山本直樹が描く、セックスの「気持ち良さ」と「淋しさ」
#マンガ #松江哲明 #山本直樹
童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。
1970年代生まれのほとんどの人なら共感してもらえることを願って、断言する。「セックスの仕方はAVと山本直樹から学んだ」と。
もう1人、遊人という偉大なセンセイもいらっしゃるが、彼の描写はセックスの流れではなくて1枚の画、そのインパクトの方が大きかった。だから「セックスってこういう風にするのか」の前に「しんぼうたまらん!」となっちゃって、僕らはジシュレンというオナニーに勤しんでしまった。僕らの世代は遊人に走るか山本直樹に走るかで、人生の大きな分岐点になっていると思う。趣味や仕事や女性観、という意味で。大げさかもしれないけど、本気でそう思う。
自慢じゃないが、僕は山本直樹作品でジシュレンをしたことはない。もちろん出る所は出てて、引っ込んでる所はちゃんと引っ込んでる魅力的な女性たちを目にした瞬間、僕自身は反応してしまうし、敏感なカラダを持て余す彼女の積極性は思わず「ばんざい!」と叫びたくなる程、男としては嬉しい。「こんなこといいな、できたらいいな」の世界。つまり山本直樹作品はエロ、つーかドエロ(僕は滑舌が悪いからドエド)としか言いようがない。それでもジシュレンをさせないのは、スケベなセックス描写のほんの一瞬、コマとコマの間に挿入される画(例えば上下二段の裸の間に挟まれる男の冷めた視線)が、「君、何してんの?」と問いかけてくるからかもしれない。世界観は大嘘なのに、人間がリアル。嘘を通して本当を入れるマンガ。僕は15の頃から山本直樹作品にハマり、以来16年間ずっと読み続けているが「セックスってこんなもんなんだよな」という印象は変わらない。童貞のくせに「こんなもん」は生意気だが、31になった今でも「うん、確かにこんなもん」と言える。
それは山本直樹はセックスの気持ち良さと淋しさを同時に描いてしまうからだと思う。
なんてヒドい人だ、と思う。ジシュレンの最中にそんなことを考えさせないで欲しい。頭をからっぽにして、猿のように夢中にさせて欲しい。それなのに、あの目が邪魔をする。
例えば『明日また電話するよ』(イースト・プレス/表題作所収)。僕が大好きな短編。遠距離中のカップルが2カ月振りに再会したもんだからヤリまくって、朝食の最中にもベロベロし出して、彼女が東京で住む家を探すのだが、誰もいない部屋で彼とし始めて、「同棲しようか」なんて思ったりして、コート一丁で下着なしなんて状態の彼女に彼が「気持ち悪い?」って聞くと「……気持ちいい」と答えたりして、それぞれが「やっぱり一緒に暮らすのはやめよう」と決意して、「明日また電話するよ」と別れるまでの話。しかし冒頭で彼女は朝日を見ながらなぜか涙を流している。そこからドエドなセックス描写が始まるのだが、彼女のあの淋しそうな目が描かれている以上、妙な予感が残る。
こんなふうにしてカップルは付き合って、セックスをして、なのに別れて、また別の人と……その繰り返しでしかないんだろうか、そんな予感。けど、そうでしか生きられないし、生きていくしかない、という決意。山本直樹作品の女性たちはきっと「そのこと」に気付いているんだろう。男の僕からしたらしんどいな、と思う。絶対の愛といい加減な愛、どっちも欲しい。そのどっちもをバタバタ足掻いて暴れたい。
ずっと昔、付き合った彼女は「1枚でも邪魔して欲しくない」と言ってコンドームを嫌い、食事の最中でも突然欲情し出す、まるで山本直樹作品に登場するような人だった。しかもセックスの時に涙を流す。僕が「イタイの?」と聞くと「気持ちいいから」と答えてくれるが、視線はアッチの方を向いている。その時、僕は「これ、マンガで読んだことある」と思い出したが、それ以上考えると不安になるので、知らんぷりをした。案の定、僕らは別れてしまったけど、今思うと彼女も「そのこと」に気付いている人だったんだと思う。
「そのこと」の先は、生きて生きて生きまくって知るしかないんだろうな。
(文=松江哲明)
著者自身が認める、ベスト・ワークス。
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。新作『あんにょん由美香』『ライブテープ』が近日公開予定。ブログhttp://d.hatena.ne.jp/matsue/
●連載ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」
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