ケイト姐さんが”DTハンター”に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』
#海外 #映画 #パンドラ映画館
寝物語として小説の朗読をせがむ。マイケルにとって小説の朗読は、
肉体の快感とセットとして記憶に刷り込まれていく。
(c)2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.
『タイタニック』(97)のケイト・ウィンスレットが念願のアカデミー賞主演女優賞を受賞した『愛を読むひと』はタイトルからして高尚な文芸作品の香りが漂うが、実はケイト演じる路面電車の車掌さんが、15歳の童貞少年(DTボーイ)を大人の男にしてあげる官能的ラブロマンスが重要な前半パートを占めている。これを知って、体の一部分が素直に反応された方もおられるのではないだろうか。青春の門も肉体の門も恋の門も、まだ一度もくぐったことのないDTボーイにとって、地球は何頭のゾウによって支えられているのか見当もつかない。女性は同じ人間なのか、それとも宇宙人なのか。まして自分の体のことすらわからない。DTボーイは尻尾のないお猿さんとさほど違わない生き物である。そんなDTボーイをケイト姐さんが親身なゴルフのレッスンプロのように、バスルームやベッドの上で巧みにリードしていく様子が序盤の大きな見どころとなっている。ケイト姐さんに大人への通過儀礼の切符を切ってもらったDTボーイは、生涯彼女のことが忘れられなくなる。”DT卒業”の喜びと切なさを、ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、ブルーノ・ガンツら名優たちによって文芸色豊かに描いた社会派感動作なのだ。
舞台は1950年代のドイツ。15歳のマイケル(デヴィッド・クロス)は下校中に高熱と吐き気に襲われ、通りがかりのハンナ(ケイト・ウィンスレット)に助けられる。回復したマイケルは、お礼を言うためにハンナのアパートへ。そこで出勤前のハンナがストッキングを履いている姿を目撃してしまい、マイケルはズキドキッ! 21歳年上のハンナの大人の魅力にゾッコンになったマイケルは、放課後はハンナの部屋で大人の勉強を開始。やがてマイケルはハンナを喜ばせるために、エッチの前に古今東西の名作小説を朗読するように。しかし、夏の終わり、ハンナは突然姿を消してしまう。そして、驚愕の後半の幕開け。大学の法学部に進んだマイケルは、ナチスの戦犯裁判の被告席に立つハンナの姿を見つける。マイケルは彼女が収容所の看守だったこと、そして裁判でも明かされることのないハンナの秘密を知ることになる。
ンナを泊まりがけの自転車旅行に誘う。生きる喜
びと自信を教えてくれたハンナと共にペダルを漕ぐ
マイケルの目には世界が輝いて映った。
役のためなら一切出し惜しみすることのない女優ケイト・ウィンスレットは、今回もフルヌードを披露している。同じケイトなら、ケイト・ハドソンかケイト・ブランシェットのほうが好みという向きもおられるだろうが、『日陰のふたり』(96)でケイト・ウィンスレットの身も蓋もないヘアヌードを観てしまった男性の多くは、実に堂々とした彼女の骨太なヌードに再び引き寄せられてしまうはずだ。中学で級長をやっていた気の強い同級生の女の子のその後を追い掛けてしまうような不思議な気分。タイプじゃないけど、気になってしまう。ケイト・ウィンスレットって、そんな女優さんだ。
ちなみにマイケルがハンナに読んで聞かせるのは、チェーホフのオシャレな短編小説『子犬をつれた貴婦人』、カフカの不条理小説『変身』、『風の谷のナウシカ』(84)と同じ名前のヒロインが登場するホメロスの叙事詩『オデュッセイア』、スピルバーグとピーター・ジャクソンが映画化する『タンタンの冒険』等など。マイケルとハンナはベッドの上で、2人だけの無限の空想世界を旅する。
6月10日、映画のPRのためにスティーヴン・ダルドリー監督が来日したので、映画に登場する名作小説の数々はどのようにして決めたのか聞いてみた。
「基本的には脚本家のデヴィッド・ヘアとボクとで相談して決めたんだ。原作はベルンハルト・シュリンクの自伝的小説だけど、劇中で朗読する小説はボクに一任してくれた。また、ケイトにはどんな小説を読むのか事前に教えずに、彼女が小説の朗読にどのような反応をするのかを楽しみながら撮影したんだ。あと、若いデヴィッド・クロス(撮影時18歳、ベッドシーン初体験)が興味を持つ内容かどうかだったね。『子犬をつれた貴婦人』を象徴的に使っているのは、一見シンプルな短編小説ながら、人間の抱える内面の複雑さ、奥深さを描いているという点で、この映画の世界と通じるものがあると思ったからだよ」
『リトル・ダンサー』(00)でDTボーイの一途さを描いた監督だけに、本作に登場する小説のセレクションにもこだわりを見せている。他人がスルーするような、ささいなことにも徹底してこだわるのはDTボーイと元DTボーイの特権でもあるのだ。
世の中の元DTボーイズに一度アンケートをとってみたいのだが、ファーストコンタクトから「ばっちりだったぜ!」と豪語できる人はどれだけいるのだろうか。元DTボーイズは知っている。”人間は失敗から学ぶもの”だと。その点、マイケルはハンナの好リードのお陰でファーストコンタクトから成功をおさめるわけだが、それは他の子よりもちょっぴり早い少年期からの決別を意味する。マイケルがクラスメイトの美少女ゾフィーや気の合う男友達たちの誘いを断って、プール代わりの湖から去っていく後ろ姿には10代のやるせなさが漂う。まるで、夏休みの湖は”エデンの園”のような美しさだ。無知だけどそれなりに楽しいDT時代から、どのようなタイミングで別れを告げるのか。DTボーイズにとっては、悩ましい問題である。エデンの園を出て行ったマイケルは、ハンナを理想の女性として偶像崇拝するようになる。しかし、その偶像が壊れたときのマイケルの悲しみは、どれほどのものか……。
マイケルに限らず、DTボーイズにとって生きる勇気や自信を与えてくれる大人の存在は重要だ。筆者の個人的な体験談になるが、中学1年のときに筆者が”肥だめ”をテーマに書いた自由課題の作文(日本語)を、オッサンの英語教師がいたく気に入り、英語の授業中にクラスメイトの前で朗読を始めた。恥ずかしくてたまらなかったが、他人から誉めてもらった初めての体験でもあった。その英語教師は数年後、塾を経営していたことや塾の教え子に手を出していたことが発覚して警察沙汰となった。英語教師の当時のあだ名は”ヤクザ先生”だった。自分のことを初めて認めてくれた大人が刑務所送りになるというのは、やはり哀しい。このことを思い出すと、胸の奥がクシュッとなる。『愛を読むひと』を観終えて、そんな自分のDT時代の記憶が甦ってきた。
(文=長野辰次)
●愛を読むひと
監督/スティーヴン・ダルドリー
原作/ベルンハルト・シュリンク(『朗読者』)
製作/アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック
出演/ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ
配給/ショウゲート
6月19日(金)よりTOHOシネマズ スカラ座ほかにて全国ロードショー
http://www.aiyomu.com
踊れ、ビリー!
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
[第18回]1万枚の段ボールで建てた”夢の砦”男のロマンここにあり『築城せよ!』
[第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』
[第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡”脱力”劇場『インスタント沼』
[第15回]“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
[第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』
[第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』
[第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』
[第11回]美人女優は”下ネタ”でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』
[第10回]ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』
[第9回]胸の谷間に”桃源郷”を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』
[第8回]“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
[第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』
[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事