“最強のライブバンド”の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』
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のマーティン・スコセッシ監督が記録した『シャイン・ア・ライト』。”永遠
のバッドボーイ”キース・リチャーズの奔放なギタープレイは無条件でかっこ
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映画を観ていて、感電したかのような衝撃を受けた。東京に上京してすぐに、早稲田松竹という名画座で『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(82)を観たときのことだ。ローリングストーンズの81年の全米ツアーの模様を記録したライブドキュメントだが、その中でキース・リチャーズがリードボーカルをとる「リトルT&A」で思わずのけぞり返ってしまった。生きたガイコツのような形相のキースの口から吐き出される歌詞のひとつひとつが、まるで空也上人の口から出てきた阿弥陀仏のごとく言霊となって襲い掛かってきたのだ。後に「リトルT&A」のT&AとはTits(おっぱい)とAss(お尻)の略だと知る。ドラッグ常用者だったキースが「いつまでも淫売でいてくれよ、オレのかわいいおっぱい&お尻ちゃん」と歌う姿に感動してしまったわけだ。もともと頭のネジが1~2本足りなかったのが、スクリーン上のキースに出会って、さらにネジが2~3本吹き飛んでしまった。
先日、久しぶりに早稲田松竹に足を延ばしてみた。マーティン・スコセッシ監督によるローリングストーンズの最新ライブ映画『シャイン・ア・ライト』が都内で最終上映されていたからだ。早稲田松竹の扉を開けて、びっくりした。ミック・ジャガーがちょうどオープニング曲「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」を歌い始めるところで、映画館の客席はオールドファンと学生たちによって見事に満席、後方では女の子たちが踊っているではないか。名画座で久々にフルハウスの熱気を感じたことに加え、その熱気の源が今年で平均年齢65歳となるローリングストーンズの4人だったことに驚いた。
商業主義に飲み込まれる直前のロックシーンを映像に収めた名作『ラスト・ワルツ』(78)で知られるマーティン・スコセッシ監督が18台もの35ミリカメラで、ストーンズのステージパフォーマンスを追った映像はさすがの迫力。ミック・ジャガーがリオデジャネイロでの大規模な野外ライブを撮ってほしいと依頼してきたのをスコセッシ監督はスルー。スコセッシ監督が選んだのは彼の地元NYのビーコン・シアター。収容人数2,800人、とストーンズにとっては限りなく小規模なライブ会場だ。”転がり続ける伝説のバンド”ストーンズから親密さを引き出すのがスコセッシ監督の狙いらしい。確かにストーンズの4人が、チャリティーとして開かれたこのライブの主催者であるビル・クリントン元大統領と開演前に和やかに談笑する様子は、かつて反権力の象徴とされたストーンズも丸くなったなぁと思わせる。その一方、キースはクリントン一家や関係者へのあいさつを終えた後、「クリントンさんよ、オレはブッシュ(くたくた)だぜ」と毒づき、ファンを安心させてくれるが。
スタジアム級のライブではあまり演奏させることのない「シー・ワズ・ホット」「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」などの佳曲を選曲したミック・ジャガーの1943年生まれと思えぬ若々しいパフォーマンス、相変わらず几帳面にドラムを刻み続けるチャーリー・ワッツ、キース・リチャーズのギターと抜群の掛け合いを見せるロン・ウッド、どれも素晴らしい。熟成という言葉が当てはまる。彼らが敬愛する”シカゴ・ブルースの巨匠”バディ・ガイとのジョイントは、感動したキースが自分のギターをバディにプレゼントするほど。親友に対する友情の証として、自分のお気に入りのプラモデルを差し出す少年そのものだ。クライマックスには「悪魔を憐れむ歌」「ブラウン・シュガー」「サティスファクション」とストーンズの代名詞的な大ヒット曲が次々と並ぶ。
とはいえ、圧巻の演奏で観る者を痺れさせてくれるのは、やっぱりキース・リチャーズなのだ。通常のライブではおなじみのナンバー「ハッピー」プラスもう1曲を歌うのがキースコーナーの定番となっているが、本作では名盤『レット・イット・ブリード』からの渋い選曲「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」、さらにご機嫌で歌う「コネクション」、と古過ぎてかえって新鮮な2曲を披露。『レッツ・スペンド──』の「リトルT&A」と遜色ない衝撃を与えてくれる。いや、むしろキースの枯れたボーカルは、より人生の深みを感じさせる。かつてクリッシー・ハインズ(プリテンダーズ)から「キースのせいで、何人もの音楽仲間がドラッグで死んだ」と糾弾された”放蕩男”が、「コネクション」では「お前との関係なしじゃ、オレは生きていけないんだ」と歌いながら懺悔する。そしてステージ上で懺悔を終えたキースは、恐ろしく無垢な笑顔を見せる。
精力的に活動を続けるローリングストーンズ。
まさに転がり続けることでパワーを保ち、4人
がそろうことで最強の存在となる。
ストーンズ創設者であるブライアン・ジョーンズの死を題材にした映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』(06)の中でもキースは仲間想いのいいヤツとして描かれていたが、なんでこうもキースは男心を刺激するのだろうか。「コネクション」の演奏中にインタビューが挿入され、少しばかりムッとしてしまうが、このインタビューに対するキースの答えがまたいいのだ。ライブ中は何を考えているの? と尋ねられ、キースは「ライブ中は何も考えない。感じるんだ。無我の境地だね」と返答。また、ロン・ウッドとどっちがギターがうまいか質問され「どっちもギターは下手。でもロニーと一緒だと最強になれるんだ」と語る。これですよ、これ。やはりキースの口からこぼれ落ちる言葉は、言霊なのだ。
ドラッグの過剰摂取で「もうすぐ死にそうな有名人」の第1位に選ばれたこともあるキースだが、ブライアン・ジョーンズの元彼女でカルト映画『バーバレラ』(67)の”黒い女王”役で知られる女優アニタ・パレンバーグとの間に生まれた長男マーロン・リチャーズがジョニー・デップと仲良しなことから息子の顔を立てて、『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(07)で伝説の海賊役を演じたり、現夫人であるパティ・ハンセンと結婚後はマイホームパパに努めるなど、キース=いい人説はしばし耳にする。その一方、ブライアン・ジョーンズの謎の死、ライブ中に会場で殺人事件が起きた”オルタモントの悲劇”、そしてヘロイン所持による逮捕、と彼のバイオグラフィーはスキャンダルにまみれている。いい人としての顔とドロドロの過去、多分どちらも正しいキースなんだろう。無頼の限りを尽くしてきた男が、ステージの上では純真に演奏に打ち込む。たった数時間だけでも、嘘を付かずに自分に正直になれる場所があれば、人間は正気を保つことができる。しわくちゃなのに少年のような笑顔を見せるキースは、そのことを実証してみせている。ライブはキースにとって、最高のセラピーであり、心の解放の場なのだ。
DVDには特典映像として、本編から漏れてしまった4曲がボーナストラックとして収録されている。「黒くぬれ!」「アンダー・カヴァー・オーバー・ナイト」「アイム・フリー」に混じって、「リトルT&A」も入っている。かつてのような感激がなかったらどうしようかと再生ボタンを押すのをためらってしまったが、60歳をとうに過ぎたキースが「オレのかわいいおっぱい&お尻ちゃん」と歌う姿は最高にイカしていた。この曲は単に露悪ぶったロックナンバーではなく、女性礼賛の歌なのだとようやく理解できた。歌い終わりステージ上でひざまずくキースは、13歳の少年キースにギターを買い与えた母親ドリス・リチャーズをはじめ、すべての女性たちに祈りを捧げているかのようだった。
(文=長野辰次)
●『シャイン・ア・ライト』
監督/マーティン・スコセッシ
出演/ザ・ローリング・ストーンズ、クリスティーナ・アギレラ、バディ・ガイ、ジャック・ホワイト
発売元/東北新社
販売元/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
デラックス版4935円(税込み)、コレクターズBOX9240円(税込み)
※DVDとブルーレイには新訳の日本語歌詞、メイキング映像付き。コレクターズBOXの特典ディスクには、ミック・ジャガーとキース・リチャーズへの日本版オリジナルインタビューも収録。『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』デジタルリマスター版も同時リリース中。
ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト デラックス版
一生モノ。
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