「走れ、考えろ、そして行動に移せ!」SABU監督の熱気溢れる『蟹工船』
#映画
味のある個性派俳優から一転、脚本・監督業に挑戦したSABU監督。男たちがひたすら走り続けることにこだわった処女作『弾丸ランナー』(96)は、低予算作品ながら国際的評価を得て、一躍映画界のトップランナーに躍り出た。その後も『ポストマン・ブルース』(97)、『アンラッキー・モンキー』(97)、『MONDAY』(99)、『DRIVE ドライブ』(01)、『幸福の鐘』(02)、『疾走』(05)と独特のテンポと男臭い内容で人気を誇っている。そんなSABU監督の最新作が『蟹工船』。劣悪な環境で働く労働者たちが支配層に反旗を翻すまでを追ったプロレタリア文学の金字塔だ。はたして狭い船内で、SABU監督はどうやって男たちを走らせるのか。全力疾走することで閉塞的状況を打破してきたSABU監督の熱きメッセージに耳を傾けたい。
『蟹工船』は”格差社会”の象徴として、08年の流行語大賞TOP10にも選ばれた大ベストセラー小説ですが、80年前の作品だけに正直読みにくい内容です。SABU監督は原作は読まれていましたか?
「いや、読んでません。プロレタリア文学だとかベストセラーだとかで小説って、読まないんです。今回、仕事ということで読んだのが最初です。勉強になりました(笑)」
SABU監督は脚本家でもあるのに、シェークスピアも読んでないとか。黒澤明監督が生きていたら卒倒しそうですね。
「シェークスピア、まだ読んでないんですよ。そろそろ読まないと(笑)。学生の頃から小説は全然読んでないんです。音楽ばかり聴いてました。上京して役者になってから、少しずつ読み始めた感じです。読めば、自分の知らない世界が書いてあって、面白いなぁと思うんですけどね」
活字よりも音楽に溢れた環境で育ったんですね。確かにSABU監督作品はどれも独特なリズムとテンポがあり、映像から音楽が流れ出てくるようなイメージがあります。
「あぁ、音楽の存在は大きいですね。脚本を書くときは、いつも音楽を聴きながらなんです。それに劇中で音楽を使う場合もBGMではなく、カーラジオから流れる音楽とか、電車の音とか、街のノイズとかが好きなんです。今回の『蟹工船』なら、原作を読んでいて缶詰工場の機械音が聞こえてきたんです。『これは主人公たちの気持ちを昂らせるシーンで使えるなぁ』とか考えるんです。音が全然聞こえないような場所でも、人物たちの『ドクン、ドクン』という鼓動が聞こえてくるんです。鼓動というのは緊張感のあるシーンを描く上で、とても重宝しますね」
ドラマをイメージしていると、音楽が自然と聞こえてくる。まるで”絶対音感”みたいな才能の持ち主ですね。
「ははは。やっぱり、ストーリーを考えながら音が聞こえてきたときって、つくりやすいですよ。脚本を書いてるときも、歩いているリズムで台詞を考えると、面白い台詞を思い付くんです。机にしがみついてるときって、いいアイデアが浮かばないですよ」
量だけを求める暴力監督・浅川(西島秀俊)に立ち向
かう。「監督の浅川役は知的なイメージのある西島
さんをあえて起用しました。怖い顔をした大男では、
ふた昔前の漫画の世界になってしまいますから。
現代に通じるリアルな上司像にしたかったんです」
とSABU監督。(C)2009「蟹工船」製作委員会
SABU監督が手掛けたことで映画版『蟹工船』はすごくポップなエンターテイメント作に生まれ変わったわけですが、この時代に”階級闘争”のドラマをつくる意義については、どう考えましたか?
「不況だとか、いろいろあって160万人もの人が原作小説を読まれたんでしょうが、みんな何か自分にとってプラスになるものを見つけたくて読んだと思うんです。やっぱり、小説の中に希望や光を見出したかったんじゃないでしょうか。その部分をね、映画では大きく描きたいなと。階級闘争というより、今の状況からどう脱するか、そのためには自分はどうなりたいのか、自分自身で決めなくちゃいけないということですよね。自分で決断するということの重要さをきちんと押し出したいなと考えたんです」
ロシア船に救出された漁夫の新庄(松田龍平)に対して、中国人の通訳(手塚とおる)が「考えて考えて、そして行動するね」という台詞を吐きますが、SABU監督らしいメッセージが詰まった言葉ですね。
「はい、あの、うさん臭い中国人の言った言葉は、今回の映画の中で一番重要な台詞です。怖がって何もしないのが一番いけない。自分で考えて、自分で行動するしかないんです。自分も脚本を書いているときも同じなんです。脚本を書く前は、布団の中で『どうしよう、どうしようと』と悩んでいるんですが、考えて考えて書き始めることで、次が見えてくるんです。それの繰り返しなんです。『蟹工船』の映画化と言われたときも、『オレ、階級闘争とか分からへんよ』と考えるのを止めたらおしまいなんです。でも書き始めたら、船が揺れてるイメージが湧いてきて、みんなが首つり自殺するのに失敗して『あぁ、危なく死ぬところだった』というギャグを思い付くわけなんです」
デビュー作の『弾丸ランナー』も、3人の男たちが走りながらいろいろなことを考える内容でした。
「そうなんです、映画にしていることは全部、自分が役者の頃に考えていたことばかりなんです。その点、今回は原作があったので、ゴールが見えていた。あとは登場する男たちを全員そのゴールに一気に向かわせられるかどうかでした」
船の中を、どうやって男たちが走り抜けるのか興味深かったです。
「ははは、今回も精神的な距離では、かなり走らせています。『みんなで死んで、来世で幸せになろう』という考えから、ひとり一人が前向きに生きることを考えるようになるわけですからね」
(後編へつづく/取材・文=長野辰次)
『蟹工船』
原作/小林多喜二
脚本・監督/SABU
出演/松田龍平、西島秀俊、高良健吾、新井浩文、柄本時生、木下隆行(TKO)、木本武宏(TKO)
配給/IMJエンタテインメント
7月4日(土)より渋谷シネマライズ、テアトル新宿ほか全国ロードショー公開
http://kanikosen.jp/pc/
●SABU
1964年和歌山県生まれ。『そろばんずく』(86)で俳優デビュー。大友克彦監督の実写映画『ワールド・アパートメント・ホラー』(91)では主演を果たした。脚本・監督作品『弾丸ランナー』(96)では、ベルリン映画祭に出品された他、全米で公開され高く評価される。また同作でヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。第4作『MONDAY』(99)はベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞。第6作『幸福の鐘』(02)はベルリン映画祭NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞。重松清の同名小説を映画化した『疾走』(05)に続き、『蟹工船』は2作目となるベストセラー小説の映像化だ。
生きづらい世の中に。
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