笑い飯 Wボケ強行突破に見る「笑わせる者」としての誇りと闘争心
#お笑い #この芸人を見よ! #M-1 #笑い飯
7月13日、漫才日本一を決める祭典『M-1グランプリ2009』の記者会見が都内で行われた。会見では、優勝者であるNON STYLEをはじめとする昨年のファイナリストたちが顔を揃えていた。その中に、7年連続決勝進出を果たしている笑い飯の姿もあった。笑い飯の哲夫は、「(優勝できなかったら)ホモになります」とやや投げやり気味に今年の抱負を語っていた。
笑い飯はいまや、M-1の代名詞とも言える存在である。彼らは2002年の第2回大会から7年続けて決勝に駒を進めている。毎年ハイレベルな熱戦が繰り広げられるこの大会で、これだけの実績を残しているのは本当に驚異的なことだ。笑い飯の2人は、結成10年以内の若手漫才師の中では、ネタの質と量、そして安定感において圧倒的な存在である。
だが、そんな彼らは、毎年優勝候補の筆頭に挙げられながら、まだ一度も優勝を果たしていない。彼らがチャンピオンの座に最も近づいたのは2003年と2005年。いずれも最終3組にまで勝ち上がり、7人の審査員による決選投票の末、わずか1票差で敗れて涙を呑んだ。
最近のM-1では、決勝常連組よりも、初登場の芸人が活躍して優勝をさらっていく傾向が強い。ブラックマヨネーズ、サンドウィッチマン、NON STYLEといった面々は、初の決勝進出から見事に優勝を果たしている。M-1で常連組が不利なのは、審査員や観客が彼らの芸風を見慣れているということに加えて、過去にM-1のために何本もの勝負ネタを作ってそれを消費してしまっている、という事実も大きい。笑い飯のような常連組にとって最大の強敵は、面白いネタを量産してきた過去の自分たち自身なのだ。
M-1における笑い飯の登場は、お笑い界にとって1つの大きな事件だった。ボケとツッコミが交互に入れ替わる彼らの革新的な漫才スタイルは「Wボケ」と呼ばれた。ただ、しばしば誤解されがちなことだが、漫才で2人がそれぞれボケ役を務めること自体は決して珍しいものではない。笑い飯が独創的だったのは、2人が持ち前の高度な技術と鋭いセンスを生かして、お互いが張り合って相手に負けまいとして必死で面白いことを言い合う、という構造を作った点にある。
漫才やコントといったお笑い芸の最大の弱点は、それらが初めから受け手を笑わせようと意図して作られている、ということだ。これは、ある意味では、すべての芸人が背負っている宿命のようなものである。だから普通は、芸人たちは自分たちが意図的に笑いを取ろうとしているということを、いかに受け手に気付かせないようにするかに細心の注意を払うものだ。
だが、笑い飯は、自分たちが笑いを取ろうとしているということをあえて大げさなほど露骨にさらけ出して、それを力で押し切ってしまうという作戦に出た。お互いが相手に負けじと面白いことを言い合うという関係性を作ることで、面白いことを言おうとすることから生じるしらじらしさを強引に解消することに成功したのだ。笑い飯のWボケの革新性の秘密はここにある。
昨年のM-1では、NON STYLEの優勝が決まった後、祝福ムードでにこにこする芸人も多い中で、笑い飯の2人は悔しそうな表情を崩していなかった。彼らはこれだけの敗北を味わいながらも、負けの美学に溺れることなく、毎年貪欲に勝とうとする姿勢を見せている。8年連続の決勝進出も視野に入れ、前人未踏の荒野を突き進む「ミスターM-1」は、今年どんな戦いぶりを見せてくれるのだろうか。
(お笑い評論家/ラリー遠田)
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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
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【第37回】島田紳助 “永遠の二番手”を時代のトップに押し上げた「笑いと泣きの黄金率」
【第36回】東野幸治 氷の心を持つ芸人・東野幸治が生み出す「笑いの共犯関係」とは
【第35回】ハリセンボン 徹底した自己分析で見せる「ブス芸人の向こう側」
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