時効制度と葛藤する警察官たちの現実「時効は本当に必要なのか?」
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「犯罪者である彼あるいは彼女にも我々同様に人生があり、そして罪を犯した理由が必ずある。その理由を解明することはまた、被害者のためにもなるのでは?」こんな考えを胸に、犯罪学者で元警視庁刑事・北芝健が、現代日本の犯罪と、それを取り巻く社会の関係を鋭く考察!
様々な凶悪事件が連日のように報道されるが、事件発生後すぐ犯人逮捕に至らなかった場合、過去の事件は人々の記憶から消えてしまい、被害者側の関係者と捜査に関わった人間たちの記憶の中でだけ事件は続いていくことになる。そして、それは癒えない傷となり、時が経っても消えることがないのだ。被害者の関係者はもちろんであるが、捜査関係者においてもそれは変わらない。
定年後まで自ら関わった未解決事件にこだわる刑事は少なくなく、警察や被害者家族と協力して民間として捜査協力を続ける人もいれば、回顧録を自費出版して事件を風化させないよう努めるものもいる。
たとえば殺人のような重大な事件について、時効を撤廃すべきだと考えている人は決して少なくないだろうが、現役の警察官のなかでその声は非常に大きい。刑事ドラマなどであるような、定年間際の老刑事がいつも未解決事件の捜査資料を見ている風景というのは、実際さほど珍しいものではない。私が見習い刑事になってすぐ、強行犯捜査係に配属され先輩刑事の下につけられたが、その先輩もある未解決事件を追い続けていた。見習いの私は、先輩にその捜査資料を見せてもらい、実際に現場に連れて行ってもらったが、刑事にとって非常に重要な『犯人逮捕への強い気持ち』というのは、こうやって先輩から後輩たちへ、脈々と受け継がれていくものなのだと実感したものだ。
そもそも時効がなぜ存在するのかというと、刑事事件については時間の経過によって証拠の立証がしづらくなるため、裁判自体が難しくなることや、社会及び被害者、その関係者の処罰感情が希薄になることが理由だとされる。しかし、近年はDNA鑑定など、科学捜査技術が進んだことにより、年次が経った事件の立証解明がかつてより容易になっていることから、時効という制度自体を見直そうという議論は活発にされている。それに対応するように、平成16年の刑事訴訟法改正によって、殺人では15年で時効だったのが25年になった。しかし、これに対しても「たかだか10年延びただけじゃないか」という声は依然として多く聞かれる。警察内部で、アメリカのように殺人に関しては時効をなくし、CCHU(コールド・ケース・ホーミサイド・ユニット)のような未解決事件を専門に扱う特殊捜査班を特設すべきだという声は少なくない。それこそ、昨年サイパンで身柄を取り押さえられた三浦和義氏の一件は、アメリカ警察の強い執念を見せ付けた。
そして、私はこれを日米の社会意識の差異でもあると考えている。この差異は、日本社会と警察の差異でもある。警察という集団は、いわゆる仇討ちの志が捜査におけるメンタリティとなっている。そのため、殺人事件に限らず、例えば詐欺事件の被害者が事件をきっかけにして自殺したとすれば、それは立派な殺人であろうという感情的思考が働く。こういったことからも「時効はおかしい」という声があがるのだ。
また、時効という制度が警察捜査に与える影響は非常に大きい。時効があるからこそ、捜査の意欲は減退してしまう。そして次々に起こる事件の多忙さに追われ、意欲が薄れていってしまう。しかし、時効がなくなりCCHUのような未解決事件専門の捜査班が作られれば、彼らの捜査も無駄にならず、成果もあげるはずである。
やはり、たかだか四半世紀の年月によって、犯罪者の罪がなくなってしまうことを是とするメンタリティというのは、それは、どこかおかしいのではないかと私には思われてならない。私が公安時代に担当した事件でも、時効になった殺人事件はある。その現場を見たときのショックが、私自身の正義感が育っていく苗床になった。それほど殺人現場というのは凄惨なものであり、そんな事件を起こした犯罪者の罪を年月が消してしまうというのは、あってはならないことだろうと思う。
時効の問題の根源には、やはり事件を風化させてしまう人の感情と社会の意識がある。そして、現実問題としてそれはある程度仕方ないことである。ただ、その風化を認めてしまう、時効という制度を容認する日本は、個人と社会の成熟が完全に為されていないのだといえる。事件を風化させてもいいという社会的なメンタリティが暗に容認されてしまっていることについて、私たちはもう少し考えるべきなのではないだろうか。
(談・北芝健/構成・テルイコウスケ)
●きたしば・けん
犯罪学者として教壇に立つ傍ら、「学術社団日本安全保障・危機管理学会」顧問として活動。1990年に得度し、密教僧侶の資格を獲得。資格のある僧侶として、葬式を仕切った経験もある。早稲田大学卒。元警視庁刑事。伝統空手六段。近著に、『続・警察裏物語』(バジリコ)などがある。
続・警察裏物語-27万人の巨大組織、警察のお仕事と素顔の警察官たち
人間だもの、警官だって!
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