“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
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現在、全国のDVDレンタル店において、中村雅俊の初監督ドラマ『裁判員制度 もしもあなたが選ばれたら』の無料貸し出しが行なわれている。中村雅俊は監督だけでなく、裁判員に選ばれ戸惑う市民たち(西村雅彦、加藤夏希ら)を励まし、円滑な評議へと導く熱血裁判長役も兼任。長男が大麻所持で逮捕されてしまった中村にとっては何とも皮肉な監督デビューとなってしまったが、5月21日(木)から裁判員制度が始まるにあたって、一度観ておいて損はしない法務省企画・制作のPRドラマだ。”抽選で選ばれた”裁判員たちが担当するのは”殺人や放火など国民の関心の高い重大刑事裁判”であり、そこで”日常生活で感じた意見”を反映させた上で”2、3日間程度で審理”するという新制度の概要が人気俳優たちの演技を楽しみながら知ることができる。裁判員が関わるのは一審だけとはいえ、重大刑事裁判なら死刑が求刑される被告を評議することもあるだろう。
しかし、その”死刑制度”とは一体どのようなものなのか?
日本では完全にブラックボックス状態となっている”死刑執行”の様子をリアルに描いているのが5月20日(水)にリリースされる『休暇』だ。花輪和一原作の『刑務所の中』(02)が懲役刑の囚人たちの日常をコミカルに描いていたのに対して、こちらは死刑確定囚と刑の執行を実際に行なう刑務官たちが煩悶する姿を捉えた、シリアスな人間ドラマとなっている。
死刑囚の金田(西島秀俊)は拘置所内の独房で毎日規則正しく、静かな生活を送っている。死刑囚には刑務作業もなく、独房内での緩やかな自由が許されており、金田はスケッチ画でプロ級の腕前を見せ、刑務官たちを感嘆させている。そんな折、ベテラン刑務官の平井(小林薫)は父親譲りの生真面目な性格が災いして結婚の機会を逃していたが、バツイチでコブツキの美香(大塚寧々)と見合い結婚することに。やがて金田の死刑執行が決まり、先輩刑務官(大杉蓮)たちの忠告に耳を貸さず、平井は新婚旅行として1週間の特別休暇をもらうために死刑執行の補佐役に名乗り出る。
作家・吉村昭のわずか31ページの短編小説を基に、映画では死を常に意識する拘置所という閉鎖的な空間の中で長い時間を共に過ごす刑務官と死刑囚の間に特別な連帯感が生まれることが微細に描かれている。刑務所内の様子は山梨県の愛宕山少年自然の家や埋蔵文化センターに組まれたセットでの再現だが、独房で暮らす死刑囚・金田を演じた西島秀俊の演技が秀逸だ。どのような罪を犯したのか原作以上に説明が省かれている死刑囚・金田は、狭い独房で正気と狂気の狭間を漂い続ける。観る側は金田の過去を勝手に想像するしかないが、彼の心の中にはただならぬ浄化しがたい暗渠が流れていることだけは否応無しに伝わってくる。そして、その暗渠は、同じ人間である刑務官や観ている自分にも繋がっているのではないかという冷たい恐怖が忍び寄ってくる。
だが、「時代劇と違って、この作品はシリアスな
現代劇でしたから、演じていて比べものにならな
いくらいの恐怖を感じました」と語っている。
小林薫も本作で「ヨコハマ映画祭主演男優賞」を
受賞した。
ショーン・ペンが薬殺刑に処せられる死刑囚を演じた『デッドマン・ウォーキング』(95)に引けを取らない迫真の演技を見せた西島は「第30回ヨコハマ映画祭」にて助演男優賞を受賞した。授賞式の会場控え室にて彼にコメントを求めたところ、『休暇』での撮影を次のように振り返っている。
「俳優として一度は死刑囚の役を演じてみたいと思っていたんです。あくまでも疑似体験ですが、死刑囚を演じることで死刑制度について理解することは無理でも、何か感じることはできるんじゃないかと。でも死刑執行される際に白い布で顔を覆われるシーンは、本当に怖かった。ぞっとする体験でした。ボクのシーンの撮影は1週間で終わってよかった。もし、もっと長い撮影期間だったら、辛かったと思います」
死刑囚が自分の罪を認め、時間をかけて悔い改めていく過程を間近で見守っていた刑務官たちも、心の中で悲痛な叫び声を上げる。処刑台へと引きずり出し、処刑ボタンを押すのも彼らなのだ。郷田マモラの社会派漫画『モリのアサガオ』(双葉社)でも触れられていた”人間を改心させた上で処刑する”という死刑制度の核心部分が映像としてまざまざと見せつけられる。
このコラムにおいて死刑制度の是非についての答えを出すことは到底不可能だが、27年間にわたって刑務官を務め、本作のアドバイザーでもある坂本敏夫氏の著書から印象に残った文章を引用したい。
「私は死刑囚の処遇にも当たったが、被害者と被害者遺族のことを思うと衣食住に医療まで無償で国から与えられている死刑囚の生活には疑問を感じた。受刑者ではないので作業も義務付けていないし、菓子、果実、アイスクリームなど被告と同じで自由に食べられる。しかも事件から死刑の執行まで早くて10年、平均では20年かかっている。しかも宗教家のマンツーマン指導によって死ぬための準備をする。たとえ、死刑制度は残したままでも、殺さず命ある限り働かせて被害者遺族に賠償させるような制度はできないだろうか。国が刑を執行しても、日本の犯罪被害者は、ほとんど泣き寝入りをしているのが現実なのだ。」(坂本敏夫著『図説 知られざる刑務所のすべて』日本文芸社)
映画の後半、刑の執行を終え暗い闇に取り残されたままの平井は、美香、そして美香の連れ子の達哉(宇都秀星)と3人でお互いに手探り状態ながら懸命に支え合おうとする。観る者に救いを感じさせるシーンだ。人間から命を奪い取るのも人間なら、そのために闇に迷い込んでしまった人間に手を差し伸べるのも、また人間なのだ。”矛盾”に満ちた社会であるとしか言いようがない。そして、そんな夜店の失敗した飴細工のようにねじれ曲がった世界で、自分たちは泣くように笑いながら生きているのだと本作は静かに教えてくれる。
(文=長野辰次)
●『休暇』
原作/吉村昭
脚本/佐向大
刑務関係アドバイザー/坂本敏夫
監督/門井肇
出演/小林薫、西島秀俊、柏原収史、菅田俊、利重剛、谷本一、宇都秀星、りりィ、榊英雄、今宿麻美、滝沢涼子、大塚寧々、大杉蓮
発売元・販売元/ポニーキャニオン
5月20日(水)よりDVDリリース
http://www.eigakyuka.com/
明日リリース。
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
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