『バクマン。』が示す「友情・努力・勝利」の変化とは?
#マンガ #松江哲明
童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。
『DEATH NOTE』(集英社)を読んだ時、奇抜な設定や、圧倒的な画力、推理小説並のトリック以上に驚かされたのは「世代の差」。そして『バクマン。』を読み、その思いをさらに強くさせられた。
主人公・真城最高は14歳にして将来を悟り、周囲からどのように見られるかを意識し、自分がどんな位置にいるかを気にしている。だからといってシラケているわけでもなく、ただそう生きるのが当然と思い込んでいる。恋愛が人生最大のイベントとわかっていながらも「ただ切なく苦しいだけのもの」と断言してしまう彼を、僕は「なんて温度が低い」と思うのだが、案外こういう考え方が「ふつう」ってことも、なんとなくわかる。僕とひと回りも下の世代と会話をすると、彼らが見ている社会がこんなにもつまらなくて、冷たいものなのか、と気付かされることが多々ある。「だって世の中ってこういうもんじゃないですか」と言われてしまうと、今年で32になる僕は酒の力を借りないと反論できない正論。
「少年ジャンプ」のキャラクターたちが「友情・努力・勝利」の三原則を実践することで得た漫画ならではのカタルシスに対し、小学生の頃は熱狂し、中学生の頃は否定し、高校生にもなると見向きもしなかったが、しばらく読まなかった間にその意味が変わっていたようだ。友情は「主人公、最高に欠けている文才を補える同級生・高木秋人」を選ぶことを指し、努力には「どんな漫画が人気を得られるのか」を考える計算が必要となり、目指す勝利は「読者アンケートの上位を目指す先にある本誌連載」となる。
『バクマン。』の世界には、「ガロ」に代表されるようなマイナーではあるものの、作家自身の表現欲に溢れた漫画は存在しない。「少年ジャンプ」ならではのアンケート至上主義は否定されることもなく、編集者の「読み」を分析する主人公はそこから自分たちが描くべき漫画を探っている。ライバルである新妻エイジは天才型のキャラだが、彼は編集者の意見も聞かず、無我夢中で「その瞬間」に自分が面白いと思えるものしか描かない。漫画のコマと同様に「ギュイーン」「ボーン」と擬音を発しながら、己を表現する彼の姿は、最高と秋人を刺激するが、僕には常に計算で物事を考える彼らより遥かに魅力的に映る。
しかし『バクマン。』の主人公は、漫画を描く喜びに満ちている新妻ではない。そこに、ダントツのリアリティがあると思うのだ。
今、夢を持って生きるには、『スラムダンク』『北斗の拳』『ドラゴンボール』の主人公たちのような特別な才能だけでは成功できないと『バクマン。』世代は知っているのだろう。その原因は上の世代である大人たちが築き上げた仕組みやルールにあるのかもしれないが、彼らはそれに抗わず、そこに乗っ取った上で戦うのだ。僕のようなおっさんは「んなもん、壊しちまえ」と思うのだが、社会を否定したところで何も変わらないのは歴史が実証してしまった。僕には最高と秋人が描く漫画がテストの答案用紙に見えてしまったり、編集者が面接官のように思えたり、アンケート結果が採点でしかないと思うのだが、それでも彼らには「だってそういうもんじゃないですか」と返されてしまいそうだ。
『バクマン。』は「友情・努力・勝利」に沿ってはいるが、それは僕の知る三原則とは違う。しかしその中身は非常に今っぽいと思う。「思惑のある友情、計算された努力、結果の見える勝利」なのだ。それこそが僕よりも若い世代はすんなりと受け入れられる三原則になっているのだと思う。けど、僕はこの先の『バクマン。』の展開で主人公たちが悶え、苦しみ、悩み、葛藤する姿が見たい。その上で、彼らが表現欲と向き合った作品を描くのか、それともアンケートの順位をメインに置いた作品を目指すのかが気になる。
なぜなら漫画の本質は順位とは無縁なはずだし、勝ち負けは一切関係がないと思うから。
(文=松江哲明)
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。新作『あんにょん由美香』が7月11日よりポレポレ東中野でレイトショー。『ライブテープ』が近日公開予定。ブログhttp://d.hatena.ne.jp/matsue/
努力家VS天才
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