混乱に陥れた犯人として疑われ、とてつもない孤独を味わう。古傷に触れるようで申し訳ないが、細田監督は健二と同じような体験をしている。東映アニメ所属の気鋭の演出家として注目を集め出していた細田監督は、宮崎駿監督の要請を受けて当初は2002年公開予定だった『ハウルの動く城』(04)の監督に大抜擢されていたことはアニメ好きな方ならご存知だろう。外部の意欲的な若い監督を起用し、スタジオジブリを活性化させようという宮崎監督の目論みは、ジブリ側の諸事情により頓挫し、細田監督は途中降板という憂き目に遭っている。
アニメ界の巨匠の期待に応えようと、『ハウルの動く城』に情熱を注いでいたにも関わらず、ジブリ側との間にズレが生じて、製作チームを解体しなくてはならなくなった。このときの細田監督の無念さ、苦しさは筆舌できないものだったに違いない。だが、このようなトラブルは細田監督に限らず、学校でも会社でも社会に一歩足を踏み入れた人間ならば、程度の差こそあれ似たような体験をしているはずだ。自分には全く悪意はないのに、集団から誤解され、逆恨みされ、もしくは無視され続ける。ふた昔前の勧善懲悪的なアニメのように、わかりやすい敵がいればよっぽど気持ちは楽だろう。
しかし細田監督の素晴らしさは、そんなボロボロになった状況の中で自分を育ててくれた東映アニメに戻り、TVシリーズ『おジャ魔女どれみドッカン!』(02)でシリーズ屈指の名エピソードとされる第40話「どれみと魔女をやめた魔女」を演出していることだ。主人公の見習い魔法使いはいつもと違う帰り道を選ぶことで、見慣れた町の風景が変わり、貴重な出会いと別れを経験する。遠回りをしたことで少しだけ成長する。『時かけ』では慣れ親しんだ日常の風景が踏切事故で一変するという鋭い描写を見せているが、細田作品の妙である日常・非日常の切り替えの巧みさは『おジャ魔女どれみ』で確立されたのではないだろうか。
東映アニメ最後の作品となった『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』(05)は仲間がひとりひとり消えていくというダークな色彩が強く出過ぎた感があるものの、細田作品には一般的にマイナスとして受け取られるものをプラスに転じさせる骨太な力強さが感じられる。綿密な日常描写に加え、陽性のたくましさが備わっていることが細田作品の最大の魅力だろう。『ウォーゲーム!』では人々の善意が一時的に負荷となって主人公をピンチに追い込むものの、機転によってその負荷は再度プラスへと転化する。『サマーウォーズ』でも一度は犯人扱された健二だが、陣内家の人々に支えられ、トラブルの元凶に向き合う。主人公が人々の善意に励まされ、自分より大きな敵に立ち向かっていくというストーリーは、東映アニメの歴史的名作であり、高畑勲&宮崎駿コンビによる初めての作品『太陽の王子ホルスの大冒険』(68)に通じるものを感じさせる。
悪意なき人々を呑み込んで巨大化した敵に対して、健二は夏希や陣内家の人々に励まされ最後まで諦めずに戦い続ける。健二の姿は細田監督そのものだろう。いつか機会があれば、聞いてみたい。細田監督が苦しかったときに、心の支えとなり、励まし続けたのはどんな人々だったのだろうか。いや、細田監督は「その回答なら作品の中に込めてありますよ」と答えるのかもしれない。
(文=長野辰次)
●『サマーウォーズ』
監督/細田守 脚本/奥寺佐渡子 キャラクターデザイン/貞本義行 主題歌/山下達郎「僕らの夏の夢」 声の出演/神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、仲里依紗、富司純子 配給/ワーナー・ブラザース映画 8月1日より新宿バルト9ほか全国ロードショー
細田監督の名を知らしめた作品。
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