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山口瞳、大橋巨泉、寺山修司……元「週刊現代」名物編集長の競馬交友録

keibahisshouhourouki.jpg『競馬必勝放浪記』祥伝社

 近年の競馬は、トゥインクルレースなど若者を意識したイベントやアイドルを起用した爽やかなCMでそのイメージが少しずつオシャレなものになってきており、女性のファンも増えているという。競馬界が新たなマーケットを模索するためには仕方ないかもしれないが、往年の競馬ファンである”おとーさん”たちは、どこか肩身が狭い思いをしているのではないだろうか。

 元「週刊現代」(講談社)編集長・元木昌彦氏の著書『競馬必勝放浪記』は、そんな爽やかなイメージが微塵もなかったころの競馬が垣間見られるエッセイだ。

 元木氏は、「週刊現代」が150万部まで売り上げを伸ばした絶頂期の名物編集長である。著書の中で氏は、「一つ真剣に打ち込む趣味があれば、仕事上で知り合った人とも、趣味の話で肩書きや年齢を超えた付き合いが出来る」と語る。氏にとって、それが競馬だった。

 直木賞作家・山口瞳には、「週刊現代」の連載『競馬真剣勝負』を通じて競馬と人生の作法教えられ、我を忘れた名実況で名高い”競馬の神様”大川慶次郎の、仕事への思いに胸を焦がした。そのほかにも大橋巨泉や寺山修司など数多の巨人たちと競馬を通じて渡り歩き、時に教えられて、当時低迷していた「週刊現代」の黄金期を築き上げた。

 さらに競馬歴40年以上の元木氏が、戦後初の三冠馬シンザンを初めて見てから、1968年に有馬記念にを勝ったリュウズキの馬体の美しさに胸打たれ、競馬が一躍全国区となったハイセイコー・ブームに熱狂したエピソードを交え、競馬の”黄金期”を振り返っている。

 競馬が「日陰者の遊び」で、新聞記者が「カタギ」でなかった時代。不良(アウトロー)の空気を求めて競馬場に集った者たちの、生き生きと輝く様子がその筆致から伝わってくる。

 論壇にも競馬場にもまだ”野性味”があった頃の、ひとりの編集者による交遊録。長年の競馬ファンは、かつてターフを駆けた名馬の姿を思い出すだろうし、競馬場から遠ざかっていた人には、「久しぶりに競馬をやってみようかな」という気持ちを起こさせる。もちろん、初めての人も読み物として十分楽しめる内容だ。
(文=平野遼)

●もとき・まさひこ
1945年11月24日生まれ。月刊「現代」「週刊現代」編集部を経て、「FRIDAY」編集長、「週刊現代」編集長。インターネットマガジン「Web現代」創刊編集長の後、三推社専務取締役。その後「オーマイニュース日本版」で編集長、代表取締役社長を務める。現在、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。法政大学、上智大学などでメディア論を教えている。著書に、『孤独死ゼロの町づくり』『週刊誌編集長』『編集の学校』などがある。

競馬必勝放浪記

馬券だけが競馬じゃないのだ。

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最終更新:2009/05/13 15:00
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